04-49.飲み会②
あれから少し話をしたところで、酒の回ったベルトランを引きずるように近衛騎士達は帰っていった。きっと彼らも陛下から言い含められていたのだろう。少し悪いことをしてしまっただろうか。私達のせいで早めに切り上げる事になってしまった筈だ。いやでも、パティとディアナに御酌されて随分と上機嫌だったっぽいし大丈夫か。最後ベルトランの代わりに挨拶してくれた副団長さんもニッコニコだったし。
「それでは改めて。パティとユーシャの卒業に! そしてディアナの入学に! 乾杯!」
「「「かんぱ~い!」」」
近衛騎士達が抜けてぽっかりと空いた席で私達四人は改めて飲み会を始めた。先程まで近衛騎士達と仲良く談笑していた為か、周囲の男たちはチラチラと視線こそ送ってくるものの誰一人として声をかけようとはしなかった。図らずも都合の良い男避けとして作用してくれたな。もしかしたら今もまだ客に混じって見守ってくれてたりは……しないか。騎士団長を倒すような化け物相手にそんな心配要らんだろうし。
「エリクったらさっそく姉様に助力頂いたのね♪」
「先程の話か? まあな。お陰で心強い味方を得られた」
「むぅ~」
「はいはい♪ ユーシャの隣には私が居るわ♪」
拗ねるユーシャと宥めるディアナ。
「最近のユーシャは随分と頼もしくなったと思っていたけれど、やっぱりこういうのは苦手なのね♪」
「誂うでない。ユーシャはこれくらいで丁度良いのだ。パティ達も警戒心を忘れるでないぞ。そこはむしろユーシャを見習うがいい」
「はいはい♪ 気をつけま~す♪」
相変わらず浮かれとるなぁ。
「ディアナはどうだ? 新生活に不安はないか?」
「ええ♪ もちろん♪ ただただ待ち遠しいわ♪」
このお嬢様も大概動じないな。良い事だ。
「シルヴィも連れてきてあげればよかったわね」
「そうだなぁ」
確かに少々薄情だったかもしれん。シルビア本人が行かないと言った結果ではあるが、それも単に遠慮していただけであろう。もう少し言葉を尽くせば連れ出す事も出来た筈だ。
「余計なお世話だよ。シルヴィはバテてたんだよ。パティがおかしいだけ」
それはそう。日中もあれだけ動き回ってたんだし。そこからパーティー、会議、会議だもの。もう休みたいと思うのが普通だ。そこから更に飲み歩こうだなんて正気の沙汰じゃない。シルビアは「パト元気だなぁ」くらいにしか思っていなかっただろうけど。
けどほら。私の魔力を少し分けてやる事も出来たわけで。シルビアになら誰も文句は言わんだろうし。
「そう言えばシルヴィって眷属に出来るんじゃない? エリクの魔力を流さなくてもさ。アニタが仲介すれば」
シルビアの場合は魂の呪いが無いものな。ソラやアニタの技量が加わるなら他の者より影響は受けづらいやもしれん。
「だが結局その後は魔力漬けであろうが」
「普段は止めておけばいいじゃない。いざという時に繋がっている方が安心だと思うの」
「……いや。眷属は既に十分な数が揃っているのだ。その内の誰かから離れなければ心配は要らん。ならばむしろシルビアには魔導研究の為に尽力してもらうべきであろう」
「……それもそうね」
「もう。二人してこんな時になんて話してるのよ。まるでシルヴィを重要な実験台だとでも言いたげじゃない」
「もちろんそんなつもりは無いわ」
「そうだぞ。私はただシルヴィのこれまでの努力を掻っ攫うような真似をしたくないだけだ。あの子は自らの力で魔導を身に着けたのだ。全て私のお陰みたいになってしまうのでは具合が悪い。だから眷属化は無しだ」
「はいはい」
これはただの言い訳としてとられてしまったな。むぅ。
「そうだ。研究所の名前を決めましょうよ」
ディアナが話題を変えようと素っ頓狂な事を言い出した。
「普通に魔導研究所で良いじゃない」
「それじゃあ可愛くないわ」
「可愛さ必要?」
そういう事にあまり口を出さないユーシャですら首を傾げている。
「必要よ! 魔導を本気で広めたいなら先ずは研究所に興味を持ってもらわないと! 注目されてる研究所から発表された情報ならそれだけ見る人も増えるでしょ!」
注目度なら心配要らんぞ? あと別に普段から研究所をそんな目で見る人は居ないと思う。私達が普段からアイドル活動でもするならともかく。やらんぞ?
『やりましょう♪』
やらないってば。でも姉さんとユーシャのユニットは見てみたいような。やっぱり人目には晒したくないような。
『ふふ♪ 姉さんはギンカだけのものですよ♪』
もちろんだ。
「まあ良いわ。何か考えてみましょう♪」
結局パティも乗り気になったようだ。酒の席での与太話と割り切ってるのが目に見えてるけど。
「妖精研究所」
「魔導無くなっちゃったじゃない」
ユーシャの投げやりな提案にパティがすかさずツッコミを入れる。
「エリクの魔導研究所」
「可愛くないわ」
えぇ……。
「最初に絶対入れたいワードを決めてみてはどうかしら?」
「そうだな。それぞれで出し合おう。そうすればディアナの欲する可愛さも付与できるやもしれん」
できるかな?
「最初は私からね♪ 勿論私は『魔導』よ♪」
パティ的に最も大切なのはそうだよね。
「研究所」
あかん。ユーシャに取られてしまった
「エリクは?」
「パティ」
「私?」
「『パティ』と入れよう。きっと可愛くなるぞ」
「もう♪ エリクったら♪ 私の事大好きね♪」
「もちろんだとも。さあディアナ。次はディアナの番だ」
いったいどんな単語で可愛さを演出するのだろうか。
「う~ん。難しいわね……」
自分で言い出した事だろうに。さてはディアナ本人も大して真面目に考えていたわけでは無いな?
「もう『パティの魔導研究所』でよくないか?」
「私『の』だけ? そんなの寂しいじゃない」
ならどんな魔改造を施すと言うのさ。
「決めたわ。『妖精』にしましょう♪」
どうやって組み込むの?
「妖精とパティの魔導研究所?」
「魔導師パティの妖精研究所?」
「妖精使いパティの魔導研究所?」
「皆テキトー過ぎるわ!」
そうかな? 結構頑張って考えてたと思うけど?
「魔導師パティと妖精王の研究所。これにしましょう」
結局大して変わらなくない?
「なんだか他の子達に悪いじゃない」
「皆妖精王の眷属か伴侶になるから問題ないわ!」
今後研究所の職員は全員私のお手つきになるの? いずれミランダも? 流石にそれはダメでしょ。
「それ私だけ除け者にされちゃうじゃない」
「やっぱり長いから魔導研究所に戻そうよ」
私もユーシャに同感だ。
『妖精魔導師パティの研究所。なんて如何です?』
姉さんも参加する? いっそここで登場するのはどう?
『ダメに決まってますよ!?』
良いじゃん。卒業祝いって事でさ。ユーシャも半年くらいとはいえ頑張ってくれたんだし。きっと喜ぶよ?
『くっ! 悪くない! けど!』
明日になったら結局説明が必要になるかもしれないよ? それかあの箱に眠る他の姉さんに先を越されちゃうよ?
『なっ! それはいけません! なんでもっと早く言わないんですかぁ!』
むしろなんで気付いてないのさ。
『いやでも! 流石にこんな場所では!』
今から場所移そうか? どこか夜景の綺麗な場所で天から降りてくるみたいな感じでさ。
『それなら私が!』
待って。ダメだぞ。今すぐに移動させたら。食い逃げになってしまうからな。
『わかりました! ならいっそ時間を稼いでください! 至急準備を整えます!!』
姉さんが私の中から消えてしまった。どこかに降臨の為の会場を作りに行ったようだ。でも本当に良いの? 自分で唆しておいてなんだけどさ。姉さんはもっと私達のピンチとかに颯爽と登場したいのだと思っていた。とは言え早々そんな機会も訪れないのだよなぁ。私はともかくユーシャまでピンチとなれば尚更だ。むしろ我々の戦力は順調に増しつつあるのだ。尚の事今後はピンチなんぞ訪れんだろう。権力者相手の政治的な危機に現れてもユーシャがテンションを上げてくれるとも思えんし。
「妖精魔導師パティの研究所。なんてどうだ?」
取り敢えず姉さんの代わりに提案しといてあげよう。
「「採用!」」
パティとディアナはお気に召したようだ。
「いいんじゃない? 意味はわからないけど」
ユーシャが冷静だ。
「妖精魔導師♪ 良いじゃないそれ♪」
背後から何者かが急に抱きついてきた。いや、聞き覚えのある声だ。
「アニタ? 何故ここに?」
「たまたまよ~♪」
本当か?
「申し訳ございません。我が王」
「わりぃな邪魔しちまって」
「シルクとタマラも一緒か。そうか三人で。気にするな。遠慮なく近くに掛けるといい」
三人も旧交を温めたかったのだな。昨晩は色々慌ただしかったし。
幸い私達の周囲はまだ席が空いている。三人が嫌でないなら一緒に飲むのも良かろう。姉さんもギャラリーは多い方が喜ぶだろうし。
「良いところに来たわね♪ アニタ♪ 今後の研究について色々話したかったところなのよ♪」
「勿論良いわ♪」
パティは早速アニタに絡み始めた。アニタも嬉しそうにパティと話を始めた。
「タマラお姉様♪ 私達タマラお姉様に教わりたい事がいっぱいあるの♪」
「おう良いぜ♪」
ユーシャはタマラに弟子入りを望んでいたものな。ディアナまでとは驚いたけど。メアリの事も忘れてやるなよ?
「ならば私と飲もうか。シルク」
「光栄です。エリク様」
あれ?
「シルク。その耳は?」
「これは擬態です。人の世に紛れるにはこれが手っ取り早いので」
しかも普段その身に纏う魔力まで抑えられている。こりゃ妖精族が見つからんわけだな。今のシルクはただの綺麗なお姉さんだ。誰も妖精族とは気付くまい。
「ふむ。そちらも似合っておるな。やはりシルクは綺麗だ」
「!?」
あらら。真っ赤になっちゃった。
「聞きました~? 奥さん?」
「ええ。ええ。この"耳で"バッチリと♪」
パティとアニタは息ぴったりだな。というかアニタはわざわざ耳を戻すな。こんな場所で。何の為の擬態だ。一応手で覆い隠してはいるけども。
「少し目を離した隙に早速口説いてる」
「エリクってああいうタイプ好きよね。パティも黙っていればシルクお姉様みたいな落ち着いた美人だし」
「やるな魔王さん♪ お硬いシルクも型無だぜ♪」
やかましい。シルクが増々赤面して縮こまってしまったではないか。
「悪かったシルク。別にからかおうと思ったわけではない。ただ思ったことがつい口から出てしまったというかだな」
「はい……」
なんか更に縮こまっちゃった。そして周囲のガヤも大きくなってしまった。
でもほら。妖精族が人にとって美人だって自覚してるのはシルク本人が言っていた事だよ? 今更この程度でここまで照れるとは思わないじゃん。あ、でもそっか。シルクも私の眷属なんだものな。特に魔力を止めたりもしてないし普通に好意を持ってくれていたのだな。
「ほれ。取り敢えず飲め」
酔ったらきっと気にならなくなるさ。
「……はい。エリク様」
「酔わせてナニする気かしら♪」
やかましい。メアリに言いつけるぞ。




