01-38.覚悟と秘密
「お前は会話が下手だな」
口下手にも程があろうに。
いきなりあんな喧嘩腰になられては、パティだってわけがわからんだろう。
「わかってるよ……なんで今そういう……うぷっ……」
「おい無理をするな。
今は黙って聞いておれ」
「意地悪……」
「意地の悪い事も言いたくなろう。
なんだあの態度は。不安をぶつけるならせめて私にしろ。
パティにどんな落ち度があったと言うのだ」
「うん……」
「お前が不安になるのもわかるがな。
しかし秘密が多いのはお互い様だ。
ユーシャなど、本当の名すら明かしてはおらんでないか」
「それは!……エリクがそれ言うの?」
「言うともさ。
パティはお前の初めての友達だ。
上手くいくようにと願っているし、口だって出す」
「なら今更名前の事は言わないで。
私はユーシャ。そう決めたんだから」
「それでパティに負い目を感じないのであれば見逃そう」
「エリクは無茶苦茶だよ。
どの口で言ってるのさ」
「親とはそういうものだ。
必要なら自分の至らなさは棚に上げてでも子を導かねばならん」
「娘の名前も呼べない親なんているわけないじゃん」
「それを言われるとぐうの音も出んがな」
「なら余計な事言わないで」
「わかった。名前の件は脇に置こう。
他にも秘密など山程あるのだ。
それを一つ一つ明かしあっていけばよいのだ」
「別に私だって隠してないし……」
「だが自分から話そうとはしておらんだろう?
ならばパティと何ら変わらんではないか」
「わかってる。反省してるってば。
もう一度謝るから」
「その必要はないわ、ユーシャ」
「パティ……」
「大丈夫よ。
私が急に距離を詰めすぎてしまったのよね。
ごめんね、ユーシャ。私は燥いでいたの。
挙げ句、禄に自分の事も話さないまま好きだ好きだって。
そればかりでは怖くなってしまうわよね。
そんなの当然の事よね」
「ううん。パティ悪くない。
本当はパティを疑ったりなんてしてないよ。
少し不安になっちゃっただけなの。
ごめんね。パティ。酷いこと言って」
「うん。じゃあこれで仲直りよ。
少しお散歩しましょうか。
どう?歩けそう?」
「うん。大丈夫。
だいぶ良くなってきた」
「ごめんね。
ユーシャは知らなかったのよね。
ケーキを食べ過ぎると気持ち悪くなる事があるのも」
そう言えばそうだな。
それで余計に心細くなっていたのやもしれん。
パティが気にかけてくれない理由もわからなかったのだな。
あれは別に、特段珍しい事でもないのだ。
まあ、ケーキの大食いなんぞが出来る懐に余裕のある者もそうそういるわけではないのだが。
「それで何処に行くのだ?
どこぞ、パティの気に入りの場所でもあるのか?」
「……図書館かしら?」
おい。
「また行くの?」
ユーシャがげんなりしている。
もう文字は見たくないらしい。
気分の悪い時には特に辛かろう。
「近くに人気の少ない広場でもないのか?」
「何よその矛盾した場所は。
あるわけ無いでしょ」
言うほど矛盾しておるか?
適当に答えておらんか?
「ならば静かになれる場所でかまわん。
なんなら今日はもう帰るか?
偶には何もせず、部屋でゆるりと語り合ってはどうだ?
お前達には話し合う時間が必要であろう?」
ちょっと時間は早いが、パジャマパーティーと洒落込むのも悪くない。何時も二人ともさっさと寝てしまうからな。それだけ毎日が忙しすぎるのだ。
「何を他人事みたいに言ってるのよ」
「これ言わせるの何度目?
エリク、いい加減にしてよ」
なんだか急に息が合い始めたな。
「あなたは自覚が足りないわ」
「親だとかなんとか言って誤魔化すのはもうやめて」
何故そこまで言われねばならんのだ……。
「私達は三人で愛し合うのよ」
「絶対に逃さないよ」
おい、やめろ。両手を握るな。ぶら下げるな。
これではどこぞの宇宙人のようではないか。
「パティ。
私にはもう一つ名前があるの」
「ユーシャ!?何を!?」
「教えて。ユーシャ」
「クリュス・ホルン。
それがお母さんに貰った名前」
「クリュス」
「ユーシャはエリクに貰った名前。
どっちも私の大切な名前なの」
「そう。ならユーシャと。
私は変わらずそう呼びましょう」
「うん。それで良いよ。パティ」
何故だ!?どういうつもりだ!?
つい先程ユーシャで通すと言ったではないか!
何故今の流れで気が変わったのだ!?
「エリクはね。お薬なの」
「な!?おい!待て!何を言い出す!?」
「エリクはディアナに自分を飲ませたいの。
ううん。ディアナじゃなくてもいい。
誰でも良いから助けてあげたいの。
それで私の前から居なくなっちゃうつもりなの」
「待て!わかった!私が悪かった!
ちゃんと話をしよう!
だからこんな所でこれ以上続けるな!」
「約束だよ」
「ああ!ああ!約束するとも!
パティ!帰るぞ!」
「エリクには幻滅したわ。
そんな理由で名前を変えさせたの?」
「待て!続けるな!
悪かった!ちゃんと説明する!」
「仕方ないわね。
今は見逃してあげるわ。
私達三人。秘密は全て打ち明け合いましょう。
これからは一蓮托生よ。
ユーシャもエリクも絶対に手放したりしないんだから」
「うん。私も。一緒にいる為に頑張る。
だからパティに協力してもらう。
エリクに逃げられないように」
それで名を……。
私はまた逃げ道を塞がれたのか。
逃げるつもりも無いのに……。
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領主邸に間借りしている部屋に戻った私達は、三人でベットの上に円になるよう座り、最初にユーシャの昔話から始めることにした。
「当時の事はユーシャ本人もあまり把握はしていまい。
私から説明させてもらおう」
当然私も全てを知っているわけではない。
ユーシャが話していた情報を下に推測を立てたに過ぎない。
当時のユーシャは今よりいく分か無邪気なものだった。
自分の置かれた状況も禄に把握は出来ておらず、さりとて周囲の悪意や恐怖が一切わからぬわけでもなかった。
ただ、それが何故自分に向けられるのかを理解していなかったのだ。
おそらくユーシャの母君はユーシャを本当に大切に想い、守り、育ててきたのであろう。
しかし周囲にいたのは、そんな母君が没した途端にユーシャを打ち捨てた者達だ。以前からユーシャの特異性には気付いていたのだろう。
「特異性?」
「ユーシャは特別に頑強なのだ。
擦り傷切り傷打ち身程度は出来るし、強い衝撃で意識を失う事はあるものの、それが骨や臓器を傷つけることは決して無い。地上から遥か下層の私が放られた遺跡の最奥まで落とされてもなお、ピンピンしておった」
「それは……」
「掘り下げるのは後にせよ。
これについては私達も詳しく把握できておらんのだ。
何せ意図的に試す事も出来んのでな」
「ええそうね。
わかったわ」
「そうして村人達によって捨てられたユーシャは私と出会ったのだ」
「エリクは何故そこに?」
「知らん。女神に捨てられた先がそこだった。
ただそれだけだ」
「魔導はその時に?」
「うむ。何せ時間だけはあったからな。
数百年とかけて鍛錬を続けておったのだ」
「……あまり考えたくはないわね」
「であろうな。
暗闇に包まれ、身動きも取れず、さりとて正気を失う事すら叶わない。あれはまさに地獄だった。正直今でも暗闇は恐ろしい」
「エリクにも苦手なものがあったのね」
「当然だ。私の精神は人間と変わりない」
「エリクは元々人間なの?」
……これはどうしたものか。
前世云々はユーシャにすら教えた事がないのだ。
別に話したとてペナルティがあるわけでもない。
少なくとも、あの不審者は何も言っていなかった。
ただ、ユーシャが何れ私を口にする時に抵抗を感じないようにと考えたにすぎない。今更意味もない事だ。本来の名を呼ばぬのと同じ事だ。しかし……。
「ダメよ、エリク。
全部話して。秘密にするのは無し。
そう約束したでしょ」
「嘘ついたらわかるんだよ。
ちゃんと話してエリク」
「……私には前世の記憶がある」
「前世?
今の姿になった経緯もハッキリと理解しているの?」
「ああ。この世界の女神に呼び出されてな」
「この世界?」
「私の前世は別の世界の住人だ。
その話は後にせよ。一々掘り下げていてはキリがない」
「ええ。いいわ。続けて」
「女神は言った。
今生を全うせよと。
さすれば次生を約束しようと」
「それが飲まれる事?」
「ああ。傷病者を癒やし、回復薬としての本分を全うする必要がある。そういう約定なのだ」
「エリクは前世で何か悪いことでもしたの?」
「いいや。
無いな。真っ当に生きた。
少々没するのは早かったが、さりとて残した者もおらん。
天涯孤独の身の上だったのでな。
親より先になんて罪の可能性も存在せん」
強いて言うなら奨学金の返済が……。
だから今生でも金運に難があるのか?
いや、流石に無いだろう。無いよね?
「そもそもあやつの振る舞いを見るに、恐らくうっかりミスでしかあるまいよ」
「うっかりミスって……いやでも……ありそう……」
パティの心当たりは是非聞いてみたいところだ。
だがそれも後に回すとしよう。
「そうだ、エリク。
答えて欲しい事があるんだけど」
「なんだ?
もうこの際だ。大抵の事には答えてやろう」
「なんでそんな話し方してるの?
何度も聞いてるけど、教えてくれた事ないよね?」
「……」
「エリク。答えてくれるんでしょ?」
「……特に深い意味はない。
単に止め時を見失っただけだ。
最初は気恥ずかしかっただけだ。
悲鳴を聞かれてしまったのでな。
少しばかり格好を付けてみただけだ」
「「カッコ悪い」」
うっさい……。
「試しに普通に話してみたら?」
「もうこっちが普通なのだ。
何せ十年も続けてきたのでな」
「まあ良いけど。今のままで。
あっちは普通の女の人って感じだもんね」
「あら、ユーシャは聞いたことがあるのね。
不公平だわ。私にも聞かせなさい」
「……ごほん。
何よ、不公平って。
別に話し方を変えたからって意味もないでしょ。
それより話を続けましょう。
このままじゃ、何時まで経っても終わらないわよ」
「「……」」
「なんだ、その顔は。
言いたい事があるならばハッキリ言わぬか」
「「べっつに~」」
こんにゃろ。
「それで、ユーシャとエリクは出会ってどうしたの?」
「友達になったの」
「ユーシャはそのつもりであったな。
私はユーシャに自らを飲ませようとした。
ユーシャを置き去りにして、暗闇を脱しようとしたのだ」
「そんな事気にしてたの?
別にエリクは悪くないでしょ。
結局ずっと励まし続けてくれたんだし。
私はエリクがいてくれたから生きてるんだよ」
うぐっ……。
「エリクが辛そうよ。
罪悪感で苦しんでるみたい」
「エリクはバカだなぁ。
どうしてそうやって変な事ばっかり拘るんだろう」
「それは勿論ユーシャの事が大好きだからよ。
ユーシャを少しでも傷付けたくないんでしょ」
「違うよ、パティ。
パティはまだまだエリクの事わかってないね。
エリクは自分勝手なの。
一番優先してるのは私の事より自分の事なの。
だから未だに次の人生がどうとか言うんだよ」
「それもそうね。
本当にユーシャが大切なら、そんな事は忘れてしまえば良いのだもの」
「勝手なことばかり言いおって……」
「それとも何?
ユーシャと別れてでもやりたい事があるって言うの?」
「それは……」
あった。かつては。
だが今となっては……。
「もう少し想像力を働かせてみよ。
お主らが亡くなった後はどうするのだ。
私は死ぬことも出来ずに一人取り残されるのだぞ?
その苦しみがわからぬのか?」
「答えになってないよ、エリク。
それに約束したでしょ。
私が死ぬ前には飲んであげるって」
「それでは次生が迎えられんではないか」
「必要ないよ。
私のエリクじゃないエリクなんていちゃいけないの」
なん……だと……。
「不老不死を探しましょう」
「おい、滅多なことを言うもんではない。
血迷ったかパティ」
「失敬ね。私は本気よ。
ディアナもそれなら寂しい想いをしなくて済むでしょ」
「いかんと言うておるだろうが。
人間には守るべき領分というものがあるのだ」
「エリクは人間ではないじゃない」
な!?
「おいおい。それはあんまりではないか」
「自分で言っていたじゃない。
人でなしだって。
私、人でなしでも良いと思うの。
愛する人を悲しませる人よりずっとね」
「誰が愛する娘に人の道を踏み外させたいと思うのだ」
「愛した相手が人の道にいないなら、外れてでも手を繋ぎに行くしかないじゃない」
「下らん詭弁はよせ」
「詭弁で結構よ。
信じ続ければ、それも一つの信念に昇華するのだもの」
「傾奇者め。
そのような道に我が娘を巻き込むな」
「ねえ、エリク。
言うまでもなく私はパティに付くよ。
エリクを逃さない為に二人で頑張るって決めたんだから」
「なあ、ユーシャ、いや、クリュス。
私が悪かった。心を入れ換える。
お前の命尽きるまでは側にいる。
最後の時には私を地に叩きつけてもらって構わない。
それで次生は無い筈だ。私はお前の為だけに存在しよう。
だからどうか、道を誤らないでおくれ。
私は本当に自分の事よりお前が大切なのだ。
今度こそ本当だ。どうか聞き届けて欲しい」
「……あと一週間、ううん。一時間早かったら聞いてあげてもよかったんだけどね」
「クリュス……」
「私はユーシャだよ」
「……そうか」
「愛してるよ、エリク。
ずっと一緒にいようね。何時までも。永遠に」
「……ああ。私もだ。ユーシャ。
何れ来る別れの時まで共に在ろう」
「ちょっと。何二人の世界に入ってるのよ。
私の事忘れてないでしょうね?」
いや、今の流れでそのツッコミは無いでしょ……。