06-07.お節介
「おはよう、エリク」
「また変な時間に起きたな。パティ」
今は夜中の三時頃だろうか。ギリギリ朝になる前だ。予想よりは少々早かったな。
「鏡は?」
「それより話しがある。パティが寝ている間に色々と状況が進んだのだ」
「聞きましょう」
かくかくしかじか。
「なんで起こさなかったのよ?」
「魔力欠乏による意識喪失だぞ? 起こそうとして起きるもんでもあるまい」
「少し流すくらい良いじゃない。今更なんだから」
「……そうだな。我ながら融通が利かなかったと反省しているよ」
「やけに素直ね。心配しないで。別に怒っているわけじゃないわ」
「うむ……」
「何か心配事、はまあ、いっぱいあるんでしょうけど。私に話せない事でもあるの?」
「……いいや。今話した事が全てだ」
「本当に? なんだか煮え切らないみたいだけど?」
「パティは良いのか? もしやすると我々は陛下を討つことにもなりかねんのだぞ?」
「そんな事にはならないわ。陛下の思惑が一兄様やエリクの想像通りなら尚の事よ。未曾有の危機を前に国力を消耗する筈が無いわ。迎え撃つくらいなら降伏する筈よ」
「第三王子を守ろうとしたらどうする? 自らの指示で地獄への道行きを共にする忠臣達を守ろうとするやもしれん。その為には無条件の降伏なんぞ選べまい」
「だとしてもよ。泥沼の争いなんて話にはならないわ。必ず話し合いの機会は得られる筈よ」
「そうとは限らんさ。自らの命を対価に彼らの助命を乞うてくるかもしれん。それも早々にだ。自分ごと後ろ暗い秘密を闇に葬ろうとするかもな。或いは助命なんぞ考えず心中してでも。国の為に犠牲になれと一握りの者達に強いるやもしれん。いずれにせよ我々には止める間すら無いだろう」
「だとしたらなに? 私達が手を下すわけじゃないわ。エリクが抱えるべき事じゃない。勘違いしないで。エリクはこの国の民ですらないの。余計な事を気にしすぎよ」
「私はパティの話をしているのだ。何故私が抱えるなんて話になるのだ」
「そんな顔をしているじゃない。ちょっとした事で絆されていては国を動かすなんて出来ないの。時には犠牲も必要よ。陛下達がその犠牲になると言うなら私達に止める権利なんてありはしないのよ」
「……それこそ私には関係のない考え方だ」
「そうよ? だから言ってるじゃない。気にするなって。エリクはエリクが正しいと思う選択をすれば良いのよ。半端に憂う必要なんてどこにも無いの」
「私はパティの気持ちに寄り添いたいだけだ。その権利も無いと言うのか?」
「見くびらないで。"私達"には無くても"私"には口を出す理由もあるわ。私は私の意思で選択する。信じて任せなさい」
「パティ……突き放さないでおくれ……」
「バカね。そんな筈ないじゃない。ただ皆にまで王族の責務を負わせるつもりは無いってだけの話よ。わかるでしょ?」
「王族ならば覚悟があると?」
「当然よ。家族よりも国の優先度が高い事なんて当たり前の話でしょ」
「だからパティもそうであると?」
「ええ。否定はしないわ」
やはり強がっておるではないか……。
「私には寄り添わせてくれないのか?」
「そうよ。これは私にだけ認められた権利だもの」
「結局私はどうすればいい」
「国の事は私に任せて正しいと思う事を選びなさい。エリクもわかっている筈でしょう? 今更第三王子を良い人かもと思う必要は無いの。仕方が無かったのかもなんて同情する必要は無いの。私が土壇場で真実を知って傷つくかもなんて心配は要らないの。私には覚悟がある。王族としての覚悟が。だから私は傷ついたりしない。エリクの心配は必要ない」
「……それは」
「嘘だと思う?」
「……そうだな。パティは皆を愛している。悲劇を見過ごせる筈がない。間違いなく苦しむ事になる」
「ふふ♪」
パティは突然抱きついてきた。
「そうね。少し怖いかも。陛下が、父様が私に何も話してくれないまま居なくなってしまったら」
「それで良いではないか。怖いのだと認めてしまえば。どうか私にだけは強がらないでおくれ。私にパティを支えさせておくれ。政変なんぞ穏便に済む筈が無いのだ。必ず第三王子の派閥に属する大多数の者達は抗うだろう。彼ら全員が忠臣なんて出来すぎた展開はありえんのだ。陛下の真意を知り賛同しているのは極一握りの者達だけだ。争いは必ず起きる。私達がどれだけ上手くやろうともだ」
「抑えきれないかしら?」
「無理であろうな。第一王子の派閥が数でも力でも勝ろうが関係ない。当然だ。退けられる者達もまた生きる為に抗わざるを得んのだ。陛下と第三王子の庇護が無くなれば今まで甘い蜜を吸っていた者達に生き残る術は無いだろう。何としても第三王子を勝たせようとする筈だ」
「嫌ね。折角戦争が終わったのに。しかも今度は私達の手で起こすなんて」
「私達に出来るのは規模を抑える事だけだ。今更取り消す事なんぞ出来はしない。第一王子は既に動き出している。勝手に決めて悪かった。パティは公爵閣下の下に身を寄せていても良いのだぞ。ヴァイス家だってある。聖教国に部屋を用意させても良い。竜王国にだって人間用の宿泊施設があるそうだ。セビーリアのバルデム家だって受け入れてくれるさ」
「もう。ふふ♪ いっぱい考えてくれていたのね♪ レティ達はなんて?」
「……聞いてない」
「あら? 私にだけ逃げろなんて言うの?」
「……うむ」
「愛されてるわね♪」
「そうだぞ。いつだってパティの事が頭から離れんのだ」
「そんなに考えていてくれたの? ユーシャよりも?」
「ユーシャの方が多いな」
「ちょっと」
「ディアナとはトントンだ」
「もう。それも照れ隠しなのね」
「なあ。パティだけでも逃げてしまわんか?」
「エリクは一緒に来てくれるの?」
「……良いぞ。ユーシャも一緒なら」
「ちょっと。流石に空気読みなさいよ」
「どうせ逃げる気もないのだろうが」
「そもそも意味なんて無いじゃない。いずれ必ず結果は知るんだから」
「百年もすれば忘れるさ」
「家出にしては長すぎね」
「百年なんぞ大した時間ではない。実際に過ごした私が言うのだ。間違いない」
「それって一人で過ごした時間でしょ? 私にも一人で過ごせって言うの?」
「そんなわけがなかろう」
「けどエリク達とはどこかすれ違ったまま過ごす事になるのよね? 共通の思い出も無く、気を遣われながら距離を置かれながら。そんなの一人と一緒じゃないかしら?」
「……かもしれんな」
「エリクは心配性ね。全部自分から言い出すくせに周りが盛り上がり始めると否定してばかり。知ってる? そういう人って嫌われちゃうのよ?」
「うぐっ……」
「でも私はエリクが大好きよ♪ 感謝してね♪」
「そうだな……」
「ちょっと。本気で落ち込まないでよ。私が虐めたみたいじゃない」
「事実だろうが」
「ただの注意喚起よ。けど本気で気をつけなさい。盛り上がりに空気の読めない水を差すのはエリクの悪い癖よ」
「うむ……」
「ふふ♪ その様子だと他にも心当たりがありそうね♪ リタあたりにも同じような事言われたんじゃない?」
「うぐぅ……」
「図星みたいね。ごめんなさい。抉ってしまったかしら?」
「いや……真摯に受け止めるとも……」
「けど誤解しないでね。心配してくれるのはとっても嬉しいのよ? だけどし過ぎも良くないわ。挙げ句出てくるのが実現不可能で具体性に欠ける代案じゃ意味が無いじゃない?」
「はい……」
『もうやめたげて! ギンちゃんのライフはゼロだよ!』
『こらフーちゃん。単なる痴話喧嘩です。ちょっかい出さないでください』
『え~。ちょっと笑かそうと思っただけなのに~』
『はいはい。私が笑ってあげますから。向こうで話しましょうね』
『は~い』
「……」
「……すまん」
「ぷっ」




