06-35.部外者
『聞いてきたよ』
おかえり、キトリ。
『お母様はやっぱり知っていたよ。魔王はあの時完全に討ち滅ぼされたわけじゃなかったんだって。どころか完全な誕生すら果たしていなかったんだ』
なん……だと……。
『結局人の死が魔王の存在を補強してしまうからね。エルメラでの戦いは本当に多くの人が犠牲になったんだ。ルベちゃん達が削った分を十分に補えてしまえる程にね』
そうして遠く離れたこの地で復活したのか……。本来であれば千年周期での誕生となるところだが、倒しきれなかった核が新たな呪力を受けて然程時を置かずに復活したのだな。
『ついでにシルちゃんの件も聞いておいたけど、そっちはお母様も知らないみたい。お母様自身王国に興味がなかったのもあるけど、たぶんカルモナド王家は徹底的に秘密を守ってきたんだよ。最初からある程度わかってたんだ。建国には逃げ延びたエルメラの生き残りも関わっていたみたいだから』
そうか。エルメラの……。ならば気付いていた者達がいたのやもしれんな。或いはルベド達よりよっぽど冷静に状況を見極めていたのだろう。その上で研究も続けてきたのだ。我々より先に真相へと辿り着いていたとしてもおかしな話ではないのかもしれない。
「ベルトラン。ニコライ。私の知っている事も共有しよう。一度我ら全員の持つ全ての情報を整理しよう」
「少し待ってくれるかな? 実はもう一人呼んであるんだ」
段取りの悪いやつだな。役者は揃った筈だろうに。
「丁度来たようだよ。ニコライ。扉を開けても良いかな?」
「好きにしろ」
新たに謁見の間に通されたのは、第三王子、オルドニェス侯、ニアの三人だった。
「あなたねぇ」
「後にしろ。叱りは受ける」
「……逃さないわよ」
ごめんて。
「「……」」
第三王子とオルドニェス候は無言で陛下の前に跪いた。
「よい。面を上げよ」
「「御意」」
二人は指示に従って立ち上がり、それ以上何も言うつもりは無いかのように口を噤んだ。
「さて。お待たせしたね。先ずは誰から話そうか」
「ならば私からだ」
私は殆ど全てを話す事にした。
女神が私利私欲で魔王を生み出し続けてきた事実。二千年前に起きたエルメラの惨劇。千年前に現れた転生者、メグルとその仲間達の活躍。かつて聖女と呼ばれていた者が成そうとしていた事。そして先日の出来事。今後は魔王が誕生しない根拠まで含めて全てを伝えた。
「すまなかった。等と言って済む話でない事は百も承知だ。我らは神を支えると誓った。だからといって神が人々を蔑ろにしてきた過去は覆らない。我々に償いをと望むのであれば可能な限り応えていきたい。それが我々の成すべき事であると理解しているつもりだ」
「また妙なもん抱え込みやがって……」
ベルトランが頭を抱えている。この場で唯一私達の事を心配してくれているのだろう。
『正確にはスノウの事でしょうけどね』
わかっている。あの子がこれ以上振り回されるのは我慢ならんのだろう。
「陛下」
「うむ……」
今度は王の話しが始まった。二千年前の建国時点から連綿と受け継がれてきた神への復讐の物語だ。エルメラから逃げ延びた者。異世界より訪れた転移者。ヴァイス王家の王子。その三人が中心となって魔王討伐を成し遂げたらしい。
母さんは結局呼んでいたのだ。その時も転移者はこの世界を訪れていた。三人は後の歴史の誰よりも真実に近づいていた。そして妖精族も力を貸していたそうだ。アニタは知っていたのだろうか。或いは他の誰かが個人として力を貸したのだろうか。妖精族は困難に挑む者を好む性質がある。里を出て暮らす者もいないわけじゃない。妖精の里には伝わらなかった可能性も無くはない。そしてやはり妖精族全体が神を憎悪していたとは思えない。アニタやシルクはこれまでそんな気配を見せたことなんて一度もない。
「当時、お前の妹は個人的な思惑で余の周囲を探っていた。キッカケはわからん。兄の職に興味があったのか。他に目的があったのか。どのような経緯であれ、あの者は余の押し進める魔王研究の存在に気付いてしまった。この研究の存在は最重要機密だ。神に気取られるわけにはいかなかった。余は頑なにそう信じていた」
「……何やってんだよ……あのバカはぁ」
「許せとは言わん。全てわかった上で決断を下したのだ」
「……」
ベルトランの心境は複雑だろう。陛下の行いは決して許せるものではないが、それでもフラビアのお転婆には心当たりもある。自ら死地に飛び込んだのは間違いないと理解しているのだろう。どんな理由があれ、たかが一学生に国の機密を探ろうとするなんぞ許される筈はない。場合によっては一族郎党罰される事だってあり得たのだ。せめてベルトランに打ち明けるべきだった。しかしベルトランとフラビアの関係は良好とは言い難いものだった。もしかしたらベルトランを見返してやろうなんて気持ちもあったのかもしれない。
ニコライは何故あの子の為に? なんて聞く必要は無いのだろう。元々知らぬ仲ではないのだ。友の妹に過ぎなかろうと幼い頃から見てきた少女の事だ。不審な失踪を遂げたとなれば気にもしよう。それが国王の秘密と繋がったと悟れば探りもしよう。完全な証拠が上がったとなれば咎めもしよう。まさかそれで反乱まで起こすとは思いもよらなかったがな。
「ダリオ。話してくれるかい?」
「……」
第三王子は静かに首を横に振った。
「兄さん。僕が話すべき事はただ一つだ。それは実行したのがこの僕だという事だよ。彼女を他の多くの者達と同じように実験台にしたのも、その実験で記憶を失った彼女を裏ギルドに流す事で騎士団長に気付かせて拾わせようとした事も。全てはこのサンダリオが手配し、実行した事だ」
「罪を認めるんだね」
「うん。全て認めるよ。だから後は任せたよ。兄さん」
「……っ」
王は何か言いたげな雰囲気を出しつつも、ギリギリのところで抑え込むように押し黙った。本当は第三王子を道連れにはしたくないのだろう。それでもこの状況で助命を訴える事はどうしても出来なかったのだろう。
「ならば最後まで役目を果たしておくれ。ダリオにはまだ仕事が残っている筈だ」
「任せて。ニコライ兄さんなら遠慮なくやってくれるよね」
「無論だ。……愚弟」
「ありがとう。兄さん」
第三王子はオルドニェス侯を伴って歩き出した。今から第三王子派閥が集まる場所に向かうのだろう。この国の闇や蛆ごと葬り去られる気だ。最初からそのつもりだったのだ。
「待って! お兄ちゃん!」
「さよなら。レティ」
第三王子は振り向きもせずに小さく呟いて立ち去った。
「陛下。あなたには全てを見届けて頂きます」
「……うむ」
「待て。他にやりようは無いのか? 我々も力を貸す。治療が必要な者がおるなら」
「黙れ」
ニコライ……。
「以前我らで酔った勢いで潰した地下組織があったろう」
突然どうした。それがなんだ。
「あれはわざと見逃されていたのだ。どころか裏ギルドなんてものは一つ残らず国の管理化にあったのだ」
なんだ……それは……。
「貴様も最後まで見届けろ。これが復讐の終着だ。神によって引っ掻き回された人々の終幕だ。心に刻め。二度と同じ過ちを犯さぬようにな」
「責任を取るべきは我々だ」
「図に乗るな。この国は我々の国だ。人ですらない貴様らが出しゃばるな。我らは神の世話になるつもりは無い。我らの成した事は自らの手で終わらせる。後の世にくだらぬ復讐心を継がぬ為に。貴様が神を抑えると言うのならその言葉だけは信じてやる。故にこれ以上我らに関わるな」
ニコライの言葉はこの場の全員の総意でもあるようだ。ベルトランも第一王子も同じ考えを抱いている様子だ。先程は真逆の事を口にしていた王すらもその考えに反対するつもりは無いらしい。
「ジェシー。この国の事は私達に任せなさい。神の事はジェシーに頼むよ。神が二度とこの国に迷惑をかけないよう見張っておいておくれ。頼めるね?」
「……生涯をかけて果たしましょう」
「ありがとう。心強いよ」
ニアまで……こんな形で……。
「パトリシア。レティシア。お前達の籍は抹消する。二度とこの城の敷居を跨ぐ事は許さん。疾く立ち去るがいい」
「「御意」」
なっ……。
「私はお主らを引き裂く為に秘密を明かしたのではない!」
「「「エリク(ちゃん)!」」」
「何故止める!? こんな別れ方があるか! 違うのだ! 私は!」
「妖精王。これ以上喚くならば斬り捨てるぞ。今すぐに立ち去れ。これは最後の警告だ」
なっ!? ベルトランまで!?
『行きましょう』
ネル姉さんが転移門を開いた。パティ、レティ、ニアが私を引いて歩き出した。
「大将!」
私の身体が完全に転移門を潜った所でベルトランの声が聞こえてきた。
「妹達を頼んだぜ。めいっぱい幸せにしてやってくれよ」
私が答える前に門は閉じられてしまった。




