04-72.後始末
「そうだ。ここから出る前に幾つか話をしておこう」
「必要ありません。私は既にあなたの全てを知りました」
「そうか。私の記憶も見てくれたのだったな」
だからか? 心做しか最初より嫌悪感みたいなのが強まっているのに、同情故の優しさが含まれなくなった気がする。
もっと言うと嫌悪感の質も若干変わっているのかも。ルベドは私を悍ましく可愛そうな被害者から、単純に気に食わない相手として認識し直したようだ。これもある意味では距離が縮まった証なのかもしれない。女神様経由ではなく、私個人を見てくれるようになったという事でもあるのだろうし。
「知ってどう思った?」
「見ての通りです。私は貴方が嫌いです」
「ならばその理由を教えておくれ。改善出来るのであれば努力する。先にも言った通り私はルベドに好かれたいのだ」
「……そういう所です」
なんでさ。馴れ馴れしくしすぎた? もっとゆっくり距離を詰めるべきだったという事だろうか。まあ言われてみればそれも当然か。私の事が嫌いだと宣言している相手にしつこく言い寄れば嫌悪感が増すだけなのは道理だな。今後は焦らずゆっくりと近付くとしよう。
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「というわけだ」
「「「「「……」」」」」
あれ? なんで皆怒ってるの? いや、一人だけ楽しげだけど。
「何時も何時も無茶しすぎよ。バカエリク」
うん。パティが怒るのはわかってた。
「どうして私も呼んでくれなかったんですか!」
ネル姉さんはそっちか。仕方ないじゃん。姉さんはルベドに遠ざけられちゃってたし。そう言えばルベドが生み出したニタス姉さん達はもう消えちゃったの? 周囲には見当たらない。惜しかったな。もう少し間近で姿を見ておきたかったのだが。そもそもあの終わり方でまだ現存しているのかな? ルベドに敗れてそのまま……なんてことは無い筈か。少なくとも女神様は確信しているようだったし。
「♪」
アニタはいいや。何も気にしてなさそう。でも後でこっそり相談するとしよう。エルメラや聖教国の件も何か知ってるみたいだし。その辺りの事はルベドが話してくれるのを待つだけでなく、私の方からも積極的に調べてみるとしよう。聖教国で姿を消したというキトリ姉さんの件とも何か関係があるかもしれないし。
「ちぇ~。これからって時によぉ。結局魔王さんが全部解決しちまいやがって」
タマラは遊びたりなかったようだ。今後は何時でも相手をしてもらうといい。ルベドは嫌がるだろうけど。
「大将は毎回こんな事やってんのかよ。妹達まで巻き込んだら承知しねえぞ」
国の方はもう諦めたの? 今更言うまでも無いだけか。ごめんて。本当にいい加減ベルトランへの礼もしなきゃだな。今回も助かったぞ。何時もありがとう。
「ルベド」
「嫌です。付き合う義理はありません」
「悪い。ネル姉さん」
結局身代わりを頼む事になってしまった。
「それっぽい箱だけでも生み出してもらえませんか? 私の力ではルベド姉さん程のものは創れないのです」
ネル姉さんの懇願にルベドは一瞬嫌そうな顔を浮かべるも、少しだけ悩んでから無言で箱を生み出し、そのまま自ら箱の中に引きこもってしまった。
「「「……」」」
これは結局付き合ってくれると言う事だよな? ルベドは気まぐれだなぁ。もしかしたらネル姉さんの事だけは妹と認めてくれたのかも。ユーシャはどうかな? ユーシャは少しフラン姉さんとも似ているようだから、気に入ってくれるのではなかろうか。
「帰りましょうか」
パティも一先ず怒りを収めてくれたようだ。でも後でディアナ達も含めてお説教だろうなぁ。しゃあない。受け入れよう。今回もまた勝手な事をしてしまったのだし。あれしか手は無かったと思うけど。
しかし結果的にフラン姉さんが手を貸してくれたから事無きを得ただけだな。ぶっちゃけルベドの試練を自力で突破していたとしても、ルベドが鉾を収めてくれていたのかは微妙な所だ。あのお姉ちゃんは色々拗らせているようだからな。それに私の事も嫌っている。難癖をつけてくるとまでは言わずとも、素直に納得していたかについては疑問が残る。
とにかく撤収だ。箱とベルトランを元あった場所に戻して、私達もデネリス公爵家本邸と王都邸に帰るとしよう。
「待て大将。その前に話しがある」
?
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諸々の用事を済ませた私達は、だいぶ予定を早めて王都へ帰還する事にした。国王から緊急の呼び出しを受けたのだ。ベルトランが突如姿を消してしまった件に関して少々厄介な問題になってしまった。
当然これは私達が無理やり召喚した事が原因だ。あの状況ではシルクも隠蔽を仕込む余裕が無かった。箱のすり替えについては気づかれていなかったのだが、ベルトランの消失についてはしっかりと観測されていたらしい。
そしてそれを察していたベルトランが警告してくれた為、私達は箱を戻す前に一つ策を講じる事にしたのだ。敢えてベルトランの事は帰さずに、そのまま行方不明になってもらう事にした。つまりは箱に囚われてしまった事にしたのだ。
ネル姉さん曰く、監視方法は目視や映像によるものではなく、ソナーに近い方法であるとの事だった。具体的にどのようにしてベルトランが消えたのかについては誰にも観測されていないらしい。当然反応が消えた後に目視で確認を行った者がいた筈だが、そこでわかるのはただ騎士団長が姿を消したという事実だけだ。箱も一応ネル姉さんの設置した偽物が残っていたので、詳しく調べられでもしない限りは気づかれないだろう。
再び嫌がるルベドを説得してからベルトランにも箱の中に入ってもらい、それから箱をすり替えて私達は何喰わぬ顔でそれぞれの居場所に帰還した。更に数時間後にはデネリス公爵家王都邸に国王からの緊急の呼び出しが届いた。
陛下は直ぐ様決断を下してくれた。あの箱の件は私達の問題だとして解決を依頼してきたのだ。ベルトランが持ち場を無断で離れる筈は無いので、妖精王が興味を示していた箱に何か問題があったのだろうと当たりをつけてくれた。私達の想定通りに。
レティを介して話を聞いた私達は直ぐにソラに乗って駆けつけた。それから箱を開封してベルトランとルベドを回収してみせた。鍵についてはピッキングツールの方ではなくルベドが新たに作ってくれた鍵を差し出した。
そんなやり取りを眼の前で見せたのだから、当然この箱に私達を封じる事は不可能だと陛下も気がついたのだろう。結局箱ごと持っていけと、厄介払いでもするように城から追い出されてしまった。
私達は一応陛下の呼び出しで遠方から直ぐ様駆けつけたという状況でもあると言うのに完全に疫病神扱いだ。解せぬ。
もしかしたら陛下は直感で悟ったのかもしれない。あの陛下は中々侮れない男だ。だとしたら絶対ベルトランの棒読み演技が原因だ。間違いない。
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「という事で新しい家族が増えた。ルベドだ。見ての通りユーシャとネル姉さんの姉君だ。少々シャイな部分もあるが、どうか大目に見てやってほしい」
「悪意のある紹介ですね」
なら自分から自己紹介くらいしてほしい。皆の前に連れてきても無言で突っ立ってるだけだったじゃん。
「おねーちゃ!!」
シュテルが真っ先に突っ込んだ。ルベドは躊躇無くシュテルの顔面を鷲掴みにして受け止め、それでも何故か喜ぶシュテルを掴んだまま観察を始めた。
「なんとこれまた……」
ルベドはシュテルの事も気に食わないようだ。私の記憶を見たのだからシュテルの誕生経緯も当然知っている。だからルベドが嫌う理由もなんとなく察する事は出来る。
「ルベドお姉ちゃん。シュテルに乱暴しないで」
ユーシャがルベドからシュテルを奪い返した。シュテル自身が喜んでいるから怒っているという程ではないが、ルベドのあんまりな対応に気分を害したのだろう。私も同感だ。
「……あなたが」
「私はユーシャ」
ルベドの呟きに答えるよう、ユーシャは真正面からルベドの目を見つめて名を名乗った。
「お姉ちゃんは?」
「?」
「お姉ちゃんの事教えて」
「……必要ありません」
「ダメ」
「……」
「お姉ちゃん」
「……私はルベドです。そう呼んでください」
「ルベドお姉ちゃん」
「姉は要りません」
「嫌」
「……」
ルベドが戸惑っている。とてもやりづらそうだ。
「おねーちゃ!」
ユーシャの腕から再び飛び出したシュテルがルベドの顔面に抱きついた。今度はルベドも乱暴に掴む事はしなかった。もしかしたらユーシャの視線から逃れられてホッとしているのかもしれない。心做しか緊張感が揺らいだ気がする。皆もそんな雰囲気に当てられたのか、くすくすと笑い出し始めた。
「……不愉快です」
ルベドはそれだけ言い残して姿を消してしまった。何故かシュテルごと。
「ネル姉さん。念の為見に行ってくれるか?」
「すみません。どこに行ってしまったのかはわかりません」
「大丈夫。お姉ちゃんはシュテルに危害を加えたりしない」
ユーシャはそう確信しているようだ。今のやり取りで何か読み取れたらしい。ルベド側はともかく、ユーシャとシュテルは新しい姉がすっかり気に入ったようだ。
「ルベドを頼む」
「うん。けどエリクも頑張って。必要だと思うから」
うむ。任せておけ。必ず振り向かせてみせるとも。




