05-64.村の伝承
「つまり邪教徒という事か?」
「違うってば」
「この村は女神様と異なる神を崇めているのだろう?」
「ううん。村の言い伝えにあるのは神じゃないよ。ただこの世界そのものに感謝と敬意を抱いているだけなの」
女神様以外の存在を頼りとしているのは間違いあるまい。そもそも女神信仰自体が下火とは言え、まさかこの世界に他の対象を信仰している者達がおるとはな。
「しかし世界そのものにも人格を見出しておるのだろう?」
「そうとも言えるね」
ほらやっぱり。
「あの子達はその御遣いなのだな」
「かもしれない。本当の事は誰にもわからないけどね」
言い伝えに対して村人達自身ですら半信半疑なのだな。
「この近くには入口があるとされているの」
「どこへのだ?」
「世界の深淵みたいな場所。世界の全てを生み出し見守る存在が住まう場所」
「世界の管理者は女神様だ。運営も守護もあの方が担われているのだぞ?」
姉さん達やアニタがそんな話をしてたし。
「本当にそうなのかな?」
「だよね?」
『……』
「ルベド?」
『……世界にも意思と呼べるものは存在しています』
そうなの?
『ただし規格が異なります。その意思を汲み取る事は神を以ってしても不可能です』
規格?
『言語以前に思考が全くの別物なのです。世界そのものを一つの生命体と定義したとしても、我々が対話を試みる事は不可能なのです』
なるほど。身振り手振りによるコミュニケーションすら不可能なんだね。
『或いは混沌を統べる原初の神の力を以ってすれば、我々と同じ土俵に引きずり出す事も……』
「もしかしてカオス? 原初神の? 実在するの?」
『……その話はまたいずれ』
「そっか」
今は話せない系なのだろう。
『世界が自ら触覚を生み出したと考えるよりは、創造主様が何かやらかしたと考える方が妥当かと』
「つまりこの近くに神器があるかもって事だね」
『はい。その可能性が高いかと』
先程はルベドすらも意識を持っていかれてしまったのだ。女神様や世界の意思と呼ばれるような上位存在が関わっていると考えれば説明がつく。それが本当に世界の意思とやらを引きずり出すに至ったのか、或いは一切関係なく女神様の神器が生み出しただけの偽物なのかはわからないけど。
「この村にそれっぽいものは?」
「さあ?」
こんな事ならコンパスを持って来ればよかった。今は誰が持っているんだったか。おそらくパティだ。ならば待とう。もう直合流出来るだろう。どのみち今は私達も動けないし。
「聖人とはなんなのだ?」
「さっき言った入口を通れる資格を持った人の事だよ」
「御遣いに見出された者にはその資格があると?」
「うん。そう言い伝えられているの」
誰かが本当に世界の意思とコンタクトを取る事に成功したのだろうか。或いは女神様がそれっぽい話をでっち上げたのだろうか。それとも全ては単なる偶然なのだろうか。
「村にはあの子供達と会った事のある者はいくらか居るのだろう?」
「うん。そうだね。何人かはいるよ」
あの子達と接触する事がイコール聖人というわけでもないのだな。村長さん達は何を以って私達を聖人と判断したのだろうか。或いは単に言い伝えにあやかって祝ってくれているだけなのだろうか。
「いずれも入口を見つける事は叶わなかったのであろう?」
「えっとね。実はそうとも言い切れないの」
「と言うと?」
「姿を消しちゃった人もいたんだって」
え? ホラー?
「だから一度この村を離れて、それでも尚帰って来た人の事は歓迎するの」
「シルヴィを呼び出したのは国王だ」
「それでもね」
言い伝えには教訓のような面もあるのかもな。帰ってきた村の仲間を快く受け入れようといった、何かそんな感じの。そしてその者らが持ち帰った知識もまた大切なのだと。村が閉鎖的な環境となる事を危惧したのかもしれん。
「私達はこの村に住むわけでもない」
「それで良いんだよ。聖人が再び旅立つ事はわかっているんだから」
そうか。一時的な帰郷を祝うという意味でもあったのか。次は、或いはもう一度入口とやらを見つけて世界の深淵へと足を踏み入れるかもしれんのだものな。そして今度は二度と戻らんかもしれんのだ。なんだか理に適った考え方にも思えるな。
「婚姻の件はどうなのだ? 何やら言い伝えにはその手の話もあったのだろう?」
「……ふふ♪」
「シルヴィ? 何を隠しているのだ?」
「別に隠してたわけじゃないよ♪ 私も知らなかったの♪」
本当か? というか答えになっとらんぞ? 少なくとも今は知っているのだろう? その内容を教えてほしいのだが?
「それよりほら♪ 折角ご馳走まで用意してくれたんだからさ♪ あ~ん♪」
浮かれてるなぁ。




