01-28.親睦会
「ぐふふ♪
やわやわ~♪ぷにぷに~♪
ぐっへっへ~♪」
私を抱きかかえたパティは、ユーシャを背もたれにして気色の悪い笑みを浮かべた。
「パティ重い」
「あら。失礼しちゃうわ。
人見知りのユーシャに気を遣って目を合わせないようにしてあげてるのに。それとも正面から抱き合う方がお好みかしら?」
「……軽い」
「よろしい」
「おい。ユーシャを虐めるな」
「虐めてないじゃない。
むしろ最大限に譲歩しているわ。
本当なら揉みしだかれたって文句は言えないのよ?」
「くっ!」
「そ・れ・よ・り~♪
お仕置きがまだだったわね♪」
「おい!待て!ひっくり返すな!
どこを見てる!やめんか!」
どいつもこいつも!
人形だからって好き勝手して!
これでも中身は乙女よ!
こんなのライン超えよ!!
「パティやめて」
「仕方ないわね」
しくしく……。
ありがとう……ユーシャ……。
「ねえ、貴方達はどういう関係なの?
恋人?親子?友達、はいなかったんだったわね」
「恋人」
「親子だ」
「意見が別れているのね。
どんな出会いだったの?」
「……」
「人に話すようなものではない」
「そう。悪かったわね。
なら私の話を聞いて頂戴。
それで気が向いたらそっちも教えて」
「聞く」
「ありがと♪ユーシャ♪
さてさて~どこから話したものかしら♪
そうそう。先にこれだけは聞いておかなくちゃね。
二人はこの国の事どこまで知ってるの?」
「何も」
「大した事は知らん。
つい二、三ヶ月程前に来たばかりだ」
「だからって普通は国名くらいは知ってるもんじゃない?」
「「さあ?」」
「いったい今までどんな生活してきたんだか……。
まあ、そんな事だろうと思ってはいたわ。
ここはカルモナド王国よ。
これで私の言いたいことは伝わるでしょ?」
「「?」」
「あれ?
もしかして忘れらてる?
私のフルネーム、パティだと思われてる?」
「「……」」
そうか。確か名は……。
「あんたらねぇ……。
まあ良いわ。改めて名乗りましょう。
私はパトリシア。
パトリシア・デ・ラ・カルモナド。
この国のお姫様よ♪敬いなさい♪」
「「またまたぁ~」」
「いえ、こればかりは貴方達を責められないわね。
私も自分で柄じゃないって思ってるし。
そもそも兄弟姉妹多すぎて継承権なんて微塵も無いし」
「それでここの領主に仕えておるのか?」
世知辛い……。
「違うわ。
親のコネで職場体験してるだけよ。
今のところはね。そもそも私まだ学生だし」
なんだこやつ。
別に領主に認められていたわけではないのか?
要はインターン生ってこと?
我が物顔で勝手に風呂まで使っておいて?
姫だからって調子にノリすぎではなかろうか。
「なら何故ディアナの事を任された?」
「私がディアナの親友だからよ。
私にはあの子を救う理由があるの」
「パティが勝手に言っているだけです。
お嬢様は愉快な客人くらいにしか見ていません」
「ディアナが勝手に言っているだけよ。
あの子は必要以上に人を近付けたがらないの。
自分にはもう先が無いと思ってるから」
これはどっちだ?
ディアナの性格を考えればパティの言っている事の方が正しそうだが、信頼度的にメイド長の意見を信じたくなるな。
というか何故メイド長はパティを呼び捨てにしてるのだ?
立場的には敬うべきなのでは?
「パティは結局何者なのだ?」
「ふっふっふ♪
気になってきたのね♪」
「ユーシャの友を名乗ると言うのなら見極めねばならん。
言っておくが私の審査は厳しいぞ」
「何を他人事みたいに言ってるのよ?
私はエリクとも友達になりたいのよ?」
「まさかそのノリでメイド長にまで呼び捨てにさせているのか?」
「はい。私は抵抗しました」
「裏切られた!あはは!」
何がおかしい?
なんだか酔っ払いみたいだな、こやつ。
変なところで突然笑い出すあたりは特に。
「パティが選ばれたのはその研究内容が要因です」
研究内容?
ああ、先程の話しに戻ったのか。
「私の研究テーマは『魔導』。
言っておくけど魔導書とは違うわよ」
「どう違うのだ?」
「あれは単に詠唱を肩代わりしてくれるだけよ。
詠唱が必要ないんじゃなくて、詠唱の機能が書き記されているだけ」
「そもそも詠唱というのは必ず必要なのか?」
「そうよ。それが魔術。
詠唱を用いないのが魔導。
単純にそう思っても構わないわ。
原理的にその分類も間違ってはいないからね」
どうやら細かい説明は省いてくれるつもりのようだ。
今回は初心者講座なのだろう。
こやつ、意外と教えるのも上手いのか?
「魔術は術式を通じて魔力を事象に変換するの。
その結果火が出たり水が出たりするわけね。
魔導は読んで字の如くね。
魔力を導いて直接効果を発揮させるの。
本来魔導の方がより原始的なものなのよ」
ダメだ。折角感心したのに。
結局小難しい話を始めおった。
「魔導書と魔導はどう違うのだ?」
「魔導書が出来る事は魔術と変わりないわ。
地水火風光闇、この六つの現象を引き起こすだけ。
まあ、光と闇は理論上存在し得るってだけで、実際に作られた事はないでしょうけど。
とにかく、厳密には魔術書とでも呼ぶべきものなのよ。
ただそれだと、魔術の学術書と呼び方が被るから魔導書なんて呼ばれちゃってるわけ」
話しが随分ややこしくなってきた。
「エリクの使う術はまさに私の理想なわけよ。
私にはあれがどうしても出来なかったから、魔導杖を産み出したの」
「あの爆発したやつか」
「そうそう。
魔力を直接集めて炸裂させるの。
エリクの見せてくれたものと比べたら、まだまだ手品程度の出来だけどね」
「えらく持ち上げるではないか。
先ほどはボロクソに言ってくれたくせに」
「ふふ♪気に触った?
ごめんね♪悪気は無かったの♪
今の言葉こそが本心よ♪」
「どうだかな」
「あら。信じてくれないのね。
残念だわ♪」
全然残念そうに聞こえない。
「つまり魔道具作りがパティの研究課題なのか?」
「魔道具?
魔導杖の事?
面白い呼び方をするのね。
もしかしてエリクの故郷には魔道具っていうのがあるの?
その話詳しく聞きたいわ」
「待て、慌てるな。
先ずは質問に答えんか」
「別にそういうわけじゃないわ。
魔導杖は寄り道よ。
魔導そのものが研究テーマよ。
それで?魔道具ってなに?」
大雑把に答えおって。
これは先に質問に答えねばダメそうだな。
まだ魔導が何なのか理解しきれていないのだが。
「魔道具とは魔力を使って動く装置全般だ。
それがあればどんな人間でも魔術に似た事象が起こせる。
例えばこの風呂だ。水を産み出す魔道具と火を産み出す魔道具を設置しておけば、特別な知識が無くとも魔力を流すだけで風呂を沸かす事が出来るのだ」
たぶんそんな感じだ。
「そしてそれを小型化していけば、加湿器や調理器具等にも応用できるわけだ。旅人もメイドも町人も誰もが火を起こす事無く、どころか水を汲む必要すら無く安全な水やお湯を手に入れられるわけだ」
これ言ってて途中で気付いたけど違うわね。
パティのやりたい事とは。
「それって魔術書と何が違うの?」
「最大の違いは用途を絞ることだ。
最適な形状に出来るし、何よりコストがかからん。
書物一冊よりコップ一個の方が断然安上がりであろう?」
少なくともこの世界では。
「なるほど。
魔力を流せば水が湧くコップとかも出来るわけね。
人類にはあり得ない発想ね」
そこまで言うほどか?
「ふふ♪
その顔はわかってないわね。エリク。
人間は魔力を能動的に動かす事は出来ないの。
魔術や魔導書、そして魔導杖にも魔力を吸い出す機能が備わっているわけ」
「ああ。その部分が嵩張るわけか」
「そういう事よ。
とてもコップ一個に収まるとは思えないわ。
あの杖の中だって、実は滅茶苦茶複雑なのよ」
「ならば何故この浴槽には付いていないのだ?」
「そんなの、魔力足りるわけ無いでしょ。
私ですらギリギリいけるかどうかよ」
「何も一人でやる必要もなかろう?」
「私、これでも平均的な魔力持ち百人分くらいの魔力はあるわよ?」
こやつ本当に人間か?
あれか?王族は優秀な遺伝子を取り込んできた的なやつか?
そうして魔力の高い人間が産み出されたのか?
「……たしかにそれは無茶だな。
全員が魔力を流し込む頃には冷めきっておるだろう」
一斉に流し込めればそうでもないか?
入力が増えれば相応に装置も煩雑になりそうだが。
単純にコスパも悪そうだ。風呂沸かしの為だけに百人もの魔力を持った人間を用意するなど。
「エリクなら余裕よね。
魔力に自信があるって自分で言うだけのことはあるわね」
「まあな」
「わ~けて♪」
私はパティが差し出してきた手に自らの手を置いて魔力を流し込んでみた。
「え!?あっ!なに!?これ!?
ひゃっ!あ!んっ!?いやぁ!」
「エリク!!!」
「待て!違うのだ!
ただ魔力を流しただけだ!
おい!パティ!妙な声を出すな!
ユーシャに誤解されてしまうだろうが!」
「やめ!やめ、て!あぁぁん!」
「エリク様。どうかそこまでに」
「違うから!もう止めたから!」
「エリク!!?!!」
「ぷっふふ」
「おい!こら!!」
「あははははっ!おっかしい♪
もう!二人共可愛すぎよ!」
「「!?」」
さっぶ~んと大きな音を立ててパティが私達を湯船に押し倒した。
もみくちゃにされながらどうにか水中とパティの腕から脱するも、結局見かねたメイド長に三人とも取り押さえられて、今度はお説教が始まった。
「くれぐれもお嬢様の前ではお静かに。
この調子で燥いではいけませんよ」
「「「はい。ごめんなさい」」」
ぐぬぬ……納得いかん……。
「エリク様。あなたは年長者なのです。
どうかこの娘達を導いて下さいませ」
「うぬ……面目ない……」
あれ?
これパティも押し付けられた?




