04-48.飲み会①
イネスは眷属化が完了した途端に意識を失ってしまった。
『教えても構いませんがどうせなら皆さんで考えてみては? 魔導の研究とも無関係でもありませんから』
そうだな。折角研究所を作るのだものな。眷属化による個人差はきっと魂の呪いとも無関係ではないのだろうし。
その後はシルビアとミランダを部屋まで送ってからディアナと合流し、四人で夜の町へと繰り出した。メアリは渋い顔をしていたが、今日だけですと念を押して送り出してくれた。
「流石にこんな時間じゃ大してお店もやってないわね」
張り切って前を歩くパティ。
デートは二人きりだと言っていた筈なのだが、途中で思い直したのか、まだこの後があるからなのか、ユーシャとディアナも連れて行こうと言い出したのだ。今はディアナと仲良く手を繋いで私とユーシャの前を歩いている。
「そりゃあな。居酒屋くらいしかあるまい」
「エリクが前に行ったところへ連れて行ってよ」
ユーシャは私の手を握ってご機嫌だ。
「今日だけはお酒解禁ね♪」
パティに手を引かれながらあっちこっち視線を向けていたディアナも話は聞いていたらしい。振り返ってそう言った。
「ちゃんと前を見て歩け。危ないぞ」
「は~い♪」
良いお返事。
こんな時間に少女だけで出歩くのだ。色んな意味で油断するべきじゃない。浮かれる気持ちもわかるがな。こういう時って無性にワクワクふわふわしてくるものな。
「ところでシュテルは誰が見ているのだ?」
「今日はタマお姉ちゃんのとこで寝るみたい」
「仲良くなるの早すぎないか?」
昨日の今日だぞ? タマラとは昨日出会ったばかりだぞ?
ユーシャもユーシャで珍しくお姉ちゃん認定してるし。アニタの方は呼び捨てだったのに。まあでも気持ちはわかる。タマラって見た目はラフなのに綺麗なお姉さんで、中身は陽気なお姉さんだもの。これでもかってくらい親しみやすい要素が詰め込まれているタイプだ。ユーシャやシュテルに限らず年少組は大体懐いていたしな。
アニタも内面は似たようなものなのだが、シルク共々その容姿が人間離れした美しさを放っている。少しばかり気後れしてしまうのも無理からぬ事だ。まあそれもすぐに無くなるだろうけど。タマラのようにあっという間に人気者となってみせるだろう。
「うかうかしてるとシュテルに乗っ取られちゃうかもね♪」
あの子も結構な人誑しだからな。ただでさえ赤子バフが乗っているのにその上とんでもなく懐っこい。そうして誰も彼もを魅了していく。しかも本人がそれを自覚しているのだ。
無理もない。見た目はあんなでもその本質は人の心を読む事に長けた神器だもの。願いを叶える力の副産物に過ぎなかったそれを人付き合いの上で有効的に活用しているのだ。末恐ろしいと言うかなんと言うか。将来が楽しみなような不安なような。本当にハーレムを乗っ取られるのも時間の問題やもしれん。
「ふふ♪ お母さんは心配だね♪」
「そうだな。健やかに育ってくれると良いのだが」
「手本次第だね♪」
そこは良いとも悪いとも言い難いな。私達は今の在り方を受け入れておるのだからな。シュテルだけにダメだと言うのもおかしな話だ。
「それにしても今日はユーシャもご機嫌だな」
「当たり前じゃん♪ これからずっとエリクの側にいられるんだもん♪」
「もしや明日も付いてくるつもりか?」
「うん。いけない?」
「まあ良いがな」
ニアはまた怒るかもしれんが。
「やった♪」
可愛い。
「エリク! ここでいいのよね!」
なんでパティは店知ってるの? 私言ったっけ?
四人で目的の酒場に入ると、既に夜も遅い時間だと言うのに多くの人達でごった返していた。座る場所あるかしら?
「よう! 大将!」
え?
呼びかけられた方へ視線を向けると、似た服装の男達の集団の中にベルトランが紛れて席に着いていた。流石にニコライはいないようだ。今日は近衛騎士の飲み会か何かかしら?
「ベルトラン? 何故ここに?」
席へ近付いていくとベルトランの周囲にいた何人かが気を遣って席を空けてくれた。(私だけ)恐縮しながら四人で席について、ベルトラン達と少し話をする事にした。
「特段何ってこたぁねえんだがな。普通に職場の飲み会ってやつだ」
「だがお前は酒を禁じられておっただろう」
「部下達連れて飲む時だけ許してもらえんだ」
陛下も大概甘いな。
「それより大将。昨日はまた随分派手にやったらしいじゃねえか」
「まさか見とらんのか?」
あれだけ修行に付き合ってくれたんだから当然見てくれているものと思っていたのだが。
「わりぃな。急用が出来ちまった」
まあ近衛騎士団長だものな。忙しくて当然か。この様子だと今日の事も聞かされておらんな。つい今しがたまで連泊で外回りでもしていたのだろうか。
「先日の礼もせねばならんな。少しばかり酌でもさせてもらえんか?」
「お♪ いいね♪ そうこなくっちゃ♪」
ユーシャだけは私に張り付いて身を固くしているが、パティとディアナもノリノリで周囲の騎士団員達に注いで回り始めた。これであの修行分がチャラになるとも思えんが、少しでも恩は返しておかねばな。ついでに話しておかねばならん事もあるし。
「それでだな、ベルトラン」
「なんだその切り出し方。今度は何やらかしたんだ?」
察しが良いな。流石だ。
「オルドニェス家の令嬢攫っちゃった♪ テへ♪」
精一杯高い声で可愛らしく媚を売ってみた。
「ぶっ!!」
おい。
「げほっごほっ……」
ああこれは別に私の名演技を笑ったわけではないのだな。この反応をするって事はやはりマズい状況なのだな。
「わりぃ。もう一度言ってくれねえか?」
「オルドニェス家の娘、イネス・オルドニェスを我が眷属に迎え入れた。当然親御さんの許可なんぞ貰っとらん」
「……冗談だろ?」
「マジだ」
何この反応? 想像以上に狼狽えている。そもそもなんだかんだと笑い飛ばしてくれると思ってたのに。
「また面倒な家を敵に回しやがって……」
頭痛が痛そう。
「それで? 俺に何をしてほしいんだ?」
「いや。この件では何も。だがそろそろアルバラード家にもご挨拶に伺いたいと思ってな」
こうして運良くベルトランに会えたのは幸いだった。リリィに遣いを頼むって手も無くは無いが。けどリリィを帰す時は私達も付いていきたいからな。事前のアポ取りが必要だ。
出来れば私達がディアナの実家に帰る前にリリィとマーちゃんをそれぞれの実家に一時帰宅させておきたかったのもある。休暇中くらいは顔を見せておくべきだろう。それぞれ同じ王都に住んでいるのだし。まあ今回は本当に顔見せだけで終わってしまうけど。二人もディアナの実家について来たがってたし。
「都合良く利用すんじゃねえよ」
「違うぞ。ただ少しご迷惑をおかけしかねんからな。そのお詫びも済ませておかねばと。あくまでリリィとスノウの件のついでにな」
そう言えってニアが。
なるほど。これが貴族らしいやり方なのだな。勉強になります。
「たくよぉ。大将までそっちに染まっちまったのか? あんまり俺は好きじゃねえぞ?」
「その辺りは勉強中だ。だが今の私を捨てるつもりも無い。安心するがいい」
「そうかい。けど良いのか? そんな次から次へと俺に借りを作っててよ」
「今度騎士団の代わりに討伐依頼でも受けてやろうか?」
「勘弁してくれ。大将に動かれたんじゃぁまた騒ぎになっちまう」
「なら大人しくしている事が礼になるだろうか」
「そりゃぁ都合が良すぎんだろ」
「ならこれで我慢する事だな。デートを中止してまでこうして酌をしておるのだ」
「高く付きすぎだろ」
「なにせ天下の近衛騎士団長様が追い求める女だからな♪」
「あ~やだやだ。エリクまで染まっちまいやがって」
そう言いながらもニヤけているぞ? 案外チョロいなこの男も。
「俺は味方にはつかねえぞ」
「近衛騎士が敵に回らないだけで十分だ」
「それもなんとも言えねえよ。オルドニェス侯が厄介なんはそこだぜ大将」
「えらく持ち上げるな」
「精々甘く見ねえことだな。俺から言えるのはそれだけだ」
「十分だ。感謝する」
さて話を変えてやるか。このままじゃ折角の酒が美味しく飲めんだろうからな。




