04-29.お伽噺の妖精
「どうしてこうなった……」
「ほらエリク! ぼさっとしないで! 次はこっちよ!」
「待って! 待って! 腕取れる!」
「大丈夫よ! しっかりついてるわ! はいバンザ~イ!」
シクシク……。
「次持ってきたで! パティ姉さん!」
「そこ置いといて! ディアナ! これはどうかしら!?」
「う~ん、次!」
「そうね! はいもっかいバンザイよ!」
うぅ……これではまるで着せ替え人形だ……。
まるでも何も、本当に着せ替え人形にされているんだけども。何故か妖精女王との契約について話すと、パティ達は慌てて私を飾り付け始めたのだ。
「なあパティよ。何故そんなにも乗り気なのだ? これは婚礼の為の衣装なのだろう? 私が妖精女王の伴侶となっても良いと言うのか?」
「え? もしかして知らない? 妖精の嫁入りってお伽噺」
「ああ。聞いた事が無い」
「ダメよ。それじゃあ予習不足じゃない」
そんな事言われたって……。私と一緒に妖精王の設定を練ったパティ本人が私に言ってこなかったんじゃん……。そもそも妖精が本当に存在すると思っていなかったから、わざわざ聞かせるまでもないと思ったのかもだけど……。
「いえ、ごめんなさい。私の落ち度だわ。エリクが妖精の事を知っていたから当然そのお話を知っているものと勘違いしていたの」
ああ。そっちか。
「お伽噺の内容は簡単よ。ある日突然妖精から誘われるの。妖精はその誘いから数日の内にその相手を攫ってしまうわ。その時しっかり着飾っていれば妖精はその人のお嫁さんになって一緒に帰ってきてくれる。けれど逆にみすぼらしい格好だったなら帰してくれないの。そうなると二度とは外に出られない。妖精のお婿さんとして妖精の里で暮らすしかなくなるの」
なるほど。服装で相手の家柄やその人が家族から大切にされているか等を見抜くのか。パティ達は何故か今更になってそのお伽噺を真に受けておるのだな。
「そんな心配は要らんぞ。里で暮らす必要は無いと言質を取っている。何より妖精女王本人が私の支配下だ。私を閉じ込めるなんぞ許さんとも」
「まあそうなんだけどね。でもほら。このお伽噺ってこの国の人達どころか世界中の皆が子供の頃に語り聞かされてきた類のお話だから。妖精が実在した以上、きっと何かしらの意味があると思うの」
まあそういうのに倣いたい気持ちも分かるがな。
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「ああ。そりゃ事実だな。オレもそうやって里に連れてこられたんだ」
そうなの? と言うかタマラすら知ってたんだ。そのお伽噺。
「違うわ。きっといくつもの話が混ざっているのよ。別に何か特別な意味があるわけでもないわ。普通に見るに見かねて子供を攫ってきたり、気に入った相手がいれば人間のルールに従って嫁入りしたりね。そんなの人間同士でもあり得る事でしょう?」
まあ、誘拐はともかく特段おかしな話でもないな。少なくともお伽噺にする程ではあるまい。子供や家族を大切に。なんて教訓が込められているだけのありふれたお伽噺だ。きっと人間側の都合で残っていただけの話なのだろう。
「昔は妖精族の多くが人と交わって生きていました。そんな時代の名残でしょう」
なるほど。
「今でもごく一部の者達は外の世界で暮らしています。そんな者達も正体を隠すのが当たり前です。とは言え嫁入りするとなればその正体も明かすのでしょう」
ふむふむ。そうして噂だけ広まったのやもしれんな。そのお伽噺は本当の事だと、妖精は存在するのだと、根強くお伽噺だけが語り継がれてきたのだろう。
「元より妖精族の容姿は人にとって魅力的なものだそうですから。それに妖精族は好奇心の強い者が殆どです。人と妖精の恋愛はそう珍しいものでもありません。実際我々の間でもいくつか語り継がれています。今尚里の外に出て暮らす者達がいるのもそうして伝わった話に興味を持ったからです」
本当に嫁入りする為に人の世に混じっているのか。気付いていないだけで結構な数の妖精達が人の世で暮らしているのかもしれんな。
「だがカルモナド近辺には妖精達が居ないのであろう? それは何故なのだ?」
「国自体が強すぎて際立った勇士が生まれ辛いからだな。妖精達は特別に強いやつが好きなんだ。だからオレみたいな子供を攫って鍛え上げるんだ」
へぇ~。タマラの強さってそんな英才教育の賜物だったのか。
「その認識は少し違うわね。私達が好きなのは波乱に満ちた人生よ。勇気と友情と努力で困難に立ち向かっていく英雄が何より大好きなの。だからそんな人達の側に寄り添うのよ」
ジャ◯プとか好きそう。今度語って聞かせてあげようかしら?
タマラが語った目を付けられた理由は随分と言葉が足りていなかったようだ。きっとその反骨精神をこそ気に入られたのだろう。幼いタマラは恵まれない境遇にもめげず、困難に立ち向かっていたのかもしれない。
「けどな。妖精って皆優しいんだ。だから目付けた相手はとことん守って育てちまう。結果自分達の理想とする困難なんて訪れねえんだ。理想の英雄様の苦難を自分達で台無しにしちまうんだからな。しかもそれを見限れる程薄情でもねえ。結局側に居続けるんだ。満たされない想いを抱えたままな」
なにその……ダメ男製造してそうな感じ……。しかも妖精達が目をつける程ガッツのある者達こそ堕落させられるんだよね? 見限られないだけまだ温情かぁ。
「まあ確かにそんなところも無くはないわね」
「タマラが出ていったのはそれが理由だったのですね。もしやとは思っていましたが」
「あ、やべ」
ふふ♪ タマラなりの恩返し的なものでもあるのか。自分の冒険譚を聞かせる事で里の皆を楽しませたかったのだろう。
「だがオレも負けちまった。しかも心まで囚われちまった。オレの冒険もここらで終いかなぁ」
「そんなわけなかろう。私の片腕としてまだまだ働いてもらうぞ。なに。心配は要らん。トラブルに巻き込まれる事だけには自信がある。それに我らには竜王国への遠征という特大イベントも残っておるのだ。その後は神器探しの旅だ。これはまだ家族にも相談していない事だから確定ではないがな」
「流石は魔王さんだぜ♪」
やべ。神器は存在自体内緒だった。話を変えよう。
「もういい加減妖精王と呼んでくれても良いのでは?」
「なんかそう呼んじまうと魔王さんまでオレの親みたいになっちまうじゃんか」
ああ、そういう。
「だが妖精王を魔王と呼び続けるのもマズいのでは?」
「そうね。流石に魔王はダメよ」
「普通にお名前をお呼びすれば良いのでは?」
「それは……なんか照れくさいじゃねえか」
「あらあら♪」
「ほうほう。これはこれは」
「んだよ!? そんな目で見るんじゃねえよ!?」
「エリク様。私も貴方様に興味が湧きました」
「シルク殿も来るか? アニタのお目付け役を引き受けてくれるならば歓迎しよう」
「……悩みどころですね。折角開放されるというのに」
「ちょっと!? シルク!?」
「ぶっははは!! 言われてやんの!!」
「タマラ! そんな笑うことないでしょ!」
賑やかだなぁ。ふふ♪




