05-32.仲良し姉妹?
「パティとリタはもう寝なさい」
「「子供扱いしないで!」」
子供は皆そう言うのだ。
「結局何事も起きてはおらんのだ」
向こうも平和なものだ。州知事殿はマルコス氏の突然の訪問に嫌な顔一つせず迎え入れてくれた。探られて痛むような腹も無い様子で、マルコス氏の全ての問に穏やかな笑みを浮かべて答えていた。
そうして歓待を受けたマルコス氏一行も既に交代で就寝中だ。当然食事に毒を盛られるような事もなかった。
「ならキトリと話をさせてよ」
「私も興味があるわ」
……どうしたものかなぁ。
『何か問題あるかな?』
『貴方のような唐変木は子供達の見本になりません。自重なさい』
『酷い言われよう。エリちゃんもそう思ってるの?』
いやまあ。多少抵抗があるのは事実だ。
『私がおかしいのかな? 十五年で常識の方が変わっちゃったの?』
勿論キトリの言っている事は正しいさ。しかしそれは理想論だ。
『理想を目指すのは当然の事でしょ?』
そういう所だ。そういう所なのだよ。キトリ。傲慢なのはキトリも一緒だ。人間は失敗すれば容易く命を落としてしまうのだ。だから身を守る為に警戒心を持つものなのだ。彼らを見てみろ。あれだけ歓待されたのに警戒を解いていないのがわかるだろう。屋内だと言うのに見張りまで立てている。そうしなければ怖くて眠れないのだ。どれだけ州知事殿が善人に見えていようと、彼もしくは、彼の周囲の者達が自分達を害する可能性を警戒しているのだ。
『うん……』
キトリは自分が人と違う事を正しく理解していない。本当に人の立場に立って物事を見ていない。上から目線で正しさを押し付けようとしているだけだ。これを傲慢と言わずしてなんと言う。
『それは違うよ。エリちゃん達だって人じゃないでしょ? エリちゃん達には私と同じ力がある筈でしょ? 本当は怖くもないのに怖がるフリをしているだけじゃないの? 自分達を無理やり人間の枠に収めてるから話しがズレちゃってるんじゃないの?』
それの何が悪い? まさか自らを人と思う事が傲慢だとでも言うのか?
『そうだよ。そういう事だよ。自分達は違うのだと自覚して律さないとダメだよ。そうでなきゃ力を押し付ける事になっちゃうでしょ? 大人が子供と一緒になって喧嘩する為に自分も子供だって言い張ってるようなものだよ? けど体格は大人のままなの。どれだけ子供だって言い張ってもね。そうやってエリちゃん達は人を見下してしまっているんだよ。目線の高さも体重も腕力も違うんだから大人の方が強いのは当たり前なの。一緒になって取っ組み合いの喧嘩をして良い筈が無いの。少し他の子達に悪さをされたからってムキになってやり返したらダメなの。だから先ずは自覚しなきゃ。自分達は大人なんだって。あの州知事さんみたいに余裕を示さなきゃ。些細な事に一々気分を害していたらダメなんだよ』
正論だな。キトリの考えが間違っているとは言わんさ。けれどやはりキトリは人を見下しているのだな。自分より力で劣る存在だからと。自分が守り導いてやらねばならないと。
『そうだね。うん。エリちゃんの言う通りだよ。私も傲慢なんだよ。けど私はこれが正しいと思うの。それがお母様から与えられた使命でもあるからね』
キトリは過保護な母親のようだ。決して子供じみた夢想家だったわけではないのだな。これが彼女の五百年生きた末の答えだと言うなら大したものだ。きっとどれだけ騙され利用され続けようと、変わらず人々に無償の愛を振りまき続けてきたのだろう。それは尊敬に値する矜持だ。しかし困った。話も平行線のままだろう。彼女の強固な意思を突き崩す術を私は持ち合わせていない。私もまたキトリからすれば子供のようなものだろうからな。
『大丈夫。話は聞くよ。いっぱいお話しよう。エリちゃんがとっても良い子だって事もわかったから。私もエリちゃんの考えを頭ごなしに否定したりはしないよ。二人で、ううん。皆で一番良い方法を考えていこうね』
そうだな。先ずは対話だな。全てはそれからだ。
『うん♪ という事で私も二人とお話してみたいな♪』
……よかろう。パティ達の考えも聞いてみておくれ。きっと参考になるだろう。
『ありがとう♪ エリちゃん♪』
キトリが私の中から現れた。パティとリタは早速キトリを歓迎してくれた。キトリもすぐに二人が気に入ったようだ。そのまま三人で仲良く談笑を始めた。
『ギンカはチョロいですね』
『まったくです。もう少し強い意思を持ってください』
二人だって止めなかったじゃん。
『キトリは確固たる自分を持っています。その点だけはギンカも見習うべきかもしれません』
『甘いですよ。ネルケ。あなたが甘やかすからキトリがあのような思想を持つに至ったのでしょう。あの考え方は危険です。人を甘く見すぎています。いずれ足をすくわれますよ』
そうだな。知恵と数こそが人の武器だ。キトリが一人だけであったなら容易く封じられてしまうだろう。実際聖櫃の中で一切の身動きが取れない状態に陥っていたのだ。
『あの封印はキトリ本人のものでしょうね。そもそもキトリも本当に許可を取り付けていたのかは疑問です。そんな事をしていたならもっと派手な事になっていた筈です。私と主様が見逃す筈はありません』
そうか。直前までの様子はネル姉さん達も見ていたのだものな。
『流石に四六時中覗いていたわけでもありませんし、あの結界のせいで中の様子までは確認出来ていませんでしたが、おそらくそう長い時間は経っていなかったのではないかと』
つまりキトリは大聖堂に到着して程なくあの状態に陥ったのだな。誰かがそこまで手引した筈だ。しかし教会としての決定ではなかった可能性があると。ネル姉さんはそう考えたのか。
『逆かもしれませんよ』
ルベド? ……そっか。その人か、或いは教会の人達は以前からキトリの存在と力を知っていたのかも。罠を張って待ち構えていた可能性もあるよね。とするとキトリを神ではなく神器として認識していたのかな。
『神器として見ていたのかまではわかりません。ですがあり得ないとも言い切れませんね。私達の時は私とネルケとギンカが同化していた為に力の量を誤認した可能性もあります』
或いは判断した人の匙加減という可能性もあるのかも。あのガラス玉型神器は読み取るのに少しコツがいるみたいだし。以前管理していた人は二ネットとかいう司祭さんより正確に判別出来たのかもしれないね。
『神器として利用しようとしたのか、捕らえようとしたのか、或いは神として一方的に崇め奉ったのか』
『前者であれば神体に近づけるかは疑問ですね。一部の者が手引した可能性が高いでしょう。逆に罠を張っていたのであれば多くの者達が関わっていた筈です。そして神が帰還したと考えていたなら私達を歓迎していたのが腑に落ちません』
そうだな。ならば知っていた可能性もあるか? あくまでエーテルシリーズは分け身でしかない事を。七人の姉妹が揃って始めて完全な写し身になる事を。
『そんな情報は私も知りません。本当なのですか?』
『別に合体するわけではありませんよ。ただ主様がそのお力を七つに分けた事は事実です』
それも随分と偏りがありそうだがな。
『ルベド姉さんが大きな力を持つのは切り分け方が不公平だったわけではありません。稼働年数が最も長いというだけのことです。それに力の性質上、主様の力を模倣する事に長けていたという事情もあります。これでもインチキ度合いで言ったらマグナ姉さんの方が遥かに上です』
奇跡そのものを司るマグナはたしかに凄そうだ。
『いいえ。その認識には誤りがありますね。私達最初の三人は明らかに貴方達より多くの力を与えられています。逆にユーシャは極端に劣っています。根幹を成す性質が平等だとしても与えられた力の総量には明確な違いがあります』
時代の変化と共にやり方を変えてきたのかもね。人々を救い導くのに大きな力は必要ないという事なのかも。
『そうなのかもしれませんね。創造主様の深遠なるお考えには想像も及びませんが』
『ルベド姉さんは主様の事が嫌いなのですか?』
ちょっと。なんでそういう事聞くのさ。ネル姉さんだって知ってるだろうに。私の記憶から共有したじゃん。
『ギンカは黙っていてください』
ダメだってば。折角ルベドが歩み寄ってくれてるのに。今はまだ早いから。もう少しだけ待っていておくれ。いずれ必ず全ての謎を解き明かしてみせるから。ルベドの事だけじゃなく女神様の真意についてもだ。その為にも先ずは姉妹で団結しよう。ここで喧嘩別れしてしまえば折角順調に集まっているのに水の泡だ。ただでさえキトリとの関係にも不安要素があるのだ。私達が仲違いしている場合ではない筈だ。
『……わかりました。すみませんでした。ルベド姉さん』
『別に気にしていません』
『……』
どうどう。
『馬じゃありません!』




