04-50.それぞれの拘り
「そう言えばシュテルはどうしたのだ?」
タマラに懐いて一緒に寝るって話になっていなかったか?
「そうだ。聞いてくれよ。魔王さん」
「魔王はやめろと言っておろう。それで? どんな言い訳があるのだ?」
「ちげえんだ。あのちびっこ失礼しちまうんだぜ?」
「失礼? シュテルが何かやらかしたのか?」
だからって放り出してくるのは大人気なかろう。
「オレが寝かしつけようとしたら嫌だって言うんだ」
「……ああ。そういう事か。ならば引き取ったのはスノウだな」
「なんだ。魔王さんもわかってんじゃねえか」
まあな。これでもあの子の母親だし。大体ユーシャに丸投げで全然側に居てやれてないけど。と言うかシュテル本人もユーシャのたわわなものに夢中だからな。中々私とも寝てくれんのだ。ちくせう。
「オレだって無くはねえと思うんだけどな」
「おい、やめろ。こんな所で揉むな」
確かに無くはない。けどユーシャやスノウと比べてはな。それにその、こういう事を言うのはあれなのだが、タマラは程よく鍛えられているからな。少しばかり柔らかさが足りんかったのだろう。たぶん。
「魔王さんも揉んでみるか?」
「やめんか」
それより呼び方をなんとかせねば。
「ディアナ。タマラが私を呼ぶ際の何か別の呼び方を考えてみておくれ」
「別の呼び方? いっそ魔王も名乗っちゃえば?」
「いかんだろ。シルクもなんとか言っておくれ」
「そうですね。魔王は相応しくありません。妖精族とは相容れぬ存在です。他の呼び名に改めるべきかと」
「むしろだからこそ良いんじゃないかしら? 対極に位置するその二つを務める者なんてエリク以外に存在し得ないと思うの♪」
「アニタ様まで何を仰っているのですか」
「そもそも魔王とは何者なのだ?」
「その時々によって違うわ」
なんじゃそりゃ。
「魔力と呪いの支配者。それが唯一の共通点よ」
なら人の魂に呪いを施したのは魔王なのか?
「私は呪いを打ち消す事は出来ても施す事は出来んぞ」
「けどそれも見方を変えれば呪いを支配するとも言えるでしょう?」
こじつけが過ぎると思うが。
「う~ん。でもやっぱり魔王はなんか違うのよね」
アニタもテキトーだな。
「そもそも何故タマラは私を魔王だと思ったのだ?」
「妖精族にとっては天敵だからな。魔王にだけは近付くなって散々言われて育ってきたんだ。つまりオレにとってのわかりやすい悪の親玉ってやつだな」
その割には普通に絡んできたじゃん。あと魔王呼びもだいぶ親しみが籠もってるし。自分が人間だからそこは話半分程度にしか聞いていなかったのかしら? 今の口ぶり的にも間違い無さそう。自分の実力にも自信があったし、どこかで遭遇した時には故郷の皆を安心させる為に打ち倒そうとか考えていたのかも。
「魔導王とかどうかしら~?」
だいぶ酔っ払い始めたパティが会話に入ってきた。
「呼びづらくねえか?」
それはそう。
「魔導王を縮めて~♪ まお~♪ うふふふ~♪」
あかん。このままだと姉さんの晴れ舞台が。姉さんはまだか?
『お待たせしました!!』
噂をすればだ。ナイスタイミング。早速会計を済ませて店を出るとしよう。
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「あによ~♪ 見せたいものって~♪ ひっく!」
へべれけパティは転移門をくぐった事にも気が付かなかったようだ。他の者達も浮かれてはいても流石に驚きを示したのに。
「あはは~♪ な~にここ~♪ まっしろ~♪」
姉さんが用意した舞台は以前私とシュテルとソラが初めて姉さんと出会ったあの真っ白な空間だった。つまりここは空の上か。今はソラもいないのでうっかり放り出されるような事が無いといいのだが。
「皆様。よくぞお越しくださいました」
天から姉さんが現れた。スポットライトのように光が降り注ぎ、何やら花びらのようなものまで散っている。
「!!」
パティの次にへべれけだった筈のアニタが真っ先に跪いてみせた。どうやら姉さんの意図を察して協力してくれるつもりらしい。
「楽にしてください」
満足そうにアニタに促すネル姉さん。姉さんの中でアニタ株が急上昇してそう。
「あはは~♪ ユーシャとんでる~♪ あれぇ~? ユーシャぁ? おっぱいは~? おとしちゃった~?」
「なっ!?」
あ。姉さんがショックを受けてしまった。
「誰?」
ユーシャは冷静だ。この子お酒強いのね。
「私はネルケ。あなたの姉にあたります。クルス」
「クルス? 私はユーシャ。人違いだよ」
「勿論その名も存じています。ずっと見ていましたから」
「ずっと? エリクと話していたのはあなた?」
あかん。何故かユーシャが敵意を抱いている。
「落ち着けユーシャ。この人はユーシャの姉だ」
「姉? 私に姉なんていないよ。お母さんの娘は私一人だけだよ」
ああ。ユーシャはそこに怒っているのか。
「ユーシャも既にわかっている筈だ。前に話し合ったであろう」
「……そうだね。ごめん。わかってた筈なんだけど」
母君を否定されたように思えたのだろう。無理もない。ユーシャが怒るのも当然だ。これは私の落ち度だ。根回しが足りていなかった。ユーシャの気持ちを考えていなかった。
「突然呼び出してごめんなさい。ユーシャ。私はあなたにどうしても会いたかったのです。本当であればもっと早くに。ですがくだらない意地を張ってしまいました。ギンカに口止めをしていたのも私なのです。どうか許してください」
「うん。いいよ。話を聞かせて。お姉ちゃん」
「はい♪ ユーシャ♪」
ネル姉さんがユーシャに飛びついた。咄嗟に身を引きかけたユーシャだったが、結局そうはせずに受け止めた。
「あはは~♪ ユーシャが二人いる~♪」
パティ……。
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「てな夢を見たわけよ」
「そうだな。きっと夢だ。真っ白な空間も二人のユーシャもきっとな」
「何よその言い方……っ! 頭痛い……魔力頂戴」
「ダメに決まっておるだろう。二日酔いくらい我慢しろ」
「ケチ」
ケチとはなんだ。ケチとは。
『パティさんにはそれこそ良い薬です』
もうそろそろ許してあげて。折角ユーシャと話せるようになったのにまた隠れる事になっちゃったじゃん。
『あの箱を手にするまでの辛抱です』
いや辛抱するのは姉さんだけだから別に良いんだけどさ。
「っ~」
パティは未だにベットの上で苦しんでいる。取り敢えず水でも飲ませておくか。ほんの少しだけ魔力も忍ばせて。
『ダメです!』
ケチ。
『ケチとはなんですか! ケチとは!!』
パティに意地悪したらユーシャに嫌われるぞ。
『くっ! 少しだけですよ!』
よしよし。
『もう! ギンカがそんな態度なら家出しちゃいます!』
あら。本当に出て行っちゃった。どうやらユーシャに乗り移ったようだ。一瞬驚いたユーシャが難しい顔で黙り込んでしまった。慣れない脳内会話に集中しているのだろう。
「!?」
朝一で(スノウに抱かれたまま)ユーシャに会いに来たシュテルがユーシャを見てギョッとした顔をしている。どうやら姉さんの存在に気付いたようだ。賢い。
そう言えばシュテルは私の心を読めるんだからとっくに姉さんの存在には気付いていたのだよな。けどそれを誰にも言わずにいてくれたのだ。本当に賢いなシュテルは。ふふ♪




