05-20.作戦決行
「本日はお時間を頂きありがとうございます」
結局マルコス氏との話し合いはパティだけが参加し、私は予め会議室の観葉植物裏に隠れる事にした。ルシアとリタはロビーで待つ事にしたようだ。ロロとエフィは部屋で待機だ。ロロだけでなくエフィにも外してもらったのはその方が素の反応を引き出しやすいかと考えたからだ。
「いえいえ。ご指名頂き光栄です。美しき姫君にお誘い頂けて大変嬉しく思います」
「あら? そのような事を仰ってよろしいのですか?」
「と言いますと?」
「実は私、シャーロット・ヴァイス様にはとてもお世話になったのです」
「それは本当ですか!? 彼女は今どちらに!?」
「!?」
「あ! 申し訳ない! 脅かすつもりはなかったのです!」
「い、いえ。概ねの事情は察しております。実はその件でお話があってマルコス様をお呼び立てさせて頂いたのです」
「聞かせてください」
真剣な声音だ。本気で案じているように聞こえる。やはり悪人ではないのだろうか。
「先ず始めに前置かせて頂きたいのですが、これからお話するのはあくまで私個人の知る情報に限ったものです。徹底的な調査を行ったわけでもありませんし、彼女の言葉を代弁する意図もありません。どうかその点を踏まえてお聴き頂けますでしょうか」
「はい。承知致しました」
それからパティは話を始めた。自分がロロの後輩であった事。その縁でヴァイス家を訪れた事。そして今現在のヴァイス家の惨状とスタンスを言葉を濁さずハッキリと伝えた。
「まさかそのような事が……」
マルコス氏は真っ青だ。冷や汗までかいている。本当に状況を把握していなかったらしい。流石にこれが演技とは思えない。それだけ本気で狼狽えている様子だ。
「ヴァイス家の噂について調べて頂けませんか?」
「はい。この件は必ず私の手で清算致します」
「……今更ですが本当に信じて頂けるのですか?」
「薄々問題がある事は察していたのです。お恥ずかしい話ですが」
「それはどのような?」
マルコス氏は心底後悔した様子で言葉を漏らした。
どうやら部下達からはロロが婚約を受け入れたと聞かされていたらしい。それも最初の一年目くらいの頃にだ。しかも驚いた事にそれ以来文通まで交わしていたそうだ。もちろんロロもご両親もそんなものは送っていない。つまり誰かがでっち上げたのだ。意図的にマルコス氏を騙していた者がいるのだ。
首謀者に何の意図があるのかまではマルコス氏も把握出来ていない様子だが、それでも途中から違和感は感じ始めていたらしい。特別に信頼出来る者達を使っての調査も既に始めてはいたようだ。
ただこの共和国の首都たる特別区と元ヴァイス王国とでは随分と距離もある。今回の件に関わった者の数も相応に多いらしい。大半の者達はただ上や下から流れてきた情報を伝達しただけだ。どの段階で何が混入されたのかを調査するにも時間がかかる。しかも他の州で起こった出来事については調査がスムーズにいかない場合もある。悪意を持つ者が相手ならば尚の事だ。素直に調べさせてくれるとも思えない。
「始めから私が迎えに伺うべきでした。再び彼女に断られようとも自ら決着をつけるべきだったのです」
「もう一点お話します。正直これはお伝えするべきか迷っていたのですが」
「お聞かせください。全てを教えてください。そしてどうかお力添えください。図々しい事は承知しております。ですが私は彼女とご家族に対しての罪を償わねばなりません。恥などに拘っているべき時ではありません」
「わかりました。そのご覚悟を信じます。……彼女は、我が国で家族を作りました。もうこの国へ帰るつもりは無いそうです」
「……本当になんとお詫びすべきか」
マルコス氏は手の平で顔を覆って俯いてしまった。
「きっと問題解決には時間を要する事でしょう。しかしヴァイス家の状況だけは早急に改善して頂けますでしょうか」
「はい。必ず」
それから残りの情報を共有し終わると、マルコス氏は急ぎ足で帰って行った。今すぐヴァイス家に使者を送るつもりのようだ。或いは自ら乗り込むつもりなのかもしれない。
『気を付けてください』
ルベド?
『もし彼が直接動くならば敵の次の手も想像に難くないでしょう』
……まさか暗殺でもされるって事?
『それをヴァイス家に擦り付ければ一石二鳥です』
引き続きピーちゃんに見守らせよう。それからオルニスにも出動してもらおっか。
『妥当なところでしょうね』
ありがとう。ルベド。
『全ては杞憂かもしれません』
それでもだよ。
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ロロのやつ元気が無いな。結局話し合いに参加させてやれなかった事が引っかかっているのだろうか。思えば今回はずっとそうだったな。普段はやかましいくらいお喋りなのにエフィ達と会った頃から最低限しか喋っていない。後で話をする時間を作ろう。今晩の部屋割りは私とロロの組み合わせにしてもらおう。そう割り切って今は気にせず話を進めよう。
「お疲れ様。パティ。一応感想を聞いておこうか」
「彼は白でしょうね。間違いなく」
わざわざパティ相手にあんな言い訳をする必要も無いしな。本当に恥も何もかもかなぐり捨てた必死な様子だったし。パティの言葉を素直に信じ過ぎな部分には疑問も無くはないが。
「キッカケは悪意だと思うか?」
「どうかしらね。案外最初は単なる誤魔化しだったのが大事になっていった可能性も無くはないわね」
下っ端の嘘や伝言ゲームが原因だとしても途中で真実に気付いて手を加えた者は別にいる筈だ。文通はその者の工作だろう。謀反の噂も出所がハッキリせん事には意図も測りかねるな。最悪の中の最悪を考えるならカルモナドとの戦争こそが目的だなんて事にもなりかねない。もしこれでカルモナド側からの工作員が関与していたなんて話になればパティの立場も危うくなりかねんな。
「実際エフィだって信じていたくらいだもんね」
「うぐ……そういうあなただって……」
「ふむふむ。これはお坊ちゃんの手にあまるかしら」
あれ? リタまだいたの?
「ふふ♪ 良い事思いついたわ♪」
なんだその目は。何故私を見る。
「それでどうかしら? 私の事は受け入れてくださるの?」
「歓迎するわ♪ 今からこの私、パトリシアがあなたの雇用主よ♪」
「結構♪ 結構♪ よろしくね♪ パティさん♪ 私、約束を守ってくれる人は大好きよ♪」
「わかった。一々こっちに妙な視線を向けるな。私も約束は守るさ」
「ふふ♪ よろしくね♪ あなた♪」
「待て。なんだその呼び方。違うぞ? 同僚として受け入れるという意味だぞ? ハーレムには入れんぞ?」
「約束が違うわ。私を貰ってくれるって言ったじゃない」
「いいや。そんな話はしておらん。むしろこの国から逃がせば後は放ってくれても構わないと言われた筈だ」
「記憶にございません♪」
おいこら。




