04-57.はじまりの地へ
「そう。これがスライムの。ありがたく貰っておくわ」
口調は素っ気ないけれど嬉しそう。なんとなくニアの事もわかってきたな。うむ。
「それからこちらが例の神器、もとい加護だ。オルドニェス侯に渡しておいてくれるか?」
「……まあ良いでしょう。本当はあなたから渡すべきだとは思うけれど」
「侯爵も私とは会いたくないだろうさ」
あの侯爵なら私が直接立ち会わずとも何とかするだろう。もしダメならその時はまた声かけてくるだろうし。そもそもニアを通して話は出来るからな。無闇に手口を明かすものでもないとは思うが、何度も接触するよりは危険も少ないだろう。
私は陛下や城の者達からも警戒されてしまっておるだろうし、そう何度も城に出入りするわけにもいかんのだ。オルドニェス侯も直接デネリス公爵邸に来る事はあるまい。どの道秘密裏に渡すしかないのだ。ならばニアを経由したとて問題はあるまい。
ただ女神様まで引き合いに出して加護を与える以上は、問題の少女にも一度くらい会っておくべきかとは思うのだが。けれど第三王子の側室に加わるとわかっているせいで余計な事を言ってしまいかねんからな。諸々あの男を信じるとしよう。あやつも私を完全に敵に回すような事はせんだろう。なにせ私達には第一王子派閥もついておるからな。実態としてはそうとも言い切れない所なのだが、少なくともオルドニェス侯はそう考えている筈だ。
「でしょうね。預かるわ」
ニアに小瓶を手渡した。今朝姉さんがチョロっと作ってくれたやつだ。中には私の魔力が液状化して詰まっている。これで大抵の傷は癒せるだろう。
「もう一つ渡しておく。これはニアの分だ。ニア自身には必要ないだろうが使い道はいくらでも思いつくだろう。好きに使うがいい」
「……それは誰が考えたの?」
「? 私だが?」
パティ達にも許可は貰ってあるけど。
「そう。悪くない策ね。良いとも言い難いけれど」
「策? 何の話だ?」
「……まあいいわ。貰っておいてあげる」
何か引っかかっているようだ。でも嬉しそう。ならまあ良いか。良いよね。もしかしてまずかった? 別にニアを囮やカウンターにしようと思ったわけじゃないよ? 単純に役に立つかなと思っただけで。
「無茶はするなよ。それはお前の為に使うのだぞ」
「なによそれ。もしかして試してるの?」
「違う。自己犠牲なんぞ望んでいないだけだ」
「そう。そういう事にしておいてあげるわ♪」
わかっているのか、わかっていないのか。今度はハッキリと嬉しそうに微笑まれてしまった。ニアが私にこんな表情を向けてくるなんてやはり何か企んでいるのではなかろうか。
少し心配だ。監視も出来る限り途切れさせないようにせねばな。最近は信頼が培われてきた為についつい油断してしまっていたが。しかしだからこそニアが無茶をする可能性だって生じるのだ。第一王子の派閥から追いやられるような道だけは選ばせないようにせねばな。
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「お父様!! ただいま帰りましたぁ!!」
ディアナはまるでパティのように公爵閣下に飛びついた。お父上は私達が乗ってきた竜や、娘の貴族令嬢らしからぬ振る舞いに面くらう事もなく、満面の笑みで出迎えてくれた。
「見違えたよ! ディアナ! すっかり元気になったじゃないか!」
「ええ♪ 皆のお陰よ♪ お父様♪」
お父上はディアナを抱き上げてその場でくるくる回り始めた。王都でも指折りの実力者と警戒される公爵様の姿とは到底思えんな。微笑ましいものだ。お父上の後ろに勢揃いしたデネリス家の侍従達も涙ぐみながらディアナの快復を喜んでくれている。
「エリク殿!!」
お父上はディアナを抱き上げたまま、こちらに向かって勢いよく迫ってきた。
「本当によくぞここまで! っ!」
感極まりすぎて言葉が最後まで出てこなかったようだ。お父上が最後に会ったディアナはまだ痩せている時だったものな。聖女の杖の力で人並みの肉付きを手に入れたディアナから伝わる健康っぷりが嬉しくて堪らないのだろう。
「幾度かの幸運に恵まれました。そして勿論パティとディアナ自身の努力が実った結果でもあります」
「お久しぶりです。叔父様」
普段はお父様と呼んでおるのに。パティはやっぱり素直じゃないな。
「おお! パトリシア! 本当にありがとう! そしてよく帰ってきてくれた! 卒業おめでとう!!」
「はい!」
パティもお父上に抱きついた。二人の娘を抱えてお父上も本当に嬉しそうだ。これはまだ暫く続きそうだな。あとお父上って意外と力あるのな。見た目はどちらかと言うとインテリ系のオジサマなのだが。
いや、言う程歳はいっていない筈だよな。ディアナの父君なのだがらいっても精々三十後半程度だ。なんならもっと若いかもしれん。この世界の多くの国と同様にこの国でも十五で成人だし、貴族は十六で学園卒業と同時に結婚する者も多い。未だ三十前半だったとしてもなんらおかしな事はない。今度ディアナにでも聞いてみるか。




