05-01.新生活
「ルベド?」
「……なんですか?」
それはこっちのセリフだ。コソコソと何をしているんだ。入口で覗いていないで入ってくればいいものを。
「食べるか?」
「……頂きます」
ルベドは菓子が好きらしい。私が菓子を作った時だけ近付いてきてくれるようになった。着実に餌付けが進んでいる。胃袋から掴めとはよく言ったものだな。
「味の感想を貰えるか? 希望があれば聞かせてほしい」
「……美味です。……癪ですが」
素直だな。この捻くれ姉さんは。
「……生菓子が食べたいです」
生クリームを使ったケーキとか? 今ある材料では難しいな。ならば買い出しに行くとするか。
「付き合っておくれ」
手早くキッチンを片付けてから屋敷を後にする。ルベドもしっかりとついてきた。少し距離はあるものの、間違いなく後ろを歩いている。折角だから寄り道していくとしよう。
ルベドは相変わらず話をしたがらないが、少ない言葉でも大抵は意図を察してくれる。そしてそれがよっぽど気に食わない事で無い限りは話を聞き届けてくれるのだ。たぶんフラン姉さんの言いつけがあるからだろう。
そもそも機嫌が良くないと最初の一言を交わすのも難しいが、そのキッカケを作る程度であればなんとなく方法も見えてきた。お菓子作りもその一環だ。ダメ元で試してみたけれどこれが最も効果があった。
「……ここは?」
「ここは美味い菓子を出す店だ。幾つか試してみよう。ルベドが好む方向性を知りたい」
こういう時ルベドに了解を求めてはいけない。天邪鬼だからな。
ルベドの返事は待たずに店へと入り、ルベドの希望も聞かずに幾つかのケーキを注文した。
「……美味しいです」
「これもか。うむ。良い食べっぷりだ。おかわりも注文しておこう」
結局店にある全ての種類を食べ尽くすまでルベドは食べ続けていた。ユーシャは大量のケーキで気分を悪くしていたが、ルベドは特にそういう事も無いようだ。より女神に近い上位の肉体を持っているという事なのだろうか。
「ごちそうさまでした」
「うむ。では材料を買って帰るとしよう」
「……」
「いや、やっぱり今日はこの店のケーキを土産に買っていくとするかな。もう時間も遅いしな」
「♪」
わかりやすい。意外と。
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「ルベドお姉ちゃん」
「……なんですか?」
「シュテル見てない?」
「……いえ。見てません」
「そっか。ありがとう」
「……いえ」
ユーシャはルベドの言葉を信じてその場を離れていった。
「行きましたよ」
「あ~がと~!」
「いったい何をやらかしたのですか?」
「えへへ~♪」
「あまり姉を困らせてはいけませんよ」
「あいっ!」
シュテルが一番ルベドの言葉を引き出している。少し意外な結果だ。いや、そうでもないか? だが私としてはユーシャやネル姉さんの方が早く仲良くなれるかとも思っていた。
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「ルベド姉さん!」
「……なんですか」
ネル姉さんに対しては若干煩わしげだ。たぶんネル姉さんのテンションが鬱陶しいのだろう。ネル姉さんは事ある毎にルベドへ言葉をかけているからな。まるで北風だ。強く吹きつけている限りルベドが胸襟を開く事は無いだろう。
「今日こそ二タス姉さんの話を聞かせてください!」
「……」
あかん。キレそう。
「ネルお姉ちゃん。今日は私と約束してるでしょ」
「おねーちゃ!」
「わっ!? シュテル!? いきなり飛びついたらびっくりするじゃないですか♪」
シュテルすらマズイと気付いたのに……。ネル姉さんって本当に知恵担当なの? なにか特定分野だけポンコツ気味というか、そもそもあの女神様を参考にしたならさもありなんと言うか。
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「明日から新学期ね」
「慌ただしい休暇だったな」
デネリス家の次はソシアス家に挨拶に伺ったり、研究所の立ち上げに奔走したり、ルベドとの距離を詰めようと奮闘したり。ロロやミカゲ、ソラやファム、マーちゃんやリリィ、それからイネスにまで度々物陰に連れ込まれたり。皆に内緒でディアナと泊りがけデートを敢行したり。ほんと慌ただしかったなぁ。
「何遠い目してるのよ。研究所もいよいよ正式稼働よ。しっかり頼むわね」
「うむ。パティもな」
「任せなさい♪」
とは言え最初は特別忙しい事もあるまい。当面の運転資金も潤沢だし。何より派手に動くわけにはいかんからな。相変わらずお嬢様クラブと揶揄されかねんが、今暫くは雌伏の時だ。研究成果を発表していけばまた騒ぎに巻き込まれる可能性は高いからな。それまで少しでも周囲の信頼を勝ち取っておかねばなるまい。それには大人しくしているのが一番だ。
だがまあ、それも何時まで続くかはわからんけどな。私達の研究が世に出れば、陛下の禁を破ってでも積極的に近付いてくる者達が現れるだろう。それに第三王子の件やギルドとの件も未だ完全に決着したとは言い難い。フラン姉さん達の事も探さねばならん。何にせよ、先ずは一年無事に乗り切れる事を祈るとしよう。




