05-15.作戦会議②
「ロロ先輩はどこで相手と知り合ったの?」
「この城です。以前カルモナド王国で会談があった際に滞在されましてな」
パティの問に答えたのはお父上だった。今のはロロに問いかけていたのだが。
その時は大統領一行として多くの者達が滞在したのだろうな。往路と復路で二度あった事なのだろうか。
「その際には何の問題も無かったのですか? どのような形で婚約を断られたにせよ、相手方が気分を害すなり、そこまではいかずとも強引に約束を取り付けてきたりも無かったのですか?」
「ありませんな。実は我々もシャーロットが求婚された事を知ったのは後になってからの事なのです」
「彼は私と二人きりのタイミングを見計らって声を掛けてきたのです」
なるほど。逆にロロが断ったのを目撃した者もいないのか。厄介な事を。尚の事そんなの本気にするわけないじゃないか。やんごとなき身分の者がたまたま視界に入った市井の者に粉をかけたって話でしかないのだ。本人がどれだけ本気だとしてもまともに受け取るわけがない。そもそも本気ならその場で親を巻き込むべきだったのだ。そんな覚悟を示されてはこちらとしても今より更に逃げ場が無くなっていただろうとは思うが。
「わかりました。では最後の確認です。お二人はシャーロットさんの婚約が正式に破棄される事を望んでいるという認識で間違いありませんね?」
「はい」
「……」
返事をしてくれたのは母上だけだった。
「お父様は望んでいらっしゃらないと?」
「今は逃げてほしい。あなた方ならば娘を匿える筈だ。どうかお願い出来ませんでしょうか」
あくまでも対決を避けてほしいのか。それも当然か。
「お二人はどうなさるおつもりですか? キャロちゃんは?」
「図々しいのは承知で頼みたい。可能であるならキャロラインも連れて行っては頂けないだろうか」
「それは出来ません。あんな小さな子を両親から引き離すなんてあり得ません」
一晩預かる程度ならともかくな。流石にずっとは無しだろう。
「そうだな……」
流石に今のは本気でもなさそうだ。最初からダメ元で言ってみたって感じがする。逆に言うとその程度だ。何が何でも娘達を守り抜こうという気迫が感じられない。
もしかしたら既に諦めてしまっているのかも。妙な噂が蔓延して、さりとてかつての王家としての威厳も権力も無い。きっと町中の人々から後ろ指を指されてきたのだろう。本当なら城を捨てて逃げ出したいくらいなのかもしれない。けどこの城は亡き祖父殿とロロ、そしてお母上が愛する場所だ。
お父上は板挟みにあっているのかも。お母上は気丈な性格のようだし。お父上個人としては全員で逃げ出す事が望みなのかも。けれど状況がそれを許さない。きっとお母上は最後まで堂々とこの地で暮らすつもりなのだろう。自分達は何も悪いことをしていないのだから逃げ出すつもりは無いと胸を張っているのだろう。そんなお母上についていけなくなってきているのかも。内心そんな悩みを抱えていたのかも。
だとするなら先程言い淀んだのはシャーロットが味方になってくれるかもしれないと期待したからなのかも。賢い娘なら一緒にお母上を説得してくれるのではと。口を閉ざしたのは私達に対してではなく、お母上に対してだったのかも。きっとこの人は妻子を捨てて逃げるつもりも無いのだろうし。
「お二人はこの城と運命を共にするおつもりですか?」
「はい」
「……はい」
なんだか少し可愛そうになってきたな。お父上も間違いなく被害者なのだ。そして内心どう思っていようとも、父として、夫としての責務を果たし続けてきた事もまた偽り無き真実なのだろう。覚悟は足りず、恐怖で足が震えていようとも、この地で最後まで妻の隣に寄り添い続けるつもりでいるのだろう。
きっとこの方の感性こそが普通なのだ。私達のような力を持たず、お母上やシャーロットのように城に対する強い思い入れや覚悟も無い。強大な権力者から睨まれ成す術も無い。それでも父として、夫としての矜持でこの地に留まり続けているのだ。愛する妻を一人にはすまいと逃げ出さずにしがみついているのだろう。もしかしたら娘の好きなこの場所を一分一秒でも長く残しておいてやりたいという気持ちもあるのかもしれない。
「話はわかりました。ではこれから改めて問題解決の手段を話し合うと致しましょう」
これで確認は終わりだ。お父上の考えはなんとなく理解できた。おそらくそう的外れという事も無いだろう。この方はただ賛同していないだけだ。誰より家族を想う味方である事は間違いない。
「次の使者が訪れるのは何時頃ですか?」
「暫くは先になるかと」
「でしたら直接乗り込むしかありませんね」
「……本気なのかね?」
「はい。正式に面会の許可を頂きましょう。私達ならばその伝手もありますので。もちろん移動手段の心配も不要です」
いっそソラで乗り付けてやろうかしら。……ダメか。陛下とベルトランに叱られる未来しか見えないし。
「いきなりか? 先ずは情報を集めるべきではないか? あまり派手な事をしてしまえば噂の補強にもなりかねんぞ。下手をするとこの町だけの問題では済まなくなる。相手が話に応じようが応じまいが、どちらでも問題の無い策を考えるべきだ。先ずは彼らの足元に忍び寄って聞き耳を立てよう」
「そうね。潜入捜査も必要ね♪」
私達にはオルニスやピーちゃん、アラネアといった優秀な諜報員達もいるのだからな。一先ず一般人として可能な範囲で近付いて、そこから闇夜に紛れて諜報要員を送り込むのがベターか。どこか近場に宿くらいあるだろう。共和国で最も大きな都市に住んでいるのは間違いないんだし。
「待て! 君達がそこまでする必要は無い! シャーロットの事は君達の好きにしてくれて構わない! どうか私達の事は気にしないでくれ! 娘達さえ無事なら私達は!」
「お父様。落ち着いてくださいませ。私達は大丈夫です。どうかこの件は任せてくださいませ」
「だが!」
「ありがとうございます。お父様」
「シャーロット……」
「エリクとパティがいれば心配は要りません。必ず目的を果たして参ります。すぐにまた無事な姿をお見せすると約束致します」
「もちろん私達も協力させてもらうわ!」
エフィの言う私達って当然ルシアも含むのだろうな。本人は澄まし顔のままだが内心どう考えているのだろうか。将来お父上の立場に最も近いのはルシアだろうし、何かしら思うところはありそうだけども。
「お前達は何時だってそうだ。一度決めれば私の話なんぞ聞きはしない」
お母上もロロもエフィもそっくりだもの。お父上はさぞや振り回されてきたのだろう。その気苦労は計り知れない。私も他人事じゃないのかもだけど。ただ私の場合はパティ達もいるし、現状ロロより私の方がやらかしているからな。
「妖精王陛下」
「はい」
「どうか娘とこの家を頼みます」
「はい。我々も尽力させて頂きます。必ずこの窮地を脱しましょう」
「ありがとうございます」




