01-37.秘密と本音
「おい、パティ。
いい加減その辺にしておけ。
流石に食べ過ぎだ。太るぞ」
なにせ胸には栄養がいかんのだ。
全て腹に回るのではないか?
「心配ないわ!!
私は全部頭に回してるから!」
意図的に?
なんとも便利な体だな。
というか、頭に回しすぎたせいで胸が育たんのでは?
「もうむり……うっ……」
ユーシャが口元を抑えて突っ伏した。
まあよく頑張っておったがな。
こればかりは仕方あるまい。
「なによ!折角の甘味よ!
遠慮せずに食べなさい!」
「よさぬか。
もう限界なのだ。見ればわかるだろう」
「まったくだらしないわね!
鍛え方が足りないわ!
冒険者は体が資本でしょ!」
無茶言うな。
山程ケーキを食ったとて、体が丈夫になる事はあるまい。
パティが私達を連れ込んだのは、食事処ではなくケーキ屋だった。パティは席につくなり、テーブルから溢れんばかりのケーキを注文した。ユーシャも人生初の光景に最初こそ目を輝かせていたものの、慣れない砂糖とクリームの塊に段々と苦痛を訴え始め、遂にはダウンしてしまったのだ。今では匂いだけでも辛いのだろう。店の外に連れ出してやるべきかもしれん。
パティはユーシャのそんな様子にもお構いなしだ。
あまつさえ、追加のケーキまで注文し始めた。
店員も特段気にする様子がない。
おそらく今までもこんな事を繰り返していたのだろう。
「パティ。あまりこんな事は聞きたくないのだが、お主は仕送りでも受けているのか?」
一応私はパティの保護者でもあるからな。
金遣いが荒いのであれば、少し嗜める必要があるのではなかろうか。ユーシャがごちそうになっている状況で言うのもどうかとは思うが。
「違うわよ。そんなわけないでしょ。
そもそも私にはもう親なんて呼べる相手もいないもの」
尚もパクパクとケーキを口に運びながら、サラッと重たいことを言い出した。
「すまぬ……」
いやでも、こやつ姫だろう?
兄弟姉妹も沢山いると言っていたはずだ。
即ち親とはこの国の王ではないか。
しかも親のコネで職場体験しているとかなんとか言っておらんかったか?
「何よその顔。
下らない事気にしないでよ。私のお母様の話はしたでしょ。お父様は、いえ、この国の国王は側室が何十人もいるの。私のお母様はその一人だったってだけの事よ。お城の中って色々面倒でね。姫だからって後ろ盾も無しに安穏とは生きられないのよ。だからお母様が亡くなって叔父様のところに転がり込んだの。流れとしてはそんなとこ。こんなのよくある話でしょ」
なるほどな。
よくあるかどうかはともかく、合点はいった。
まったく。パティは素直じゃない。
何が親のコネだ。嘘っぱちではないか。まあ、真実の方も初対面の相手に話すような事ではないだろうがな……。
「ついでだ。
気になっている事を聞いてもいいかね?」
「そうそう♪
そうやって開き直ってくれた方が嬉しいわ♪」
なら遠慮なく。
「お祖母様の方は?」
「生きてるわよ。
何度もお会いした事もあるわ。
私と同じで健康そのものだからね。
今も現役で当主を務めているわ」
本当に両極端だな。
「そちらには頼らなかったのか?
ディアナの家よりは関係が深かろう?」
「これも言ったと思うけど、私まだ学生なの。
今は長期休みで実家、というかこっちに来てるだけよ。
お祖母様の領地は王都から遠くてね。
それに今頃戦争の真っ最中でしょうし。
何れにせよお世話になるのも難しいのよ」
戦争か……それはまた……。
「ほら、またそんな顔しない。
お祖母様なら大丈夫よ。
殺されたって死にはしないわ」
まあパティがあれだけ強いのだ。
お祖母様の実力も推して知るべしだな。
「後はお金の事も心配してたわね。
そっちも気にしないで。
私こう見えても高ランク冒険者なの。
自分の稼ぎで食べてるだけだから安心なさい。
ユーシャを養うくらいわけないわ」
パティが片手をひらりとふると、何処からともなくギルドカードが現れた。まるでマジックだ。本当に器用なやつだ。
「なんだSランクではないのか」
「なってあげるわよ。
それがユーシャをもらう条件だってんならね」
「すまん。別に嫌味のつもりで言ったわけではないのだ」
ほら、こういう時ってさ。お決まり的にね。
いや、Aランク冒険者ってだけでも驚きだけど。他にも姫で学生で魔導の研究者で、更には従姉妹の病まで治そうとしているのだ。とんでもない多忙っぷりだ。
「それだけ高くかってもらえたと思っておくわ。
でもごめんなさい。今はまだ期待に応えられないの。
流石にこれ以上は手が回らないわ。
Sランクになんかなったら、断れない依頼もあるもの」
敢えて止めているのか。
「一人旅は許されないのではなかったのか?
どのようにしてAランクまで上げたのだ?」
「高額報酬の魔物だけ狩ってたらいつの間にかって感じよ。
言っておくけど、私が冒険者をしている事は内緒よ。
特に叔父様にだけは言ってはダメよ」
「まさかお主、飛べるのか?」
「あら。よく気付いたわね。
まあそうよね。旅の経験が少ないって話もしたのに不自然だものね。これも内緒よ。誰にも教えた事ないんだから」
人目を忍んで日帰りで魔物を狩りに行っていたのだろう。
ならば移動の足は特別なものでなければあり得ない。
「後幾つ私達に秘密にしている事があるのだ?」
「別に秘密にするつもりはないわ。
何でも答えてあげるから、質問してみなさいな」
幾つかという質問には答えておらんではないか。
本人も数え切れない程秘密があるのかもしれんが。
「スリーサイズは?」
「今晩エリクの手で測ってみなさい」
「冗談だ」
「残念ね。私は本気なのに」
どうだかな。
「後何皿食うつもりだ?」
「そうね。もう一周したら足りそうかしら」
そう言って追加注文をかけるパティ。
再びテーブルいっぱいにケーキが並んだ。
「うぅぅ……」
何故かユーシャは真っ青な顔を一瞬上げて、恨みがまし気に私を睨みつけた。
「悪いが先に出ていてもいいか?
ユーシャが限界のようだ」
「残念だわ。
今なら本当にどんな質問にでも答えたのに」
「なんだ今だけだったのか」
それは惜しいな。
正直、まだ気になっている事はあるのだ。
「パティ……」
ユーシャが下を向いたまま小さな声を発した。
「な~に?ユーシャ♪」
温度差を考えよ。
「パティは……本当に……好き?
私の……こと……」
「……何でそんな事を聞くの?
あ、いえ、ごめんなさい。そうよね。
苦しんでるユーシャを放ってしまったからよね。
わかった。もう出ましょう。私も」
「違う」
ユーシャが真っ青な顔を持ち上げて、パティの目を見ながらハッキリと否定した。
「え?」
「答えて」
「勿論大好きよ。愛してるわ」
「どうして?」
「どうしてって……」
「私、パティに何もしてない。
パティの好きな事にも付き合えない。
パティを守れる程強くない。
パティの夢も手伝えない。
パティはエリクが好きなだけ?
私は?私はパティのなに?
好きなのは見た目だけ?声だけ?
エリクのおまけ?
エリクが欲しいから私も欲しいの?」
「そんなわけ無いじゃない!!
どうしてそんな事言うのよ!?」
「……ごめんなさい」
「ユーシャ、一度外に出よう。
少し頭を冷やそう。
焦る事はない。
パティはお前を軽んじてなどいない。
それはお前もわかっているのだろう?」
「うん……ごめんなさい……ごめん、パティ」
「ううん。違うのよね。私こそだわ。
私が何も言わなかったのが悪いのよね。
ちゃんと話すから。私の事も私の感じた事も。全部」
「うん。聞きたい。パティの事。もっと。全部。
パティの事大好き。だから」
「パティ。
ユーシャと私は出ているが、必ず全て平らげてからくるのだぞ。注文したものを残すのは罷りならん。
焦らずとも逃げたりはせん。
それに少しユーシャに落ち着く時間を貰いたい」
「ええ。わかった。
後でね。二人とも」
「すまんな」




