05-31.選ぶべき正しさ
「エリちゃんは悪い子だね」
「すまん……」
あかん。ダメだった……。
「私も一緒に謝りに行ってあげる」
「いや、待ってくれ。その前に話を聞いておくれ」
「言い訳は聞きたくないな」
うぐっ……。
「待ってください。キトリ。先に話をさせてください」
「ネルちゃんまで悪い子になっちゃったの?」
「そういう話ではありません。キトリは私が信じられないのですか?」
「信じてるよ。ネルちゃんは良い子だよ。だから謝れるよね?」
「埒が明きませんね。キトリ。いい加減にしなさい。状況は変わったのです。あなたが関与していた当時がどうかは知りませんが、十五年は人間達にとって決して短い時間ではありません。少なくとも今の教会が何かを企てているのは間違いありません。すなわち彼らを助けるという事は我々の敵に回るという事なのです。キトリは争うことが望みですか? 私達は話し合いをしようと申し出ているのですよ? それを無下にすると言うのですか?」
「ルーちゃんは、」
「その呼び方はやめなさい」
「ルベちゃんは、あの人達と敵対しているの?」
「必要があるかどうかはあなた次第です。力ある者がつけば敵対も必然のものとなるでしょう」
「よくわかんないよ。私はただ優しくしてくれた人達が困っていたから助けようとしているだけだよ? それの何が問題なの?」
これが秩序? ただの子供じゃないか。五百年も生きていたと言うのにこの精神性なのか? 五百年ぽっちじゃ悟りに至るには短すぎたのか? 女神様の放任主義の弊害か? 或いはその逆に甘やかされた?
「キトリ。人には様々な思想を持った者達がいる。良い人間もいれば悪い人間もいるのだ。先ずそれはわかるな?」
「うん。エリちゃんはどっちなの?」
「待て。結論を急ぐでない。先ずは続きを聞いておくれ」
「わかった」
取り敢えず興味は持ってもらえたようだ。
「良い人間、悪い人間と言うのは立場によっても変わるものだ。戦争をしているからと言って相手国に属する者達がすべからく悪人という事もあるまい? 中には家族や友、そして国の為にと剣を手にする者達もおるだろう」
「そもそも戦争は悪いことだよ。その悪いことに関与したんだから悪い人でしょ?」
なんだその極端な考え方は。
「私達は聖教国のスパイによって襲撃を受けた事がある。つまりあの国に属する者達はすべて悪人という事になるぞ?」
「戦争にはなってないでしょ? 悪い事した人を捕まえて叱ったんでしょ? なら話は終わりだよね?」
「終わるものか。我々は彼らを警戒し続けるのだ。また何時襲われるかもしれないと恐怖を抱き続けるのだ。例え彼らの内の一人だけが先走ったのだとしても、彼らこそが悪であるという印象を拭い去る事は出来んのだ」
「エリちゃんだって言ったじゃん。悪い人も良い人もいるんだって」
「だから"警戒"だ。即座に戦闘を始めるわけではない。見極めるには時間がかかるのだ。情報を集めて、こうして話し合って、それから結論を導き出すのだ。その話し合いにキトリも参加してほしいと頼んでいるのだ」
「それで忍び込んで騙して泥棒したの? 相手の事が怖いからちゃんと話し合わないで悪い事しちゃったの? それってとってもよくない事だよね? 仲良くなれるチャンスを自分で捨てちゃったって事だよね? なんで最初にちゃんと頼まなかったの? 向こうにも考える時間をあげるべきだったんじゃないの? 自分達の方が強いから何をしてもいいの? それってとっても傲慢だと思うの。良くない事だと思う。だからエリちゃんは悪い子なんだよ? 悪い事をしたなら自分から謝らなくちゃ。相手が良い子か悪い子かは別の話だよ」
「そうだな。キトリの考えは至極真っ当なものだ。その意見には賛成しよう。だから私も罪悪感を抱いていたのだ。けれどそれでもだ。何でもかんでも正直に話せば良いという事ではない。時には嘘も必要だ。彼らが崇めるべき神を求めていると言うなら、その役割を担う事もまた彼らの救いとなるだろう。我々は女神様に縁深き者だ。女神様の代わりを成す責任がある。人々を良き方向へ導く責務がある。これは決して傲慢なんぞではない。人々を想えばこそだ。だから全てを明かすわけにはいかんのだ。それでは道が閉ざされてしまう。彼らが我らを信仰する事は出来なくなってしまうのだ」
「……話をすり替えてもダメだよ。結局はエリちゃんがあの国の人達を信じられないってだけでしょ?」
「そうだ。その通りだ。だが争いたくない。だから先ずは話をしよう。全てはそれからだ」
「なら向こうの人達と話し合わなくちゃ。ここで話してたって意味は無いよ」
「無くはないさ。事前の打ち合わせは必要だ。キトリにも立場を明確にしてもらいたい。私達と考えを共有してほしい。私達は全てを話す事を望まない。キトリがどうしてもそれを為すと言うなら力尽くでも止めねばならん。それが争いを避ける道だと信じているからだ」
「それは力尽くで言う事を聞かせるって事? あの国の人達にも?」
「少なくとも私達はそれを望んでいない」
「やっぱり傲慢だよ。選択肢があると思っている時点で。相手にだってそんな考え方は伝わっちゃうよ。そんなんじゃ余計に警戒させちゃう。きっと仲良くなんて出来ないよ」
耳が痛い。つい最近ベルトランにも似たような事を言われたなぁ……。
「キトリが何に不満を抱いているのかはわかった。だからこそ先ずは話し合おう。キトリにとっても選択肢はそれしか無い筈だ。事実は事実として認めてくれるかな?」
「うん。そうだね。その思い上がりは見過ごせないもん。話し合いは必要だと思う。私も姉妹を放って置くつもりはないよ。どこまででも付き合ってあげる」
取り敢えず同意はしてくれたか。理由はどうであれ。けれど念の為キトリは見張っておかねばな。
「ルベド。頼めるか?」
「はい。決して目は離しません」
「悪いがネル姉さんはユーシャの方についていておくれ」
「ううん。私はいいからネルお姉ちゃんもキトリお姉ちゃんの側にいてあげて」
「本当にいいのか?」
「うん。キトリお姉ちゃんに色々教えてあげて。まるで子供みたいだもん。今のままじゃ困ると思う」
ユーシャにすら言われてるし。まあ芯があるというか、頑固者というか。よく五百年近くも無事に稼働出来ていたな。どこかで騙されていいように使われていてもおかしくなかったろうに。よっぽど女神様とネル姉さんが過保護に育てたのだろうか。
「むぅ。子供扱いは失礼だよぉ」
まあ、なんとも言えん所だな。キトリの生きてきた道のりを知っているわけでもないのだ。様々な困難を乗り越えた末でこの矜持を抱き続けているなら尊敬に値するさ。逆に甘やかされて育った箱入り娘だったのならいずれボロも出るだろう。ネル姉さんはともかくルベドはそう甘くないからな。
「少し休め。時間を開けて話し合うとしよう。実は今晩別件もあってな。キトリの相手ばかりしておれんのだ」
「謝りに行くなら早い方が良いんだけどなぁ」
「まだそうと決まったわけではあるまい」
「だから話し合いも早くしてほしいんだけど。そうだ♪ ならその別件ってやつを私も手伝ってあげるね♪」
「いらん。だが見ているといい。きっと参考になるだろう」
誰が悪で誰が善なんてわかりやすい展開は滅多に無い。マルコス氏も善人ではあるが、ヴァイス家からしたら悪の親玉とすら言える立場だ。全ては彼の至らなさが原因だ。彼本人に悪意が無くともやらかした結果は変わらない。ヴァイス家を巻き込んだのは彼自身の行動がキッカケだ。それらをキトリは理解出来るだろうか。秩序という設定が何か思考に影響を及ぼしていないといいのだが。まあそこは大丈夫だよね。ルベドもネル姉さんも全然信仰と知恵って感じはしないし。
「今失礼な事を考えませんでしたか?」
「いいや。それよりキトリにも取り憑く方法を教えてやっておくれ」
「取り憑くとか言わないでください」
「なら憑依でいいか?」
「変わってません!」
「呼び方はなんでもいいだろ」
「よくないんです! 今後は同化と呼んでください!」
「そもそもあれはどういう仕組なのだ? 姉さん達の肉体はどこに消えているのだ?」
「危険なので教えません! ギンカにはまだ早いです!」
あらら。機嫌損ねちゃった。残念だけどまた今度だな。私も似たような事出来るし別にいいけど。




