05-67.実験場
「あら? お客様?」
小屋の近くまで来た所で扉が開いて一人の女性が現れた。
「「ただいま!」」
「おかえり。二人とも。そちらの方達は?」
「「ともだち!」」
「あらあら♪ うふふ♪」
それから互いに自己紹介を交わした。
「そっか。エルちゃんの娘達なのね」
エル? ああ。エーテルだからか。それともアーエルの方か? 親しげだから前者かな? なんとなく気付いてはいたけど、女神様の友人なのだな。この女性、アニムスさんは。
にしても何故かエルと付く名称がやたらと多い気がする。エルナス、エルメラ、エルミラ、マエル……マエルはなんか違うな。普通に偶然だろう。エルナスとエルメラはどちらも地名だ。そして両方ともが女神様と関連した土地だ。エルナス村は女神様の神器をそれと知らずに崇めていた。エルメラは女神様の娘であるルベドが育て上げた地だ。女神様にあやかって名付けられたのだろうか。当時のルベドならありそうな話だ。この二つが似ているのは必然なのかもしれん。
ならばエルミラはどうだ? これはミカゲの本名だ。実はあの子の出身地はわかっておらんのだよな。物心ついた頃から裏の者に育てられて各地を転々としていたようだし。今度姉さん達に頼んで記憶を調べてもらおう。もしかしたら女神様縁の土地が他にもあって、そこの生まれなのかもしれん。
或いはエルメラにあやかっておるのやも? だとすれば現在の聖教国の近くか? 聖教国を私物化出来ればヒントを得られるかもしれん。世界中に散らばったエルメラの民が新たに興した土地という可能性もあるだろうが、そちらも追跡出来るかもしれんな。可能性は薄いが。まあ本人は欠片も興味が無いようだし焦る必要も無いだろう。
「シルちゃんは久しぶりね♪」
「えっと」
「あら? そうよね。覚えてないわよね。あなたがうんと小さな頃だもの」
そういう問題じゃないと思う。
「ごめんなさい」
「ううん。気にしないで。私達ってそういうものだから」
どういう意味だ?
「!?」
その時突然、隣りに座ったパティが倒れ込んできた。どうやら意識を失っているようだ。
「そろそろ時間ね。折角だけどまた今度。私達はいつでも待っているわ」
アニムスさんの言葉を最後に辺り一面が光りに包まれた。そして来た時と同じようにして、一瞬で洞穴の中へと戻されていた。
「先生は大丈夫?」
「ああ。うむ。どうやら問題無いらしい。パティのこれは昨日の私と?」
「たぶんそうだね。先生凄いね。たぶん私よりずっと早く慣れたんだよ」
「慣れ?」
「うん。慣れ。詳しい事はわかんないけど」
「おそらく自己防衛の為の強制シャットダウンでしょう。世界と繋がっているあの三人とは長く共に居られないのです。前後の記憶が抜け落ちる事と村人の多くがあの双子を認識出来ない事も同様の理由でしょう。彼女らは目で見た以上の情報量を有しているのです。我々にはそれを受け止めきれるだけの器がありません。私も意識的に避けなければ危ない所でした」
パティを診察したルベドが解説してくれた。
「あの空間も同様でしょう。大樹に近づく事を阻止したのは大樹を守る為だけでなく、近づこうとした者を守る意図もあったのかもしれません」
「フーちゃんでも……あれ? フーちゃんも?」
反応がない? 何時からだ?
『意識を失っています。つまりこれは脳の働きではなく魂によるものなのでしょう。流石は中央世界の魂です。素の状態で我々以上の耐性を備えているのですね』
今度はフーちゃんと私を診察してくれたようだ。
「最初は長く遊べないの。段々と二人と居られる時間も長くなっていったんだよ」
私が昨日双子と共に居られた時間は長い方だったのか? だからパティは自己紹介程度で気を失ってしまった? フーちゃんまで早いのは大樹に近づいてしまったせいか? ルベドは途中で気付いて何か対策していたのか?
「それがシルヴィの特別?」
『おそらくは。長年あの双子と過ごした事でギンカと同等の耐久性を獲得したのでしょう。それは同時に中央世界の者達にすら迫る強き魂の持ち主であるという事です』
なるほど……。
「ふふ♪ 先生と一緒って聞くと嬉しくなっちゃうね♪」
『シルビアは既に転移者と同等の存在です。いずれこの世界の誰より強大な存在と成り得るでしょう。これは誰にでも出来る事ではありません。常人であれば育つより先に魂が破裂してしまう筈です』
つまりそれって……。
『ここは創造主様の実験場なのかもしれません』
……。
『怖気づきましたか? 創造主様はこの程度いくらでもやらかしていますよ?』
……そうだね。なんとなくわかったかも。
『今回はむしろ優しい方です。あの試験官達は切り上げ時を弁えていますから』
三人とも女神様が?
『生み出したのでしょうね。そして世界の意思とも繋がっている筈です』
ある意味私達の遠い姉とも言える存在なのだな。
『おそらくは』
「もう一回入れないのかな? これ何も映さなくなっちゃったみたい」
シルビアの差し出してきた神器を受け取った。少し迷った末に私はそれをアウルムに収納させた。私達は試練に打ち勝ったのだろうから、これを持ち出す事は構わない筈だ。これ以上の犠牲者を出すわけにもいかない。私達が責任を持って管理するとしよう。
「行こっか。パトを寝かせてあげなきゃね♪」
シルビアは魔力壁を生み出し、パティをその上に寝かせて歩き出した。つい数ヶ月前までのものと比べ物にならない安定感だ。既に私の魔力壁とも遜色が無い。これはシルビアの努力の成果だ。女神様の実験とは関係の無い、この子自身の力だ。
『ギンカのそれは憤りですか? それとも不安?』
……まだ謎は残されている。
『そうですね。改めて真意を問う必要は無いと思いますが、ギンカのしたいようになさってください』
帰ろう。ここで知るべき事は知り終えた。
『はい。ギンカ』




