01-39.薬瓶は逃げられない
「私達の話は一旦終わりにしよ。
そろそろパティの話を聞かせて欲しいの」
ユーシャが待ち切れないというように、パティの手を握って問いかけた。
「ええ。もちろん構わないわ。
とは言えどこから話したものかしら。
貴方達みたいにわかりやすい区切りとかは無いのよ。
ただがむしゃらに出来る事をしてきただけなの」
「であろうな。
お主の多才っぷりは一朝一夕で身につくものでもなかろう」
「エリク。少し静かにね」
「すまぬ」
「いえ、構わないわ。
逆に質問してくれた方が話しやすいもの」
「なら私から質問するね。
パティはどうして魔術が好きなの?」
「ダメよ、ユーシャ。間違えないで。
私が一番好きなのは魔術ではなく魔導よ」
「う~ん。その違いがよくわかんない」
ユーシャよ……それは流石にパティが可愛そうだぞ……。
「ま、まあ、追々わかっていくわよ。はは……」
気を遣って乾いた笑いまで浮かべ始めおった。
よっぽどショックなのだろう。
再三その違いを説いてきたのだ。無理もない。
仕方ない。少し助け舟を出してやるとするか。
「ユーシャもパティが魔導を求めている事は承知しているのだ。だからといって、パティは魔術を嫌っているわけでもないのであろう?」
「ええ、もちろん」
「ユーシャが問うているのはそういう事だ。
元々魔導を知る前に魔術があったのではないのか?
魔術を極めていく内に魔導へと行き着いたのであろう?
なれば、その魔術を最初に好きになった時の話を聞かせてはくれぬか?」
「ああ。うん。そういう事ね。
けどその質問に答えるのも難しいわね。
私、興味を持ったら一直線なのよ。
魔術もいつの間にか好きになって、真っ直ぐに追い求め続けて来ただけなの。ユーシャの事と同じよ。何で好きなのかってあまり立ち止まって考えた事が無いのよね」
それはなんとなくわかる。
短い間とはいえ、濃い付き合いをしてきたのだ。
パティの真っ直ぐさは理解している。
「猪突猛進にも程があろう。
しかも浮気グセまであるではないか」
こやつは同時に幾つもの道を走りおる。
魔導を求めたからと言って、魔術を放りだしたわけではあるまい。求めるものがあるからと言って、他に目を向けぬわけでもない。興味の赴くまま、幾つもの道を同時に踏破しようとしておるのだ。
私とユーシャ二人に興味を持ったのもそんな所なのかもしれない。或いは、数十人もの側室を抱えるという父君の血の影響だろうか。
「まさかその調子で、ディアナやメイド長にまで言い寄るつもりではあるまいな?」
「絶対に許さないからね。浮気したら」
ユーシャが燃えておる。
「あはは~♪ないない♪たぶん」
「たぶん?」
「絶対です!決して浮気なんて致しません!!」
「よろしい」
「まあ待て、ユーシャ。
そもそもお主、パティの恋人でも伴侶でもなかろうが。
流石に今の段階で縛るのは酷なのではないか?」
「パティ大好き。恋人になって」
な!?
「喜んで!」
おい待て!
「これで満足?」
「認めんぞ!何だ今の雑なやり取りは!
そもそも恋仲になりたくばせめて成人を待たぬか!
それにパティ!お主はまだ学生であろうが!
物事には順序というものがあるのだ!」
「何よ。堅苦しいわね。
そんな前時代的な考えではダメよ。
心まで老いてしまいそうだわ」
「誰が老人だ!」
「言ってないじゃない。
そうだわ!良い事思いついた!
エリクとユーシャも学園に通いましょう!
大丈夫よ!その程度の融通は効かせられるわ!
私これでも姫だもの!それに資金力にも自信があるの!
裏口編入くらいお茶の子さいさいよ!」
「やめんか!」
「大丈夫!いざとなったら叔父様の力も借りるわ!
そうよ!先に相談しておきましょう!
こうしちゃいられないわ!早速!」
「待て!待て!待たんか!
ディアナの件も進展しておらんのに何を言っておる!」
「ああ、そうね。
でも大丈夫。ディアナの事はこの休みの間に救ってみせるから。なんなら新学期からディアナも含めて四人で通っちゃいましょう♪それくらいディアナを元気にしてあげられれば、叔父様だって全力で協力してくれるはずよ♪」
「気付け!そもそもユーシャに学園生活は不可能だ!
ストレスで引き籠もってしまうに決まっておろう!」
「……行く」
「ユーシャ!?何を言っておる!?
は!?さてはユーシャ!お前学園がどんな場所か知らんのだな!?落ち着け!冷静に話を聞け!学園とはボッチにとって地獄そのものだ!お前には無理だ!諦めろ!」
「行く!
エリクのバカ!
絶対行くんだから!」
「決っまり♪
早速手配しておくわね!
少しメアリと相談してくるわ!待ってて!」
「おい!待て!待たぬか!パティ!」
「ダメ!エリクは行かせない!」
「【侵食】!からの【傀儡】!」
「な!?それは卑怯よエリク!
ユーシャを使って止めさせるなんて!!」
「ユーシャに怪我をさせたくなくば大人しく戻るがいい!」
「大丈夫!振り払ってパティ!
私頑丈だから!」
「出来るわけ無いでしょ!?」
「クックック。
さあ、戻るが良い。パティ。
ユーシャをこんな時間に寝間着姿で連れ歩くつもりか?
折角築き上げてきた信頼が崩れてしまうぞ?」
まだ夕刻前なのだ。
そんな時間からパジャマパーティに興じていたなど、心象が悪かろう。パティはともかく、私とユーシャの立場ではな!
「はっ!?
なんて卑劣な!?
その為に着替えさせたのね!?」
いや、別に。
「エリク、策士。
私達、軟禁された」
しとらん。
「仕方ないわね。
エリクがそういうつもりなら話は別よ」
「自分だけ恋人になってないから拗ねてる」
「ちがわい!
何故そのような話になるのだ!?」
「ユーシャ」
「良いよ。パティ」
パティは自分にしがみつくユーシャの方に向き直り、ユーシャの胸元に手を伸ばした。
「おい!待てパティ!やめろ!何をしておる!
何処に手を入れておるのだ!!それは許さんぞ!」
必死にユーシャの体を動かしてパティから引き剥がそうとするものの、ユーシャがこちらに背を向けている状態なのもあり、パティの手元が見えず上手く避ける事は出来なかった。
それでもユーシャの体を通して感覚だけは伝わっている。
パティの狙いは私の薬瓶だ。
「何をしておる!それを離せ!
ユーシャ!何故止めぬのだ!
それにだけは触らせないのではなかったのか!」
「パティなら良い。
パティ、それをエリクに触らせて。
それで戻せるはずだから」
「な!?」
薬瓶を持ったパティは、ユーシャをその場に残して人形の下へと近づいてきた。
「エリク。こっちになら感触があるのよね?」
「だからなんだ!?
何をする気だ!?」
「三人で色々試してみましょう♪」
「おい待て!バカな真似はよせ!
何度も言っているだろう!順番というものがあるのだ!」
「あら?何を想像したのかしら?
ふふふ♪やっぱりエリクもその気なんじゃない♪」
「なわけあるか!」
「大丈夫よ。私達はどんなエリクだって愛してあげるわ。
ただ少し、それを証明してあげるだけ。
ちゃんとするのは、エリクの体をなんとかしてからね。
安心して。私とユーシャが必ず方法を見つけてあげるから」
「おい!よせ!やめ!」
私の意識はあっさりと瓶の中に戻された。
魔力壁での抵抗も無意味だった。
そもそも、魔力壁に瓶が触れた途端に戻されてしまったからだ。これは思わぬ発見だ。私は遠隔でも元の薬瓶に戻れるのだ。今後も戻りたい時は魔力手で戻るとしよう。
パティは薬瓶から手を離さずに人形と薬瓶を接触させて、自由になったユーシャと共に覆いかぶさってきた。
なるほど。これでは人形の体に戻る事は出来んのだな。
ならば魔力壁で……も無理か。薬瓶から手を離そうとせん。
薄い膜ではすぐに割られてしまうだろう。
「愛してる。エリク」
「愛してるわ。エリク」
囁きながら薬瓶にキスをするユーシャとパティ。
ゾクゾクとした身震いのような感覚が生じた。
何度も繰り返すユーシャとパティ。
その度に薬瓶に備わった意味不明な高い感度が、私の意思とは関係なく襲いかかってくる。
『やめよ!
頼む!やめてくれ!』
「まだこんな事言ってる」
「続けましょう、ユーシャ」
「うん。エリクが素直になるまでね」
「メロメロにしてあげましょう」
どうしてそう、死語が出てくるのこの姫様……。
だが!なんかお陰で一瞬冷静に!?あ!ちょっと!?
ダメだって!生ぬる!?え!?嘘!?舐めたの!?
こら!ダメだって!咥えるなぁ!もう!ダメだってばぁ!!




