05-12.家庭の事情
「いや~! そうですか! それでわざわざ!」
ロロのお父上は案外あっさりと警戒を解いてくれた。ロロがこれまでの経緯を説明しただけでだ。と言うか警戒してたんじゃなくて緊張していただけらしい。お母上曰く。
「いえ、そこまでご存知ならば今更隠す事もないでしょう。実は私達としても縁談には反対しておりまして。それで娘を隣国へと送り出したのですが、この娘と来たら手紙の一つも返さんで。あげく金ばかり送ってくるもんですから。この娘が気に病んでいる事こそ私達にとっての悩みのタネでもあったのです。でまあ、ユーフェミアの誤解を利用してしまったわけです。いやぁ! お恥ずかしい! 我が家の事情に巻き込んで申し訳ない!」
ちょっとテンション高い。無理な感じに。この方は間違いなくロロのお父上だな。ふふ。
でも取り敢えず諸々の答えが出たな。そうかロロはそれで金銭に拘っていたのか。罪滅ぼしのつもりだったのだな。
「お困りではありませんか? 我々は根本的な問題解決を目指しています。シャーロット嬢が安心して我が家で暮らせるようにしたいと願っています」
「いえ! 何も問題なんぞ無く平和なもんです! ですからどうぞ娘をお連れください! 貴方がたが娘の家族となってくれたと言うなら安心です! 娘ならば王子の一人や二人容易く射止めるだろうとは思っていましたが、まさか女王陛下のお側に置いて頂けるとは! 流石は我が娘です! 鼻が高い!」
なんか無理してるなぁ……。わかりやすい。
「お父様。婚約の破棄を正式に申し入れさせて頂きたく思います」
「そうかそうか! うむ! こちらは気にせず幸せに暮らすのだぞ! 今度からは仕送りではなく手紙を送っておくれ! その方が父も母も嬉しいものなのだ!」
強引だなぁ……。
「先方には私が直接お伝え致します」
「いかん! それはならんぞ! お前は余計な事なんぞ気にせず帰るのだ!」
もうあからさまに何か隠しちゃってるよね……。
「待て、ロロ。先ずは話を聞こう。状況の確認からだ。そういう話になっていただろう」
「……はい。エリク様」
その呼び方やだなぁ。ご両親の前だから仕方なくはあるんだけども。でもなんだかロロに距離を取られてるみたい。そんな事無いって勿論わかってる。場にそぐわないものを求めている事も。けどダメだ。このままじゃ。やっぱり家族とは笑い会えないと。とは言えまだその時じゃない。もう少しだけ我慢だ。先に空気の入れ替えが必要だ。
「失礼。親子の会話に口を挟んでしまいました。ついでと言ってはなんですがこのまま少し話をさせて頂けないでしょうか」
「ああ。うむ。勿論ですとも。どうぞお話を」
若干嫌そうなのが隠しきれていない。やっぱり余計な事を知る前に帰ってほしいっぽい。呼び戻そうとしていたというのは嘘だったのか? 単にこちらに話を合わせただけか? わからんな。娘を心配していたのは間違いないようなのだが。もしやお父上の考えではないのか?
「差し出がましい事であるとは存じています。ですがどうかお答え頂きたい。ロロに求婚されているのはどのような方なのでしょう」
「それは……」
その言い淀みと表情が全てを物語っているな。やはり良い相手ではないのだろう。そしてその者のせいで、よく知りもしない私達に大切な娘を託してしまおうなんて思える程切羽詰まっているのは間違いあるまい。
「知っての通りロロは長い間この地を離れておりました。彼女は知りたがっています。故にこうして戻ったのです。ロロが手紙を送らなかったのは、現況を家族にすら伝えようとしなかったのはその方がご両親の為になると考えたからです。彼女なりに悩んだ結果なのでしょう。ロロは誠実です。頑固者とさえ言える程に。彼女はうっかり出すのを忘れていたなどと申していましたが、そんな筈は無いのです。私は知っています。ロロは薄情者なんかではありません。窮地に瀕した家族を放っておける筈など無いのです」
「うむ……」
「エリクさんはこの城をどう思われますか?」
押し黙ってしまったお父上に代わってお母上が問いかけてきた。
「静かで落ち着いた場所であると感じました」
「ふふ♪ 気遣わせてしまいましたね」
「いえ」
「この城には現在五人しか住んでおりません」
五人? ロロの両親と妹で三人だぞ? 侍従は二人しかおらんのか? それでどうやってこの城の維持を?
「見える所にしか手が回っていないのが現状です。数年前までは問題も無かったのですが」
つまりそれが例の婚約者とやらが手を回した結果なのか。そんなものを間近で見ていたならユーフェミアは……いや、見てはいないのか。あの子もまた連邦の学園で寮生活を送っていたという話だし。
「お前それは!」
「今更隠しても意味は無いわ。シャーロットはとっくに気付いているもの」
「だが……」
それでロロが強固な姿勢を見せたのか。さっきのは言葉通りに断るというわけではなく、暗に諸々含めて話をつけてくると言っていたのか。
「シャーロットの怒りは手に取るようにわかります。この城はお父様の愛した場所だから。シャーロットはとってもお爺ちゃんっ子だったんですよ♪ お父様の考古学趣味に影響されて大昔の言葉ばかり堪能になってしまう程に。私が何度やめるように言っても全然で。ふふ♪ 今でもまだそんな格好してるのね。こんな変わり者の娘と仲良くなってくれてありがとうございます。今後もどうかよろしくお願いしますね」
「はい。ロロは私達が幸せにしてみせます」
「あらあら♪ ふふ♪ まるで結婚の挨拶ね♪」
あれ? 言ってなかったっけ? ああそっか。家族になったと言っただけだったか。それで私達は見るからに少女二人だものな。単に家族同然の共同生活を送る親友同士みたいに思われていたのかも。ロロの指輪は右手につけられているし。パティと私は左にも付けてるから全く察していないわけでもないのかも? ロロはその一歩手前として認識されたかな? 逆にこれは私達に話せと言ってるのかも。
「その為にも先ずは問題を解決しなければなりません」
「あらあら♪」
良かった。感触は悪くなさそう。あとお父上は気付いてなさそう。
「それじゃあお話しないとよね。あなた達にとっても他人事じゃないものね」
距離が縮まったようだ。お母上は私達を認めてくれたようだ。それにロロが決して引かない事も理解してくれている。もしかしたらお父上とお母上ではユーフェミアに託したものも違うのかも。だとしたらこのお母上も中々に強かだな。ロロとエフィの母上なのだからそれも当然か。
「はっきり言っちゃいましょう。敵は偏執的なロリコンよ」
ぶっちゃけ過ぎだ。でもわかりやすい。
「あ、この話はエフィちゃんにも知らせてないの。勘違いしないであげてね。あの娘はちゃんと優しい娘だから。それに本当はとってもお姉ちゃん娘なの。大好きなお姉ちゃんに裏切られたなんて思っているせいで今は少しばかり意地悪になっているかもだけど、全てを知っていたら自分が身代わりになるなんて言い出しかねないから。ロロちゃんもごめんね。悪役にしてしまって」
「全部わかっています。お母様。それに元より私が頼んだ事です。約束を守ってくださってありがとうございます」
エフィもこの二人に振り回されておったのだな。身代わりになると言うかは疑問だけど。そこはルシアとの出会いもあったからな。……と言うか五年も前の時点で現在の状況は想定されておったのか。
「ありがとう。ロロちゃん。それでね。婚約者なんてのもあいつが勝手に吹聴しているだけよ。私達は一度たりとも認めた事は無いわ。けどもう既成事実みたいなものよね。向こうは権力も財力も人望も何もかも上だから。そんな話をエフィちゃんも学園で聞かされてしまったのでしょうね。困ったものよね。本当に」
連邦の学園はこことも随分と離れているそうだしな。ユーフェミアも親元を離れている数年間で色々と聞かされていたのだろう。もう一度あの子の認識も確かめないといかんな。あの子はあの子で誤解しているようだ。数年ぶりに帰った実家がこの変わりようでは無理もない。お母上が黙っていたというのもあるが、それによって誤解が加速してしまった部分もあるのだろう。これはだいぶこんがらがっているようだ。
「ごめんなさい。私達もそう詳しいわけではないの。正直言って手も足も出ないから」
「そんな事はない! 気にする必要なんて無い! 娘達が無事であるなら何の問題なんぞありはしないのだ!」
ここまで黙って聴いていたお父上が思わずといった様子で立ち上がりながら声を荒げた。
「ひっ!?」
背後から小さな悲鳴が聞こえてきた。今のお父上の大声に誰かが驚いたようだ。
「あらキャロちゃん♪ 起きちゃったのね♪」
すぐさまお母上が近付いて抱き上げた。とても小さい。歳は二つか三つくらいだろうか。
「ほらキャロちゃん♪ ロロお姉ちゃんよ♪」
お母上が抱っこしたまま近付いてきて、そのままロロに差し出してきた。ロロはおっかなびっくりキャロちゃんを受け取った。
「エット……キャロ?」
「……!」
キャロちゃんは混乱した様子のまま勢いよくロロに抱きついて顔を隠した。




