04-66.根本的な勘違い
「あの箱に封じられているであろう姉さんの実力や弱点はわかるか? 取り敢えず次女か三女のどちらかと仮定してだ。実際本気で暴れ出したとして私達で止められるのか?」
「正直難しいと思います。その時は私達に気付いてもらえるまで呼びかけ続けるしか手はありません」
ダメじゃん……。
いやまあ、そんな前後不覚に陥っていると確定したわけでもないんだけどさ。姉さんはその可能性が高そうみたいに言ってるけど、それもこれも口実に過ぎない可能性もあるわけで。
「そもそも本当に解き放って良いの?」
今更過ぎる疑問だな。
「絶対に相容れないって可能性は無いのかしら? 自分がそんな危機に陥ってさえ助けてくれなかった女神に対して猜疑心を抱いている可能性は無いの? 今更になって助けられてもって逆恨みを向けてくる可能性は?」
パティはよく考えるものだな。だがそれもまたありがちな展開とも言えるか。
「無いと信じたいです」
やっぱダメじゃん……。
「私の魔力と姉さんの力を以ってしても勝てんのか?」
私をエネルギー源にしてネル姉さんが頑張るとかさ。レティがサロモンの爺様に挑んだ時みたいに。
「何度も言っていますよ。ギンカは過信しすぎなのです。ギンカの魔力総量は回復ありきの話しです。一戦闘程度であれば私や他の姉妹達の方が行使出来る魔力総量は遥かに上なのです。たかが一生命を完全に癒やす程度の魔力量なんて我々エーテルシリーズの出力に比べれば微々たるものなのです」
「エーテルシリーズ? それが姉妹の総称なの?」
「今そこはどうでもいいのです」
私も気になるよ? 初めて聞いたし。
「シュテルの力もご存知でしょう? あの子を自分の上位互換だと感じた事はありませんか? ぶっちゃけギンカの神器としての性能は控えめなのですよ」
ぶっちゃけた割に言い回しには気遣いが見られるな……。
「そっかぁ……エリクサーは大したことないんだなぁ……」
「あっ! いえ! そんな事はありません! ギンカは凄いんです! お姉ちゃんが保証します!!」
ちょっと落ち込んで見せたらあっさり覆しおって。
「具体的に」
「えっ!? えっと! ギンカは唯一無二なんです! 主様が生み出した物でありながら人の魂も持つ存在なんて他にいないんです!」
いてたまるか。
「女神様の気まぐれの産物だものな」
「いや! あの!」
「エリク。ネル姉様を虐めるのはやめなさいな」
「冗談だ。本気で気にしてなんていないとも」
ちょっとだけだ。散々偉そうにしてたのに実は大した奴じゃないなんて言われちゃって傷ついただけだ。ぐすん。
「あらあら。エリクったら」
察したパティが抱きしめてくれた。
「ギンカ……」
「冗談だ。私だってわかっているさ。実際シュテルはディアナの完全な治療をやり遂げてみせた。あれは私には出来なかった事だ。それに姉さんとの力の差も理解しているとも。今の私が逆立ちしたって勝てる筈が無いのだとな。姉さんは私に慢心するなと言いたいのだろう? 上には上がいるのだから奢らず精進しろと。そう叱ってくれただけだ。そんな姉さんに対して酷いと文句を言っても仕方あるまい」
「ギンカ。違うのです。まだあなたは理解していません。そもそも用途が違うのです。あなたは回復薬です。本来使い切りの万能回復薬です。人を一人癒やせばそれで役目を果たせた筈なのです」
そうだな。魔力無限だとかは副次的なものだ。あくまで薬瓶の状態を維持する為の機能を悪用したバグ技みたいなものだ。そもそもからして戦闘行為だとかは想定されていない。出力が違いすぎるなんて当然の話だ。
「対してエーテルシリーズは我らが主様を模した存在です。七つの姉妹機が揃えば主様に次ぐ力を発揮出来るのです」
女神様の力を七分割したものと考えればその性能も推して知るべしだな。たかが薬瓶一個とは比べ物になるまい。
「当然末妹のように経験が浅く力を引き出せぬ者もいます。ですが最初の三機は違います。フラン、ルベド、ニタスは四女であるマグナ姉さんよりも遥か昔に製造された個体です。彼女らの力は隔絶しています。この現代において比肩し得る力を持つ者は地上の何処にも存在しないでしょう」
「そこまで不安だと言うならばいっその事最後に回すのはどうだ? 他の六姉妹全員で挑めば容易く取り押さえられるのであろう?」
「ダメです。そのような先延ばしは断じて認められません。私は一刻も早く姉さんを救い出したいのです」
そうか。それで急かしていたのだな。ならそうと言ってくれればいいものを。私達も当たり前に同じ想いを抱くとものと考えていたのだろうか。
「姉さんが暴れたいと言うなら私が受け止めます。その覚悟は出来ています。ですがこれはあくまで私一人の我儘です。罪なき命を巻き込む必要はありません。どこか人気の無い荒野にでも運び出して封印を解きましょう。先ずは姉さんを安心させてあげましょう。偽装工作も行います。箱を事前に開けた事は誰にも気付かせません。姉さんとの話しがついたら箱は元の場所へと戻します。そう約束します。ですからどうか許可をください。姉さんの我儘を聞き届けてください。お願いします。ギンカ」
「わかった。今すぐ動こう」
「え!? 良いのですか!?」
「姉さんがそこまで言うのだ。全力で協力するとも。パティも許してくれるか?」
「勿論よ。私は最初から賛成してるじゃない」
「そうだったな」
結局私だけだったな。反対していたのは。
「だが仕掛ける前にもう一つ準備しよう」
「なんですか?」
「将来万が一私達が箱に閉じ込められた場合の脱出方法だ。何か案は無いか? この機会に仕掛けておくべきだと思うのだが」
「それは……」
「よく考えるとおかしな話よね。封じられたお姉様がそんなに凄いなら自力で脱出出来そうなものだものね」
そもそもどうやって封じたのだろうか。大昔には女神にすら届き得る実力者が存在したのだろうか。
「あの箱自体の情報は無いのか? ネル姉さんならば調べられるのでは?」
「いえ……実は詳細がわからないのです」
どういうこっちゃ?
「私は知恵担当です。全知というわけではありません」
ああ。……え? そういう事?
「てっきり知識も込みかと思っていたぞ」
以前姉さんもそんな調子でドヤってたし。
「それも間違いではありません」
結局どっちなのさ。
「つまりあの箱は女神が生み出したわけじゃないって事ね」
「おそらくその通りです。信じがたい事ではありますが」
なるほど。それで箱を調べたがっていたのか。
「姉さんはあれだな。頭の中であれこれ考えすぎだな。もう少し出力してもらわんと私達にはわからんぞ」
「それは……制約が……」
絶対それだけじゃないだろ。今まで話し相手が格上の女神様だけだったから、細かく話す事に慣れておらんのだろう。まあ追々慣れてもらうしか無いな。
「じゃあ行くか。今から」
「家族に確認が必要だったのでは?」
「いいや。気が変わった。内緒にしよう。知らない方が良い事もあると言ったのは姉さんだ」
「そうね。全てが計画通り済むなら何の心配も要らないわ。私達三人で完遂しましょう」
「……ありがとうございます。二人とも」




