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05-02.出勤初日

「ようこそ。ナダル教諭」


「お世話になります」


「そこはお互い様だとも。むしろ本当に良かったのかね? 未婚の女性がこの場を訪れるのは中々勇気のいる行為だったと思うのだが」


「あの噂は真実なのですか?」


 やはり知っておるよな。妖精王が数多の少女達を抱え込んで侍らせておると、巷でもっぱらの噂だものな。



「否定はせん。私は身近に置いた者達を家族として扱う事にしている。それが必ずしも噂のような関係に繋がっているとまでは言わぬが、人の、特に貴族社会においてはそのような半端な認識が通用せん事も理解している。故にこそ私は側に置いた者達の事は一生をかけて守り抜くと決めている。それが事実上の婚姻関係に繋がるのだと理解した上でな」


「それで指輪をお贈りに?」


 ありゃ? もしかしてマーちゃんとリリィも学園にまで付けてっちゃったの? それともディアナの分? いや、パティもつけていた事は知っている筈だ。ならやはりこれはマーちゃん達の分か。そもそもディアナとパティの関係も知らんだろうけど。パティも流石にそこまでは話してないよね?



「指輪を身に着けた者達については噂通りだ」


「……」


 やっぱりマズかったかしら。若干気配が剣呑だ。普通に頷いておけば済んだ場面だったのかもしれない。けれど事実は事実だ。そこを否定しちゃうのは何か違うと思うのだ。今度こそはと覚悟を決めたのだから。



「それからもう一つ伝えておかねばならん事がある」


「……なんでしょう」


 警戒気味だ。無理もない。本来ならば教員の立場としても物申したい所だろうし。



「私は女だ。妖精王は男ではない」


「……え?」


「なんだ。パティは伝えておらんかったのか」


「え、ええ。むしろパトリシアさ、王女殿下は、妖精王陛下が男性であるかのように振る舞っておられました」


 なんだと?



「まさかパティは意図的に噂を広めたのか?」


「ええ。おそらく」


 まったく。そういう事は先に伝えておいてほしいものだ。



「王女殿下ご本人はいらっしゃらないのですか?」


「うむ。今は外回りだ。予定より少し遅れているようだが。まあ話しが盛り上がっているのだろう。すまんな。パティも楽しみにしておったのだが。この時間までには戻ると言っていたのだがな。それから畏まる必要は無いぞ。パティもナダル教諭からそのような呼ばれ方をされるのは望むまい」


「光栄です。こちらもどうぞ、ダリアとお呼びください」


 ナダル家は高位貴族だものな。そちらを呼び捨てるのは問題があるのだろう。



「うむ。私の事も好きに呼んでもらって構わない。それからクシャナは私の偽名だ。この身体は人のものではない。私自身の物だ。だからどちらで呼んでもらってもかまわない。エリクでもクシャナでも」


「……何故そのような事まで?」


 警戒してらっしゃる。おかしいな。出勤初日の出向職員さんに自己紹介してるだけなのに。今のところ婚姻関係と性別と名前を伝えただけなのに。まあ本来なら伝える必要も無い秘密をこうもべらべらと喋れば警戒するのも当然だ。



「勿論ダリア殿に興味があるからだ」


「なっ!?」


「ダリア殿とてパティの意図は察していよう?」


「意図? 魔導に関する事ではなく?」


 ああ。これは考えもしてなかったっぽいな。学園長もわざわざ明言はしないだろうし。にしてもダリア殿は真面目だなぁ。それに貴族的な腹の探り合いはあまり縁が無いのかも。



「ふむ。伝えておかぬのはフェアではないな。よかろう。私の独断で全てを語らせてもらおう。私は騙し討ちを好かんのでな。それにダリア殿自身にも気を付けてほしい事がある」


「何をでしょう?」


「先ず我々の目的はダリア殿を引き抜く事だ。これは学園長殿とも話しがついている。暗黙の了解としてではあるがな」


「なっ!?」


「おかしいとは思わなかったかね? パティは最初から魔導の研究成果を手放すつもりなんて無いのだ。だが今の状況で私達が研究成果を発表しても国が荒れるだけだろう」


 これ以上騒がせては本当に追い出されかねん。私達が表立って何かするのは無しだ。パティの外回りだってぶっちゃけギリギリアウトな感じだし。本当ならパティにも屋敷の中で大人しくしていてもらうのが理想だろう。しかしパティは足を止めるつもりがないのだ。一刻も早く国中に魔導を広めたいのだ。その為の準備は今からでも始めておく必要がある。



「故に学園の力を借りる事にした。ダリア殿を介して発表していく事で魔導を広める道筋を作る事にした。餅は餅屋だ。専門家に任せる事にしよう。そうして一先ずは一年間の約束で全ての研究成果を学園側に委託すると決めたのだ」


 学問と言えば学園だ。それに学園内ではシルビアによる魔導の披露会が度々行われていた。魔導に関して他の先を行く成果が出せてもなんらおかしくはあるまい。今思えばあれもパティによる下準備だったのだろう。単に学園長の興味を強めて後の交渉に活かすだけが目的ではなかったのだ。



「しかしこれも些か妙な話しだ。何も焦って今すぐ発表せずとも単に機会を待てば済むのだからな。我々は食うに困る生活を送っているわけでもない。先日のギルドとの一件は聞いていよう。そうでなくとも我々は大貴族の庇護下にある。運転資金は潤沢だ。慌ててパトロンを探す必要は無い」


 そもそも自分達で稼げるし。だから一年でも数年でも研究に専念したってよかったのだ。いくらパティだってその程度の我慢は出来る筈だ。けれどパティは動き出す事を選んだ。



「ダリア殿はこれを来年以降も更新してもらえるよう、良き関係を築けたらとでも考えておられたのだろう。しかしパティの目論見は違う。その前にダリア殿を引き抜く事で学園との関係を今とは違った形に持っていきたいのだ。ダリア殿が何を発表しようが、それは全て我々の成果となる。そんな関係性に持っていくつもりだったのだ」


「……何故それを私に告げたのですか?」


「言ったろう。私は騙し討ちを好かん。ダリア殿との仲が深まった後になって、実は真の目的が別にあったなどと言われればダリア殿も傷つくであろう」


「しかし告げてしまえば」


「そこでもう一つ言っておくべき事がある」


「……なんでしょう?」


「私の魔力は人の精神に影響を及ぼす。私の魔力を流された者は本人の意思と関係なく私に好意を抱く」


「なっ!? なんですって!?」


「怒りを抱くのは当然だ。しかしもう少しだけ話を聞いておくれ。私がこうして伝えている意味を考えてみておくれ」


「……警告ですか」


「そうだ。今ならまだ間に合う。引き返すならば今の内だ。と、本来なら言いたい所だが。すまん。ダリア殿に関してはそうもいかんのだ。故にこれは逆の話だ。私はダリア殿に対して卑劣な手段を使う。……かもしれない。万が一の時にはな。しかし私はそれを望まない。ダリア殿とは真っ当な手段で仲良くなりたい。故に明かしたのだ。自己満足の為に」


「意味がわかりません。それはパトリシアさんの意思とは反するのでしょう?」


「うむ。そうだな。パティはダリア殿を敬愛している。多少強引な手段を以ってしても家族に加えたいと思う程にな」


「それは……何と言ったらいいか……」


 普通に戸惑っていらっしゃる。この状況でそんな反応が返せるのはある意味肝が座ってるとも言えるのだろうか。



「当然この役割は誰でもよかったわけではない。ダリア殿がおらねばパティは違った道を選んだ筈だ。それは私とて同じだ。これまでダリア殿とは僅かな時しか顔を合わせておらぬが、それでも貴殿の誠実さについては好ましく思っている。言っておくが私とてパティの我儘を何でも聞くわけではないのだぞ? 相手がダリア殿であったから賛同したのだ。そこは誤解しないで頂けるとありがたい」


「……これは口説かれているのでしょうか?」


「うむ。つまりはそういう事だ」


「……選択肢は無いのですよね?」


「うむ。悪いが嫌われた場合は魔力を流し込む。秘密を話しすぎてしまったのでな。野放しには出来んのだ」


「それこそ騙し討ちと言うのでは?」


「……それもそうだな。すまん。聞かなかった事にしておくれ」


「……ふふ。なんですかそれ」


 良い感触? 警戒心が弱まった?



「とにかく私はダリア殿に誠意を尽くしたい。貴殿との良好な関係を築きたい。それからパティが色々と策を弄してくるとは思うが、どうか大目に見てやってほしい」


「本当にただの自己満足なのですね」


「うむ。気を付けておくれ。この家の一部の者達は私の認識の及ばぬ所で私の魔力を扱う術をも持っている。ダリア殿が望まぬ変化を強制されるやもしれん。この家の中では極力私の側を離れんように頼む」


「やはり警告なのですか?」


「そういう意味ではな」


「……クシャナさんはパトリシアさんを信頼されていらっしゃらないのですか?」


「まさか。全幅の信頼を置いているとも。パティは私がこうしてダリア殿に全てを明かす事すら計算尽くだろうさ。そして私はそれを理解した上でパティの策に乗っているのだ」


「増々わからなくなってきました」


「自らの目で見極めておくれ。ゆっくりで構わん。焦って何かを強要するつもりはない。ダリア殿自身の意思で私達に強い興味を持って頂けるとありがたい」


「しかし結果は既に決まっているのでしょう? 今のお話はそういう事なのでは?」


「そうだとも。だが大切なのは過程の方だ」


「それもまた自己満足の域を出ませんね。恐怖を植え付けるだけとは考えなかったのですか?」


「ダリア殿ならば心配は要らん。私はそう判断した」


「……なるほど。あのパトリシアさんが変わる筈ですね」


 パティが? ダリア殿もパティの事をちゃんと理解していてくれたのかな? やっぱり流石だな。この先生は。



「これで私からの話は以上だ。他に聞きたい事が無ければ研究室に案内しよう」


「でしたら是非お答えくださいませ」


「うむ。何でも聞いておくれ」


「クシャナさんは何者なのですか?」


「答えるのは構わんが、それを知れば本当に逃がすわけにはいかなくなるぞ?」


「必要とあらば今すぐに魔力を流して頂いて結構です。私とて貴族の娘です。当主であるお母様までもが絡んでいると言うのであれば元より逃げ出すつもりもありません」


「事実確認がまだであろう」


「パトリシアさんがそのような嘘をつく筈がありません」


 凄い信頼だな。流石パティ。



「そして私はお母様の真意がわからぬ娘でもありません。私は成すべき事を成しましょう」


「それが私の秘密を暴く事であると?」


「はい。我々は学問の探求者です。お母様が私に教職員としての道を辞して探求に専念せよと仰せなのであれば従うまでです」


 大丈夫か? 自棄になったりはしていないのか? そんな雰囲気には見えないけれど……。



「まだそこまでは言っておらんだろう。時間はある。ゆっくりと見極めるべきだ」


「これは私の自己満足です。私は知りたいのです。元よりナダル家とはそのような家系なのです」


 つまり学園長の真意は正直どうでもいいと? 単にダリア殿自身の知的好奇心を満たす為に踏み込むと言うのか?


 私に興味を持ってもらえたのは嬉しいが、少しばかり戸惑ってしまうな。ダリア殿はもっと生徒達に強い愛情のようなものを抱いているものとばかり。そんな風にあっさりと全てを投げ出すみたいな事を言い出すとは思わなかった。いや、貴族的にそういう感覚が当たり前って言われてしまうとそうなのかなと思わなくも無いけれど……。



「ダメだ。質問には答えてやるが魔力は流さん」


「そうですか。少し安心しました。そちらへの興味もありますがやはり怖いものは怖いですから」


 なんか普通だな。こういう所は。さっきも怒ったり恐怖を口にしたりしていたし。もしかして今のって試されてた? 私がこれ幸いと魔力を流して来るか見極めようと?


 わからんな。言葉通り受け入れる事にしただけかもだし。


 とにかく質問に答えるとしよう。どうやらまだまだ気になっている事もあるみたいだし。それに私もダリア殿の事をもっと知りたくなってきた。それには話をするのが一番だ。特に互いの秘密を明かし合うとなればより一層関係も進展するだろう。後で私からも質問してみるとしよう。

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