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05-03.新たな関係性

「遅くなってごめんなさい! ようこそナダル先生!」


 小一時間程ダリア殿の質問に答えていると、遅れていたパティがようやく姿をあらわした。



「本日より改めて宜しくお願い致します。パトリシアさん」


「こちらこそ♪ それからここではパティでいいわ♪ 私もダリアさんって呼ばせてもらうから♪」


「はい。パティさん」


 ダリア殿は本当に覚悟が決まっているようだ。パティの提案をあっさり受け入れたのはそういう意図なのだろう。まあ、あれだけ聞き出しておいて今更やっぱ無しとか認められんけども。結局開き直って根掘り葉掘り聞いてきたし。この人も大概思い切りが良いのだな。


 そして同じようにパティも切り替えが早い。今ここではパティが上司とは言え、数日前まで自分の担任だった先生相手に普通にタメ口で話せるのは流石というかなんと言うか。


 元々姫様だからな。学園を出てしまえばパティの方が立場は遥かに上なのだ。ダリア殿が高位貴族の生まれだとしても家督を継いだってわけでもないのだし。ただそれで言うとパティも似たようなものだけど。とは言えパティの王女としての立場は健在だ。その辺も出来れば今年中に整理しておきたいものだ。私達とパティの婚姻にも関わってくるだろうし。



「ダリア殿は全てを受け入れてくれるそうだ」


「え? もうそこまで進んでるの? エリクったら手が早いわね♪」


 よく言うわ。



「なら早速眷属にしちゃいましょう♪」


「せんぞ。数日は様子見だ」


「え~! ダリアさんの何が不満なのよ!」


「先ずはそういう所だな。互いに呼び捨てる程親密になってからだ」


「うぐっ……正論だわ……」


 ふっふっふ。パティを真っ当に言い負かしたのって初めてではなかろうか。ちょっと気持ちいい。



「いえ、やっぱりよく考えたら順序が逆じゃないかしら? ダリアさんが家族に加わってからじゃないと超えられないラインってあるもの」


 小賢しいやつめ。その通りだけど。



「どうぞダリアと呼び捨てて頂いて構いません」


「ならダリア、さんも、ごめんなさい。やっぱり難しいわ。敬愛する恩師だもの。いきなりそこまでは開き直れないわ」


 珍しい。でもわかる。なんとなく。その気持は。パティも案外と性根は小市民な所もあるからな。姫っぽい所もちゃんとあるのに。



「ダリアさんの方は気兼ねしないでね♪ 私の事はパティでいいし、改まった口調も必要ないわ♪ 先ずはお友達からお願いね♪」


「それもまた難しいものですね」


 そりゃそうだ。ダリア殿からしたらパティは姫で業務提携先の社長さんだもの。加えて数日前まで担当していた生徒でもあるんだから。いきなり友達になりましょうなんて言われたって困っちゃうよね。



「まあ焦らず追々ね♪ エリクが言いたいのってそういう事でしょう?」


「うむ。安心しろ。私とて秘密を明かした以上はダリア殿を逃がすわけにもいかぬのだ」


 そう言えば先日のルベドの件ではベルトランの前で色々秘密を喋ってしまった気もするような……。何もかも今更すぎるな。気が付かなかった事にしておこう。うむ。



「ちなみに他に条件は無いのよね?」


「それも追々だな」


「まさかディアナの卒業を待つべきとか言わないわよね?」


「……そうだな。確かにその問題もあったか。通常家族は担任になる事など無いのだろう?」


 担任になった後で家族になる場合はどうなのだろう? ややこしいな。



「やっぱり誤解していたわね♪ ディアナの学級担任はまた別の先生よ。今年のダリアさんは魔術の教科担任だけなの。クラスの受け持ちは無いわ♪」


 知っとるわ。アカネを通して見てたもん。それに今年のダリア殿は出向研究員としても働かねばならんのだ。担当クラスを持つ余裕などあるまい。さてはこやつ浮かれておるな?



「教科担任であっても問題はあるだろ」


「大丈夫よ。明文化された決まりでもないもの。極力避けましょうねってだけよ」


 そういう感じって前世の世界ともあまり変わらんのだな。



「心配しなくても大丈夫よ♪ 学園長もグルなんだもの♪」


 身も蓋もない。確かにどうとでもなるだろうけどさ。



「話を戻そう。ダリア殿から他に質問はあるかね?」


「先程お話頂いた『呪い』に関してなのですが」


「それなら研究室に移りましょう♪ レティが纏めてくれたレポートがあるわ♪」


「っ!」


 今明らかにダリア殿の目つきが変わったな。何故か平常心を保とうとしてるけど。別に良いんだよ? 欲望を解放してはっちゃけてみても。ここは学園じゃないんだし。




----------------------




「あら? ナダル先生ったらまだいらしたのね。学園の方はよろしいのかしら?」


 ディアナが研究室にやってきた。どうやら夕食の時間になって呼びに来たらしい。早く登校初日の出来事を語りたかったのだろう。ごめん、ディアナ。まだ残業中なの。



「ダリア殿」


「……」


 ダメだ。反応がない。実はだいぶ前からこの調子なのだ。私達が纏めた研究資料に夢中になっているのだ。仕方ない。学園の方には私達から連絡を入れておこう。



「悪いが私達は後で頂くとしよう」


「そう。わかったわ。けれど程々の所で止めてあげてね。初日から飛ばしすぎもよくないわ」


「うむ。それとトリアに頼んで学園に連絡を頼む」


「ええ。任せて」


 私とパティとダリア殿を残して、僅かに残っていた他の者達もディアナに続いて引き上げていった。


 まさか初日からがっつり残業をする事になるとはな。大丈夫かな? 今度は学園長からお叱り受けたりしない? 調子に乗って働かせすぎると問題になったりするのかな? この国にも労基とかあるんだろうか。無いかな。流石に。でも働き過ぎはダメだよ。私はそれで転生しちゃったんだし。



 結局ダリア殿が顔を上げたのは全ての資料を読み終えた後の事だった。既に夜も更けている。もう少しで日付が変わろうかという時間だ。



「申し訳ございません!!」


「いや構わんとも。しかし今日はもう遅い。泊まっていくがいい」


「あぅ……お世話になります……」


 めっちゃ恐縮してらっしゃる。



「それから済まないが少し魔力を流させてもらうぞ。私の魔力には疲労回復の効果もある。あまり無理をさせて倒れられても困るからな。それにお主が今日得た情報は多すぎる。今度こそ無条件で解放するのは難しい。首輪代わりと思って受け入れておくれ」


「ならばいっそ魂への干渉を!」


「やらんと言っておろう。魔力抵抗の実演だけで我慢しろ」


 問答無用でダリアの腕をとって魔力を流し込んだ。



「ああ……これが……」


「……うむ。まあこんな所だろう。どうだ? 私に対する感情に何か変化はあったかね?」


「……はい。ええ。間違いなく。しかしこれはいったい。私の変化は魔力そのものの性質によるものなのでしょうか。それとも魔力によって心が改ざんされた結果でしょうか? クシャナさんの魔力はマナポーションに近しい純粋さを持つそうですが……。相手への意図的な干渉を魔力に乗せてしまった場合であってもそれは純粋な魔力と呼べるのでしょうか。他者の利用を禁じた際の性質とは別なのでしょうか? 資料を見る限りクシャナさんは無意識に魅了の性質を乗せているとの事でしたが。魔力の質が変化する条件に術者の意思以外の条件があるのですか? それとも潜在意識による、ある種意図的な制御が困難な状態にあるのでしょうか?」


 これは独り言なのだろうか。問いかけられているのだろうか。早口過ぎてちょっとわからない。そもそもこっち見てないし。取り敢えず私の正体に関する情報はどの資料にも乗せていないからそこで混乱が生じているっぽい。混乱と言うか私達ですら紐解けていない領域を切り分けようとしているっぽい。



「私の魔力については一旦忘れておくれ。この研究所の当面の目標は人間が魔導を扱う方法を模索する事だ。私の在り方は人のそれではない。女神由来の特別な存在だ。まったく参考にならんとまでは言わぬが出来れば切り分けて考えたい」


「必要な事では? 現状呪いを解くにはクシャナさんの魔力以外に当てが無いのですよね?」


「人が人の力で呪縛を解かねば意味がない。私が全ての人間に魔力を流すわけにもいかんからな。それは例え私の魔力から魅了の効果が消えた場合であっても変わらん。そういう意味で私は特別なのだ。私は力だ。力そのものだ。降って湧いた過剰な力に頼るのではダメだ。糧にするならいいが神頼みはいかん。王家が数多の神器を抱えながらもそれを積極的に利用せず秘蔵しているのと同じだ。過ぎた力は身を滅ぼす。人がその身から引き出した力で呪縛を解いてほしいのだ」


「……クシャナさんは何者なのですか?」


「神器だ。それ以上は明かせん。家族にすら明かしておらんのだ。知る者は極一握りだ。理解しておくれ」


「……当ててみても良いですか?」


「ダメだ。まだな。今は胸に秘めておいておくれ」


「わかりました」


「良い子だ。さて。食事にしようか」


「はい」


 丁度そのタイミングでパティとスノウがやってきた。どうやら待ちきれずにこの部屋まで食事を運んできてくれたようだ。この人数ならわざわざ食堂を使うまでもないものな。



「……ラビ?」


 え?



「ラビがどうしてここに? あなた今まで何処にいたの?」


 ラビ? フラビアの事か? え? 知り合いだったの? と言うか友達? 随分と気安い様子だ。教師と生徒という関係にも見えない。



「……ごめん。わからない」


「ダリアさん。フラビアは記憶喪失なの」


 パティも流石に驚いた様子だ。今回ばかりはパティも知らなかったらしい。



「記憶喪失……。それはクシャナさんの力でも?」


 飲み込みが早いな。そしてこの状況で真っ先にそれを聞いてくるとはな。



「うむ。治す事は叶わんかった」


 シュテルなら或いはと思うけど……。そもそもスノウ本人が望んでおらんのだよなぁ。リリィ達との生活で気が変わるかとも思ったのだが、どうやらそうでも無いようだ。むしろリリィ達との仲が深まった事でかえって怖くなってしまっているようにも見える。私達も無理に引き出す事はしなかったのだが……。



「そうですか……。ラビ。私よ。ダリアよ。何か思い出せない?」


「……ごめん」


「いいわ。あなたとこうしてまた会えたんですもの。今日からまたよろしくね。ラビ」


「……うん。よろしく」


 スノウはダリアの手を取って両手で握りしめた。


 ダリアも取り繕うのが上手いな。しかしそれでも僅かに動揺が隠しきれていない。少しだけ手が震えている。スノウはそれを見逃さなかった。

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