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04-71.過ぎ去りし日々

「ここはおそらくグレイス聖教国でしょう。しかし教国を象徴する大聖堂が存在していません。町並みも私の知るものとは大きく異なっています。であるなら教国が建国される以前の光景なのでしょう。アニタ様から聞いた事があります。かつてはエルメラと呼ばれた豊かな国があったのだと。ここでは多くの人々が幸せに暮らしていたそうです」


 姿を消したルベドに代わってシルクが解説してくれた。シルクは今現在私達の眼の前に広がる光景に覚えがあるらしい。かつてマグナ姉さん達と共に旅をしていた際に訪れたのだろう。しかしそれも千年は前の話だ。エルメラと呼ばれた前身の国については詳しく知らないようなのだから、千年前にシルクが旅をしていた時点でこの地は既に聖教国へと置き変わっていたのだろう。


 なんとも壮大な話だ。けれどこの近くにあると言う竜王国はもっと長い歴史があるそうだ。百年以上生きたソラが赤子扱いなのだから相応に竜の寿命も長いのだ。


 今私たちが居るここはルベドの記憶の中に過ぎないが、もしかするとソラの父である竜王と会う事も可能なのかもしれない。そもそも何千年前の世界なのかもわからないけれど。



「おそらくそう遠く離れた時代というわけでも無い筈です」


「どれくらいだと思う?」


「聖教国の樹立がおよそ二千年程前になります。であればその間近という可能性も考えられるかと」


 ルベドが私達に見せたい光景は何かしら大きな事件とも関わっているのだろう。並大抵の事で信仰が揺らいだわけではない筈だ。エルメラが滅び、聖教国が生まれた経緯とは何か関係があるのかもしれない。シルクはそう考えたようだ。



「あら? 変わったお客様♪ ルーちゃんのお友達だね♪」


「「「!?」」」


 全然気が付かなかった。突然私達の背後から呼びかけてきたのは聞き覚えのある声だ。ユーシャの声とよく似ている。振り返ってみて更に驚いた。その姿は先程ルベドが生み出した少女の片割れそのままのものだった。



「まさか……フラン姉さんなのか」


 思わず独り言のように呟いてしまう。



「そうだよ~♪ 皆のお姉ちゃんフーちゃんなのです♪」


 ? なんだ? 何故このフラン姉さんは受け答えが出来るのだ? ここはルベドの記憶の中だろう? 実際周囲を行き交う他の者達は誰一人として私達には気付かんのだぞ? どころか触れる事すら出来んのだ。我々は映像を見ているようなものなのだろう。ならば考えられるとすればこのフラン姉さんはルベドが用意した案内役か何かなのかもしれん。



「ふっふっふ♪ 戸惑っているね♪ 妹達よ♪」


 妹は私だけだぞ? まさかレティの同族か?



「安心したまえ♪ フーちゃんは何でもお見通しだぜ♪」


 ちょー軽い。



「なるほど♪ なるほど~♪ ふふふ♪ ルーちゃんたらそんな……事に!? え!? どゆこと!?」


 こっちが聞きたい。



「ギンちゃん!」


 私か? 私だな。



「話はわかったよ! フーちゃん案内役頑張る!」


 勝手に話しが進んでいく……。



「ここはね~♪ もうすぐ滅んじゃうの! わっ!? そうじゃん! 早く行かなきゃ! こうしちゃいられない!!」


 私の手を取ったフーちゃんは慌てて駆け出した。そうじゃないかと思ってはいたがフラン姉さんにだけは触れる事が出来るようだ。厳密には地面とかも触れられているから、神器であるフラン姉さんもそっちの枠組みだと言われれば或いはと思わなくもないけれど。



「姉さん! どこへ向かっているんだ?」


「それは~♪ もちろん! ルーちゃんのとこ~♪」


 慌てている割には口調が軽い。どうやらフラン姉さんは本当に私達の現状を把握しているようだ。この世界が記憶の中の疾うに過ぎ去った一幕でしかないと理解しているらしい。


 そして現実世界で何が起こっているのかすら読み取ってみせた。当然自分自身の置かれた状況も承知の上なのだろう。それでもフラン姉さんは心底楽しそうにはしゃいでいる。これがルベドにとって思い出のフラン姉さんの姿なのだろうか。



「いたぁ! ルーちゃん!」


 フラン姉さんの指し示す先ではルベドがこの地に住まう人々と楽しげに笑い合っている。何か人々の困り事を解決したばかりのようだ。多くの人々がルベドにお礼を告げている。



「ふふ♪ ルーちゃん幸せそう♪」


 そうだな。ルベドもあんな風に笑うのだな。



「びっくり。竜が人と暮らしてるみたい」


「妖精もです。耳を隠している者すらいないようです」


 ソラとシルクの言う通りだ。フラン姉さんの周りには竜人や妖精、それにドワーフらしきお爺さん、立派な翼が生えた鳥人のような種族等、多種多様な姿の者達が集まっていた。


 この世界に人間以外の人種族がこんなにも存在していたとは驚きだ。私は今まで出会ったことがない。単にカルモナド王国方面にだけ存在していないのか、或いは現代においては大多数の者達が妖精族のように隠れ住むようになってしまったからなのかもしれない。



「ここはね♪ 理想郷なの♪」


 フラン姉さんは人々と笑い合うルベドが愛おしくて堪らないようだ。



「ルーちゃんがい~~~~っっっぱい! 頑張ったの♪」


 エルメラとはルベドが作り上げた国だったのか。



「でもママは気に入らなかったみたい。少なくともルーちゃんはそう思っているの」


 え?


 周囲の光景が急激に切り替わった。晴れ渡っていた空には暗雲が立ち込め、先程まで人々が幸せに暮らしていた町並みが無惨に破壊されていく。辺りからは楽しげな声が失われ、代わりのように悲鳴や怒号で埋め尽くされた。



「あそこだよ」


 フラン姉さんの指した空を見上げると、ルベドが一人の少女と向かい合っていた。



「二タス! こんな事はもうやめてください!!」


「それはこちらのセリフだ! ルベド! 何故母様に抗う! 世界を滅ぼすつもりか!」


「違います! 私はただ皆にあのお方を忘れてほしくないだけなのです!」


「それは母様の望みに反している! ひいてはこの世界の滅びへと繋がるのだ! 何故それが理解できん! お前の役目は終わったのだ! その在り様を今の世に押し付けるな!」



 そこで再び場面が切り替わった。



「二タス! 二タス! あぁ! どうして! こんなぁ!」


「……泣くな……ルベド……すまなかった」


「二タス! 二タ」「はいカットぉ!!」


 え?



「ちょっと! フーちゃん! なんでフーちゃんがここにいるのですか!? しかも段取り無茶苦茶じゃないですか! 端折りすぎです! これじゃ何も伝わりませんよ!?」


 え? ルベド?



「ルーちゃんが直接教えてあげた方が早いと思って♪」


「やっぱり確信犯だったんですか!?」


 何が何やら……。取り敢えずフラン姉さんの策でどこかからか眺めていたルベドが誘い出されたらしい。



「折角可愛い妹達が会いに来てくれたんだから邪険にしちゃメッだぜ♪」


「よく言えますね! 自分だって出てくるつもりも無いくせに!」


「うぐっ! 違うもん! フーちゃんは出てきたくても出られないだけだもん!」


「嘘です! フーちゃんに出来ない事なんてありません! 実際こうしてちょっかい掛けに来てるじゃないですか!」


「そんな事無いもん! フーちゃんにだってどうにもなんない事あるもん! あっ! そうだ! ギンちゃんならきっと迎えに来てくれるよ! だから! ね! ルーちゃんも協力してあげて! お姉ちゃんの為と思って! お願い!」


「なっ!? それはズルいです! そんなの断れないって知ってるくせに!」


「えへへ♪ ルーちゃんはシスコンさんだなぁ♪」


「っ!!」


 あれ? なんで私が睨まれてるの?



「私の姉妹はフーちゃんとニタスだけです! 貴方なんか認めません!」


「あっ! ダメなんだよ! そういう事言っちゃ! ギンちゃんもフーちゃんの妹だもん! だからルーちゃんの妹でもあるんだもん! 仲良くしなくちゃダメなの!」


「くっ!!」


 あかん。増々こっちにヘイトが向いている。ルベドはフラン姉さんに頭が上がらんようだ。



「そうだ! 違うんです! フーちゃん! こいつは!」


「こいつなんて言っちゃダメ!」


「くっ!」


 ちょっと可愛そうになってきた。あと可愛い。



「ギンカは!」


 名前覚えてたんだ。ちょっと意外。



「私を道具だと言うのです! 所有すると言うのです! どさくさ紛れに呼び捨ててますし!」


 実は癇に障ってたの? ごめんて。



「ルベド姉さん」


「あなたに姉と呼ばれたくはありません!」


「ルーちゃん!」


「くっ! 仕方ありませんね!」


 弱い。



「ルベド姉さん。もう少し話をしよう。何故女神様はあのような真似を? 本当に女神様の仕業だったのか? 真犯人は別にいるのではないか? それが異世界の者と何か関係があるのではないか? 実際姉さんは女神様を恨んでおらんのだろう? 姉さんもまた許したのであろう?」


「違います。私は許す立場になど最初からありはしなかったのです。ただ私が愚かだっただけの話です」


「ルーちゃん。ちゃんと正直に話そう。本当はルーちゃん、まだママの事恨んでるんでしょ」


「……」


 ルベド姉さんはただただ辛そうな表情を浮かべている。女神様は確かに非道な行いを為したのかもしれない。その真意にルベド姉さんも遅れて気付いたのかもしれない。そうして何処にもぶつけられなくなった悲しみを抱え続けてきたのかもしれない。



「姉さん。私に、私達に話しておくれ。私達は何も知らないし何の力も無い。だがそれでも話を聞く事くらいは出来る。姉さんの悲しみに同情する事は出来る。悲しみを埋める事くらいは出来る筈だ。例えどれだけ時間がかかろうと、姉さんが一人で抱え込み続けるよりは幾分かマシな筈だ」


「……知ったような事を」


「頼む。姉さん。私はルベド姉さんの事が知りたいのだ。折角貴方の妹として産まれてきたのだから好かれたいのだ」


「……そんなものまで見せた筈はないのですが」


「何の話だ?」


「……なんでもありません」


 また睨まれてしまった。



「大丈夫だよ♪ ギンちゃん♪ ルーちゃんとギンちゃんはきっとすぐに仲良くなれちゃうよ♪ ギンちゃんはニーちゃんに似てるから♪」


「なっ!? 似てません! 似てる筈がありません! 巫山戯た事を言わないでください! 例えフーちゃんだってそれだけは許しませんよ!!」


「もう♪ 素直じゃないんだから♪」


「フーちゃん!!」


「あはは♪ ごめんごめん♪ それじゃあフーちゃんはこの辺で♪ ルーちゃん♪ ギンちゃん♪ それからソラちゃんとシルちゃんも♪ 待たね♪ あでゅ~♪」


「待って! フーちゃん!」


 フーちゃんは忽然と姿を消してしまった。ルベド姉さんが伸ばした手は何も掴めず空を切った。



「……ルベド、姉さん」


「……なんですか?」


 相変わらず不機嫌そうだけどもう一度話をしてくれる気にはなったようだ。よかった。フラン姉さんが帰った途端に襲われなくて。



「続きを見せてもらえるか?」


「……嫌です」


 話しが違うぞ?



「仕方がないので一時休戦です。フーちゃんを取り戻すまでの間だけ」


「その間に姉さんがその気になれば聞かせてくれるのだな」


「あり得ませんよ。そんな事。ですが約束しましょう。それがフーちゃんの望みですから」


「そうか。それは良かった。よろしくな。ルベド姉さん」


「やっぱりルベドでいいです。貴方に姉などと呼ばれるのは癪ですし」


「なんかあいつみたい」


 ニアの事か? 私もそう思う。けれどもう少しだけ大人しくしていておくれ。ソラちゃんや。

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