05-70.役目
「我らに神器を収めよ。母上の与えしその力は既に役目を終えている」
「正体を現したな! 神の名を騙る不届き者共め!」
「おい! よせ!」
「ぐはっ!?」
反発を示した一人の男が地に倒れ伏した。上から降り注ぐ圧力によって地面に縫い付けられている。
「その者を解放しなさい」
私の言葉に従ってニタス姉さんが術を解いた。
「!? ありがとうございます! 女神様!!」
先程男を諌めようとした別の男が慌てて地に額を擦り付けた。
「次はありません」
「ははぁ!!」
これではまるで独裁者だな。だが必要な事だ。
「神よ!」
今度は偉そうなお爺さんだ。私はその呼びかけに自分の口では答えず、ニタス姉さんに視線を向けた。
「続けよ」
「神器は女神様より賜ったもの。何故今になって取り上げるなどと仰るのでしょう」
「神器は母上が直接授けた本来の所有者にとってのみ意味のあるものだ。所有者を失った神器を保管していた事については礼を言おう。だがそれ以上は許さん。役目を終えた神器は返還せよ。それが本来の在り方だ。よもや忘れたとは言わせんぞ。お前達はその為に集めておったのであろう」
「……そのような記録はございません」
「ならば何の為に集めていたのだ? まさか母上の恩寵を独占する為か? であれば我々の認識は間違っていたようだ」
「……滅相もございません」
ニタスの怒気に怖気付いたのか、お爺さんはすごすごと引き下がっていった。
「恐れながら!」
また次の者が口を開いた。今度は若者だ。
そうして幾人かの問いにニタス姉さんが答えていった。最初は多かった疑いの眼差しも、次第にその数を減らしていった。
「後は任せます。信徒を不用意に傷付けてはなりませんよ」
程々の所で私達は引き上げる事にした。何時までも全員で居座っていては彼らも落ち着かないだろう。
「承知致しました」
これで私の出番はお終いだ。後はニタス姉さんに任せるとしよう。
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「ご苦労さま。予定通りに終わったみたいね」
リタが出迎えてくれた。パティはまだ寝ているようだ。今朝魔導の練習で魔力が枯渇しておったからな。今日も夜まで起きんだろう。なんなら今度は明日の朝まで寝ているかもしれん。
「うむ。順調だ。今の所は」
とは言えまだ暫くは様子見も必要だがな。それに私も頻繁に大聖堂を訪れるつもりだ。当面は今回のように派手な降臨はせず、穏やかに聖教国を歩き回りたいと思う。威圧するのは最初だけだ。次は親しみを持ってもらおう。私達は本当の神ではないから彼らの祈りが私達に届く事はない。直接教えてもらう必要がある。だから先ずは気軽に話しが出来る関係性を築かねば。女神様の代理の役目とは神器の回収だけではないのだから。
「神器は集められそう?」
「難しいな。宝物庫にあるものは回収し終えたのだが」
持ち出されているものについてはまだ暫くかかるだろう。神器を使って何かしていたような者達は取り上げられる事に強い反感を示すだろう。実際あの場で差し出してきた者は一人もいなかった。ともすればもう一波乱くらいはあるかもしれんな。
念の為ルベドには、聖教国の上空からニタス姉さんの様子を確認する任を任せてある。離れた所にいる二人が同時に裏をかかれる事はないだろうから、これで何かあれば私達にも伝わる筈だ。もう暫く用心も続けるとしよう。
「次の作戦までは少し日を空けるわよ。その間にヴァイス家への引っ越しも済ませてしまいましょう」
「お父上は頷いたのか?」
「お母様が説得してくれたそうよ」
可哀想に。ちょっと同情しちゃう。
「メンバーの選定は?」
「これよ」
リストか。ふむ。研究班全員とファムやソラと魔物達が引っ越しか。それからメイド達も数人……。
「多すぎないか?」
「必要でしょ。城の補修作業だってしなきゃなんだし」
「まさか自分達でやるつもりか?」
「なに言ってるのよ。当然じゃない」
「だが多少は職人も雇うのだろう」
私達は一時的に世話になるだけだ。エフィ達の準備が整うまでの繋ぎでしかない筈だ。
「規模が小さいとは言え城を満足に維持できるようになるまでなんて少なく見積もっても十年はかかるわよ。人が集まるまでには時間がかかるものなのよ」
まあそう聞くと短いような気もするけど。エフィとルシアは何の仕事をするのだろうか。実力があるからって手っ取り早く冒険者で稼ごうってわけにもいかんのだろうな。お父上の仕事を継ぐのだろうか。そもそも私はお父上の仕事も知らんけど。何にしても稼ぎがなければ人も雇えまい。とすれば十年は妥当なのだろうか。
「このメイド達は誰だ? 屋敷の者達ではないな?」
よく見たら知らない名前だ。
「ニア姉さんの紹介よ」
いつの間に連絡を取り合っていたのだ。
「それと伝言。いえ、ニア姉さんは伝言のつもりなんてないのでしょうけど。とにかく寂しがってたわよ。最近繋いでこないけどって」
伝言と言うか愚痴だな。それは。と言うか四、五日程前にだって直接会って話してたじゃん。
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『やあ、ニア。メイド達の件助かった。礼を言う』
「……突然話しかけてこないでよ」
『悪かった。今度屋敷に来ておくれ。直接話をしよう。菓子を焼いて待っているよ』
「今から行くわ」
流石に間に合わないよ?
「お菓子は結構よ。それより話を聞かせなさい」
『何の話をだ?』
「全部よ。最近私に報告してなかったじゃない。冷たいと思わない? 散々協力させておいて用がなければ結果も伝えてこないなんて」
レティやリタが伝えてくれてたんじゃ……。いえ、なんでもないっす。
『悪かった。待っているよ。色々伝えたい事もあるのだ』
「また相談事? 今度は何やらかしたのよ?」
信用無いなぁ~。まあ名推理なんだけども。
『やはり菓子を焼いておこう。コルティス家について調べてきておくれ』
「……扱き使ってくれるわね」
『代わりになんでも頼みを聞いてやるとも』
「言ったわね? 取り消させないわよ?」
『二言は無い。ニアの頼みならば命をかけて応えよう』
「要らないわよ。まったく。調子のいいことばっかり」
ふふ♪ 頼りにしておるよ。




