04-51.不機嫌な王様
「おいエリク」
「なんだ? 今朝はやけに機嫌が悪いではないか」
城に到着すると、何故か不機嫌な近衛騎士団長が我々を出迎えた。
「俺じゃねえよ。陛下の機嫌がわりぃんだよ。なんでギルド長まで捕らえちまってんだよ」
「何故って、経緯は聞いておるのだろう?」
「だからどうしてそんな手段を選んだかって聞いてんだよ」
「……成り行きだ」
「はぁ……」
何かマズかったらしい。
「なあ、ギルドってのはこの国だけのもんじゃねえんだ。各地のギルド長ってのは世界に一つしかねえギルド本部で選定されるもんなんだ。その辺ややこしいんだぜ? エリクは知らねえんだろうけどよ」
そうなの?
「だが奴は姫を愚弄した。この国の法で裁けぬというわけでもないのであろう?」
「まあな。あの男がこの国の民である事に違いはねえ。出来る出来ないで言うなら間違いなく出来る。こっちで裁いても問題ねえ。けど奴には別の立場もある。要するに割に合わねえんだ。姫様に刃を向けただとかならともかく、ただ口汚く罵ったって程度じゃぁな」
つまり国外の面倒な連中が物申してくるわけか。その時に説得力が足りないのだな。
「ならばその時は私が表に立とう。私は妖精王だ。奴は私の家族を愚弄した。だから私が奴を排除した。そう納得させよう」
「そんな勝手を陛下が許すわけねえだろ。カルモナドは陛下の国だ。そこんとこ履き違えんじゃねえ」
ベルトランは警告するように殺気を放ってきた。私がこの地が自分の領土であるかのように振る舞えば即叩き切ると言いたいのだろう。その時は陛下の剣として私を排除せねばならなくなるのだ。
「ならば今からでも釈放するか?」
「そんなみっともねえ真似が出来るか。陛下は戦うさ」
配下や家族が勝手にやった事だからなんて言う気は無いのだな。
「つまり陛下は私に警告するつもりか? それとも何か補填を求めてくるのか?」
「さあな。そこまではわかんねえよ。これはただの忠告だ。何も知らねえまんま陛下の前に出てみろ。そんなん火に油を注ぐようなもんだぜ」
「いつもすまんな」
「まったくだぜ」
話はそれだけだと言わんばかりに無言で前を行くベルトラン。パティ、私、ユーシャの順でその後ろに続く。
「来たか。話せ」
「はい。陛下」
最低限のやり取りでパティの報告が始まった。卒業を祝うような言葉も無しだ。陛下は見て分かる程あからさまに不機嫌さを出しているわけでもないが、前回パティとレティで会った時のような優しさも感じない。まるで部下の一人が報告に来ただけのようだ。既に成人して学生でもない娘だから切り替えているのか、これこそが不機嫌さの証なのかはわからない。
「それで?」
パティが全ての経緯を話し終えた後に、今度は私に向かって問いかけてきた。
「ギルド長の件は」
「ギルドの事なんぞどうでもよい。最早お前達の出る幕ではない。これ以上引っ掻き回すならば容赦はせん」
……これは警告だな。これ以上ギルドに関わるなと言うのだな。タマラには悪いが冒険者の活動も自粛してもらわねばな。少なくともこの王都内においては。
「欲しいものがある」
「お主はそれが目的でパトリシアに近付いたのか?」
「違う。この王都に来て初めて気付いた事だ。それ以前に出会っていたパティは関係ない」
「その言葉を信じる事は難しかろう。中身を話せ」
中身? 陛下はどうやって私が箱を欲していると突き止めたのだ? ニアはそこまで話しておらんぞ? まさかニアが忍び込んだ事もバレていたのか? だとすると私とニアの繋がりも? マズいな。ニアも近い内に放り出されるかもしれん。
「私の姉妹です。人の王よ」
突然ユーシャの中から出てきたネル姉さんが、謁見の間のど真ん中で宙に浮かび上がった。陛下をも見下ろす高さから高圧的とも受け取れる抑揚で言葉を続ける。
「私は貴方がたが神器と呼ぶものです。その中でも意思を持つ特殊な存在です。つまりは女神様の御遣いであると理解なさい」
「女神だと?」
陛下は玉座から立ち上がって姉さんを睨みつけている。明らかにやばい雰囲気だ。どうして姉さんは出てきてしまったのだろうか。まさかこんな場面でユーシャに良いところを見せようとでもしているのだろうか。ネル姉さんが自ら目立つ真似をするなんて考えもしなかった。ましてや目的を明かすなんて。確かに女神様からも内緒にしろとは言われていなかったけれども。
「ネル姉さん」
私が引き止める意図を込めて呼びかけると、姉さんは素直に私の隣に降り立った。
「あまり勝手な事をするな。姉さんだけでなくユーシャにまで類が及ぶであろうが」
「私達は人に傅くべき存在ではありません。人を助け導く存在なのです。そこを履き違えてはなりません」
つまり気に入らなかったのか? 別に私もユーシャも跪いていたわけでもないのだから気にする事もないだろうに。
「とにかく今は戻っていておくれ。今度はユーシャではなく私の方にな」
「ならば我が妹達の活躍を見届けると致しましょう」
姉さんは演技がかった様子で、周囲にも聞こえるようそう言ってから私の中に入り込んだ。
「すまない。騒がせた」
「……貴様も神器なのか?」
「いいや。私は妖精王だ。女神が手ずから生み出した存在であるというだけだ」
「……良かろう。箱の中身はくれてやる」
「感謝する」
「ただし条件がある。くれてやるのは箱の中身だけだ。箱とその鍵は置いていけ」
私達への対抗手段にでもする気か? いざという時に箱に封じられるかもしれんものな。
「鍵は何処に?」
「知らん。見つけ出せ」
「先に箱を見せていただいても?」
「鍵を用意してからだ」
面倒な事を言い出しおって。
『私なら力尽くでこじ開ける事も出来ますが』
ダメだぞ。約束は守ろう。私達はまだこの国で暮らしたいのだ。
『仕方ありませんね』
「承知した」
「ならば去れ。話は終いだ」
陛下の言葉で即座に動き出した近衛騎士達から、半ば追い出されるようにして謁見の間から放り出された。そして今度はニアの下へと向かう事にした。
「大人しく帰っちゃくれねえか?」
「悪いな。約束があるんだ」
「へいへい」
またも騎士団長が直々に送ってくれるようだ。目が離せないだけだろうけど。
「まさか今日はずっと張り付いているつもりか?」
「わりぃな。これも仕事だ。……いや、俺悪くねえよな? 大将が毎度毎度騒ぎ起こしすぎなんだよ。さっきのだってなんだよ。一々驚かせんじゃねえよ。咄嗟に切っちまうところだったじゃねえか」
むしろよく我慢してくれたな。陛下に対してあんな態度をとった姉さんを切り捨てなかったのは、むしろ近衛騎士の団長としてそれで良いのかと言われかねん行為だ。本当にこの男には感謝してもし足りない。
「もしやジェセニア王女との面会にも立ち会うのか?」
「そう言ってんだろ」
ちょっと秘密の取引があるんだけど?
「見た事は秘密にしておくれ」
「無茶言うな」
「買収が必要か」
「出来るわけねえだろ。どうしても嫌なら日を改めろ」
「いや、嫌と言うかだな。実はお揃いの下着をプレゼントしようかと思ったのだ。ベルトランがどうしても見たいと言うなら」
「見ねえよ!! いや! 見過ごせるわけねえだろ! この城んなかに何仕込む気でいやがんだ!?」
「そうかジェセニア王女の着替えを覗くと。あくまでそれが騎士団長の仕事だと言い張るのだな。将来第一王子に首を刎ねられんよう祈っておこう」
「勝手なことばっか言ってんじゃねえよ」
あら? あっさり落ち着いた?
「そいつ、スライムだろ。エリクが普段から身につけてるやつ。そうか下着か。バカにしやがって」
ばれてーら。
「認めねえぞ。この城ん中まで魔物を置いとくなんざな。エリクの服から少しでも出してみろ。その瞬間に切ってやる」
「そこをなんとか」
「ダメだつってんだろうが。せめて俺の目の無い所で渡しやがれ。俺だっていきなり姫様に剣向けたりは出来ねえよ」
『だそうだ』
「後で屋敷に行くわ」
『うむ。心得た』
「例の件も忘れないで。そのままこっちに来なさい」
『うむ』
「下着の受け渡しは無しだ。そちらは承知した。だがオルドニェス侯とも約束があってな。このままジェセニア王女の下へ向かわせてもらおう。引き続き案内を頼む」
「便利に使いやがって。自分の立場わかってんのか?」
「騎士団長が帰すべきと判断したなら従おう」
「……行くぞ」
いい加減嫌われてしまうかもしれんな……。自重しよう。
『少し外しますね』
自重して。
『大丈夫です。誰にも気付けはしません』
ダメだってば。ここにいて。
『むぅ。仕方ありませんね』
ありがとう。姉さん。もしもの時は私達を守っておくれ。私もこの距離で騎士団長の刃を防ぐのは難しいのだ。
『はい♪』
ほんと、そんな事態だけは避けなければな。




