06-36.選択と疑念
「本当にこれで良かったのか?」
「仕方ないじゃない。他に何が出来るって言うのよ」
「そうです。エリクちゃんは伝えるべき事を伝えました。彼らはそれを信じました。その上で彼らは決断しました。だから話はここまでです。後は好きにやらせてあげましょう」
「まだ手はあるわ。誰か転移門を開いてくれるかしら?」
ニアの呼びかけに応えたキトリが転移門を開き、マカレナとナタリアが招かれた。
「二人にやってほしい事があるの」
「何をさせるつもりなの? ジェシー姉様?」
「ダメですよ、ジェシーちゃん。そんな事をしても意味はありません。私達がこれ以上手を出すべきではありません」
「意味があるかどうかは関係無いわ。エリクが諦めきれないと言うなら動くだけよ」
「薄情者ですね。父との約束をもう違えるのですか?」
「迷惑はかけないわ」
「言葉遊びをしているのではありませんよ」
「落ち着いて二人とも。いえ、全員よ。口論を始める前に状況を説明なさい」
リタの言葉は尤もだな。先ずは皆で話し合おう。すぐに決着がつく事はあるまい。第三王子が自らの派閥の内から道連れにすべき者を集め終えるまではまだ時間がある筈だ。
私達は留守番組に謁見の間で起きた出来事を報告した。
「そう。それはすっきりしない終わり方ね。エリクがゴネるのも無理ない事ね」
言い方はともかく、リタからの理解は得られたようだ。
「レティ姉さんはそれで良いのかしら? と言うより本当に大人しくしているつもりなの? そんな筈ないわ。私達を油断させてこっそり抜け出すつもりよね?」
「リタちゃん。シーですよ」
「少しは惚けなさいよ!?」
「ニア。一々突っかかるな」
「だいたいあなたが!」
「どのみち結果は変わりません。エリクちゃんがあの場に出向かずとも、私がこの後一人戻ろうとも。それでも我々は選んだのです。そして彼らにも選ぶ権利があります。ジェシーちゃんががむしゃらに突っ込む段階は既に過ぎたのです。これ以上は無粋なのです。どうか聞き分けてください」
「レティにはその権利があると?」
「ありますよ。当然でしょう。私もまた当事者の一人なのですから」
「あなたが直接手を汚したわけでもないでしょ」
「関係ありません。私の研究も新たな犠牲者を生む結果に繋がったのですから。そして当然、私が研究の為に扱っていた資材も非合法な研究の末に生み出されたものだったのです。私は薄々感づいていました。利口なふりをして見て見ぬふりをしていました。スノウちゃんとは違うのです」
「そんなの当然よ。私だってそうするわ。けどだからってレティにも責任があるなんて話にはならないわ。そんな事を言い出したらこの国の民はどうなのよ? 誰もが発展の恩恵を受けてきたのよ? 実験の成果が極限られたものでしかないとでも思っているの? そんな筈無いじゃない。形を変えてあらゆるものに応用されているに決まってるじゃない。格好なんかつけるのはやめなさい。レティも諦めきれないだけでしょ。ただ側で見届けたいだけでしょ。サロモン様や同僚達が心配なだけでしょ。素直になりなさい。私達が協力し合えば出来る事は必ずある筈よ」
「……そうですね。ですがジェシーちゃん。そもそもあなたは何がしたいのですか? 反乱を止めるつもりですか? 三番目のお兄ちゃんの命が救えればゴールですか? それとも陛下の? 誰一人死者を出さずに終えるつもりですか? そんな事が許されると本気で思っているのですか?」
……無理だ。問題が入り組みすぎている。一口に手を汚したなんて言っても、全てを知っていた者なんぞほぼいないのだ。あくまで極一握りの忠臣に良いように利用されていたに過ぎんだろう。しかし守るべき忠臣達の方がより多くの者達を手にかけてきたのだ。元々覚悟の上で研究に携わっていた筈だ。それがどうやってか……うん? おかしくないか?
「ニコライはどうやって突き止めたのだ?」
スノウもだ。王はあれだけ秘密を徹底してきたのだぞ? 王子達の中で一番の勢力を誇る第一王子ですら暴けぬ秘密だぞ? それをたかが学生の少女が嗅ぎつけただと? 近衛騎士団長の妹だからといってそんな事があり得るのか? 誰か情報を流していた者がいるのではないのか?
「もしかして罠を疑ってる?」
「王と第三王子を引きずり下ろそうと目論んでいる者がおるのではないのか? それも全ての秘密を知っていた者だ。第二王子を焚き付けて、あわよくば同士討ちも狙っていたのではないのか?」
「そうね。私ならそうするわね」
リタは既にその可能性に思い至っていたのか?
「可能性が高い者は三種類に分けられるわ。一つ、第三王子派閥に属する忠臣面の裏切り者。一つ、第一王子を勝たせたい者。一つ、その他の勢力」
その他というのは第一、第二、第三王子以外の王族のことだろう。或いは聖教国から訪れた刺客のような、外部の侵略者という可能性もある。もしや刺客が残っていたのだろうか。我々は見過ごしていたのだろうか。刺客が必ずしも神器を持っていたとは限らないのだ。可能性が無いとは言い切れない。
ただこの場合、リタがその他と纏めた理由もある筈だ。つまりリタはその可能性が低いと踏んでいる。第一王子派閥か第三王子派閥のどちらかに企んだ者がいると考えたのだ。
「私達は違うわ」
そうだな。ニアは当然否定するだろうな。
「第一王子が単独で企てた策かもしれないわよ?」
「あり得ないわ。私に隠す意味が無いもの」
「知られたくなかったのは妖精王にです。ジェシーちゃん」
「それは……けど……」
「一兄様はそんな人じゃないわ」
「そうだ。第一王子は第三王子の事を気にかけていた。そんな手段を選ぶものか」
「甘いわね。甘すぎるわ。あなた達は国を動かすのが綺麗事だけじゃないとわかっている筈でしょう? 何故そこで目を逸らしてしまうのかしら? それに気にかけているからこそ早く終わらせてやろうと思うものではなくて?」
だからと言って……。
「……まだだ。まだ他にも気になる事がある。第三王子は神を尊重するような言葉を放った。そうだったな? マカレナ?」
「はい。仰る通りです」
「だがこれは本来あり得ない事なのだ。第三王子は国王から話を聞いていた筈だ。彼は神を憎むべき立場だ。オルドニェス候の行動も不自然だ。何故マカレナに手を出した。何故神の加護なんてものを望んだのだ」
自分達に後が無い事はわかっていた筈だ。なのに何故巻き込んだ? 本当は第三王子を勝たせるつもりだったのか? その為に第一王子派閥の足を引っ張ったのか? そうでなければ説明がつかん。しかし第三王子本人は始めから覚悟を決めていた。隣りに立つオルドニェス候も同様に見えた。少なくとも先程見た彼らに迷いは無かった。矛盾している。ここまでの全てが計画通りなら、そもそも勝つ為の手を打つ事自体が不自然なのだ。やはり何かおかしい。おそらく裏で糸を引く者はいる筈だ。だと言うのに計画が見えてこない。誰が何の為に動いている? いったい誰を勝たせようとしている?
一番怪しいのはオルドニェス候だ。彼はニアが目を付けていたマカレナを引き抜いた。それは明らかに第三王子を勝たせる為の策だ。第三王子派閥に負けるつもりは無いのか? 或いは無かった? しかし趨勢が決した時点で覚悟を決めたのか? だから潔く負けを受け入れたと?
それともこの国の秘密を知っていながら本当は神の側につくつもりだったのか? 重荷を背負わせた国王を裏切るつもりだったのか? 先程の態度はブラフに過ぎんのか? あの場から安全に立ち去る為に一芝居打ったとでも言うのか? しかし私にはそうは見えなかった。これは私の眼が節穴だったとでも言うのだろうか。




