05-37.尋問
「例の司祭さんを招待してみてはどうかしら。あれ程の神器を持たされていたならある程度の情報は知らされている筈だと思うの」
ニアの提案が可決され、私はもう一度大聖堂に忍び込んでみる事になった。今回は私一人だけだ。けど勿論私の中にはルベドとネル姉さんとキトリもいる。昼間と同じように気配と姿を消して、深夜の大聖堂の中を奥へと進んでいく。
『人の気配が随分多いですね。やはり警戒されているようです』
『心配は要りません。対策は万全です』
ガラス玉型神器のコンパスを手に入れた事で、私達の方も相手の位置を知る事が出来るようになった。少なくとも同等の神器を持つ者達が近づいてくればわかる筈だ。更にはルベドによってある程度の解析も済んでいる。気配遮断の精度も上がっているので気付かれる可能性も低い。
とは言え司祭二ネットを探す方法も無いのだよな。あくまでコンパスでわかるのは神器の反応だけだし。
『右に進んで。この状況で修道院に帰ったとも思えないからまだ大聖堂内にいるんじゃないかな』
暫くキトリの導きに従って進んでいくと、取調室のような小部屋の並ぶ通路に行き着いた。
『近いです』
『もう一人いますね。今も取調べ中なのでしょう』
困ったな。暫く様子を見るべきだろうか。
『介入するべきだよ。あの子はエリちゃんのせいで責められてるんでしょ』
……やむをえんか。
『私が眠らせましょう』
お願い、ルベド。
『そんな事したら今度はその人が責められるよ』
ならキトリはどうしろと言うのだ?
『ちゃんと話そう。きっとわかってくれるよ』
バカを言うな。この物々しい雰囲気がわからんのか? 彼らは我々を敵と判断したのだ。大切な神の神体を盗み出した不届き者と断じたのだ。話したとて決して許しはせんぞ。
『許してもらえないから謝らないの? 誠意を尽くす事もせずに諦めちゃうの? 敵を作っているのはエリちゃん達の方でしょ? そんなやり方してたら嫌われるのは当然だよ?』
相手を考えろ。彼らは幾つもの神器を抱える巨大組織だ。例え私達であっても正面からやりあえば分が悪い。謝って折り合いがつかなければ争うしかなくなるのだ。ニタスの身体を差し出すわけにはいかん。元より選択肢なんぞ無いのだ。
『相手に応じて善悪を捻じ曲げるの? それは』
『もういいです。キトリは口を閉じていてください。あなたの考えは幼稚過ぎます。ギンカもこれ以上取り合わないでください。今は時間がありません』
『ダメだよ。こんなやり方見過ごせない。巻き込まれる人達の身になって考えてみてよ。あの二ネットって子が何をしたの? こんな時間まで半分独房みたいな部屋で詰められるような悪い子だったの? 全部エリちゃん達のせいでしょ? 彼女に悪いと思うならここで名乗り出るべきだよ。もしもの時は私が身代わりになるから。私がニタちゃんの代わりになってあげる。だから勇気を出して歩み寄ろう。彼らはエリちゃんが怖がるような相手じゃないよ。色々と誤解はあったみたいだけど、間違いなくお母様を信奉している人達だよ。きっとわかってくれる筈だよ。だからお願い。エリちゃん』
……ダメだ。朝になったら出直そう。その時はキトリの言う通りにしよう。私達には準備が必要だ。その為にも二ネットの情報が必要だ。ついでに尋問官も連れて行くとしよう。今はそれで我慢しておくれ。臆病な私を許しておくれ。
『仕方がないね、エリちゃんは。けどありがとう。私の言葉を聞いてくれて。わかった。それで良いよ。今度こそ私も口を閉じるよ。ごめんね。我儘言って。約束したのにね』
気にするな。譲れない矜持を持つのも大切な事だ。
『ありがとう。エリちゃんはやっぱり良い子だね』
ただ一つ忘れないでおくれ。キトリはもう一人じゃない。私達家族がいる。家族の中には弱い者もいる。私達は何時でも絶対的な強者でいられるわけじゃない。どうかそれだけは覚えておいておくれ。
『うん。わかった。エリちゃんの抱く恐怖を理解するよ』
うむ。頼んだぞ。
それからようやくルベドの術で部屋の中の二人を眠らせてから運び出し、私達の屋敷へと帰ってきた。
「この人は?」
「おそらく尋問官か何かだろう」
「よくわからないのに連れてきちゃったの?」
「情報は必要だろう?」
「エリクにしては思い切った事をしたわね」
「色々とあってな」
「リタに影響された?」
「……そんな所だ」
手段を選んでいる場合でもないのは確かだ。一部の神器がルベドの力すら上回る事は既に立証されているのだから。
『それは極端過ぎです。過剰に恐れる必要はありません』
『ギンカったらすっかり縮こまっちゃって。ちょっと今日は色々ありすぎましたね。よちよち♪ お姉ちゃんが慰めてあげますからね♪』
はいはい。後でネル姉さんの相手もしてあげるから。
『……』
キトリ? 別に雑談くらいしてもいいんだよ?
『……仲が良いね』
姉妹だもの。勿論キトリもね。
『そうだね』
ちょっと呆れられちゃったかな?
「目が覚めたわね」
どうやら尋問が始まるようだ。(何故か)手慣れた様子で椅子に二人を縛り付けたパティとリタが、少し演技掛かった様子で話しかけた。
「「!?」」
「抵抗は無駄よ。念の為魔術も封じさせてもらったわ」
ほんとだ。尋問官さんと司祭さんにはいつの間にやら空の魔力電池が貼り付けられてる。用意のいい事で。
「パ」
「ダメよ。メイガスと呼びなさい」
あ、はい。
「張り切っている所悪いが、二ネット殿の方は拘束を解いてやってくれぬか? 彼女は私達のせいで巻き込まれただけなのだ」
「これはどういう事です! 二ネット!」
「!? 知りません! 本当です!」
そう言えば昼間は女神様風の容姿に変えていたのだったな。




