04-28.強引な種族と変わり者
「エリク? タマラはどうなったの?」
「タマラは心配ない。妖精の里に到着した。妖精女王との謁見も叶った。しかし同時に一つ問題が生じた」
「問題?」
「タマラを通じて私の魔力を吸い出されてしまった。どうやら妖精女王は私をタマラから引き剥がそうとしたようだ」
「それって……」
「うむ。やはり妖精女王とて例外ではないようだ。私の魔力を取り込んだ影響は受けている。本人がそう口にした。すまない。私はまた勝手に魔力を渡してしまった」
タマラや他の者達の時とは状況が違う。私は家族以外の誰かに無断で魔力を渡さないと約束していたのに。診察の為ならともかく、あんなにごっそりと持っていかれるのは完全にアウトだ。私はまた約束を破ってしまった。
「仕方ないわよ。エリクにも止められなかったんでしょ?」
「うむ……」
「それで? 女王様は?」
「私の魂に手を出そうとして気絶した。これもソラの時と同じだ」
「そう。なら目覚めるのを待つのね。タマラは大丈夫? そんなところ見られたら疑われない?」
「いや。そこも心配は要らん。女王の側に居た者がタマラとも古い付き合いのようだ。女王は元々病を患っておってな。それが私の魔力で癒えた結果、昏倒も回復による一時的なものと判断してくれたようだ」
「ならまあ、結果オーライよ。引き続きお願いね」
「うむ」
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「女王様が目覚めました。行きましょうタマラ」
「おう」
女王から念話でもあったのか、タマラと談笑していたシルク殿がそう言って立ち上がった。
シルク殿に先導されて再びアニタの寝室に戻る。
「来たわね♪ タマラ♪ それから、あ・な・た♪」
「!?」
「あなた? 誰の事を言っているのです?」
「あら? シルクには話して無いの?」
こんにゃろ……。やっぱそういう意味だったのかよ……。
「もう♪ 照れているのね♪」
「おい待てアニタ。この人はオレんだぞ。取んじゃねえよ」
えぇ……。それはそれでどういう事なの? タマラもさっきは同意しろって言ってたじゃん……。
「あら♪ そういう関係だったの♪ ごめんなさい♪ 先程言っていた将来を誓った相手ってタマラの事だったのね♪ それならそうと早く言ってよ♪ ちゃんと責任取るつもりだったなら皆も怒ったりしないわよ♪」
なんだかなぁ……。これいったいどこからツッコむべきなのだろうか……。取り敢えずこのまま黙っているのはマズいな。外堀が埋められてしまいそうだ。
「でも安心して♪ 人間としてはタマラを娶るといいわ♪ その代わり妖精としては私の事もお願いね♪ ちゃんと責任取ってくれるわよね♪」
「女王様!? いったい何を仰っているのですか!?」
やばぁい……。
「待てアニタ。その手には乗らんぞ。契約は失敗した筈だ。代わりに言葉で外堀を埋めようとしてもそうはいかん。妖精女王を名乗っておきながら狡い手を使うでない」
「タマラ!? いえ!? あなた誰ですか!?」
「すまない。シルク殿。私はエリク。今はただのエリクだ。私がタマラの言っていた"アテ"だ」
「……とするとあなたが?」
「うむ。私の魔力は呪いを打ち消す。そういう特性があるのだ。アニタを癒せたのは運が良かった。だが同時に一つ問題が生じてしまってな」
「問題とは? このアンポンタンぶりとも何か関係が?」
言われてるぞ。アニタよ。
「用法用量を守らんかったのだ。アニタが無理やり私の魔力を奪い取りおった。その結果極度の依存症に陥ったのだ」
「女王様……」
シルクが呆れている。言っといてなんだけど、よくこっちを真っ先に信じてくれたな。女王様信頼無さすぎじゃない?
「だってぇ~! タマラがぁ~!」
「オレか!? アニタが悪いんだろ! 魔王さんは止めてたじゃねえか!」
まああの時点で止まってても手遅れだったとは思うが。
「シクシク。私はタマラの為にって……」
「はぁ……わけはわかりませんが、女王様が何かやらかした事だけはわかりました。まったく。欠片も反省しておりませんね。女王様が呪いに蝕まれてどれだけの者達が嘆き悲しんでいたと思うのですか。大体あなたはですね!」
「だってぇ~!」
「だってもさってもありません! 今度という今度こそは許しませんよ!」
「ごめんなさぁ~い~!」
あかん。これは長くなりそうだ。
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「それでね……私、エリクに服従させられちゃったの……」
どうやらあのプロテクトはただ気絶させて終わりなわけではないらしい。その真価は干渉をそのまま跳ね返す事にこそあったようだ。
そして今回アニタは私とアニタの間に五分五分の対等な契を結ぼうとした。これでも一応、アニタはなんだかんだとフェアな女王様ではあったようだ。ちょっと予想外。しかしそれも失敗に終わった。私の分の束縛は反射され、十零の完全支配の関係となってしまったようだ。まさか何もしていないのに眷属が増えるとは……。
ソラの時は既にソラ自身が私の支配下に置かれ、その事を受け入れてもいたから影響は無かったが、アニタの目論みは完全に裏目に出てしまった。
ぶっちゃけこれは大変にマズい。妖精女王が魔王の下僕では示しがつかない。だからあくまで対等なパートナーだと示さなければならない。そう考えたアニタは取り敢えずごり押す事にしたそうだ。それもこうして失敗したわけだけども。
「皆に何と説明すれば……」
「言わなきゃバレないよ?」
「だまらっしゃい!」
「はい!」
お怒りシルク殿の前ではさしもの女王陛下も型無だ。
「私としても妖精王を名乗らせて頂けるなら有り難い。実際のところ利害関係の一致でそう示し合わせる事は難しいだろうか?」
「無茶を仰いますね」
「すまんな。実を言うとそれを謝りに来たのだ。私は妖精達の存在を知らずに妖精王を名乗っていた」
「それは……正直問題無いのでは? 我々が姿を隠しているのは我々の都合です。外の社会で誰が何を名乗ろうと関係もありません。我々が徹底して隠している情報を人間が知らないからと言ってそれを我々が責めるのはただの理不尽です」
そう言ってくれるなら有り難いが。けどタマラの話と違うぞ?
「そんな風に考えるのはシルクだけでしょ。皆は怒るわよ」
「そうですね。エリク殿には申し訳ないと思いますが」
なるほど。やっぱりシルク殿だけが異質なのか。話を聞く限りアニタやタマラの方が一般的な妖精の感性をしているっぽい。タマラは間違いなく人間だけど。まあ妖精に育てられたって話だからな。さもありなん。
「だからね♪ 必要な事だと思うの♪ 良いでしょ♪」
「……やむを得ませんか」
あらら。シルク殿まで……。
「わかりました。大至急戴冠の用意を。エリク様を新たな妖精王として迎へ入れます。どうぞアニタ様をよろしくお願い致します」
「シルク殿。申し訳ないが私は妖精達の王として君臨するつもりはない。あまり大事にされるのは困るのだが」
「ご安心を。一度だけ皆の前で姿をお見せ頂ければそれで終わりです。妖精の王と人の王とでは全く意味が異なるのです。我々に統治は必要ありません。こちらにご滞在頂く必要もありません」
「本当にそれだけで良いのか?」
「ええ。アニタ様のツガイであると示していただければ」
「……すまん。それは出来ない。私には既に」
「気にする必要はありません。こちらも同じです。人のツガイとは意味が異なります。ですから人の社会とも何の関係もありません。そちらにご迷惑をおかけする事はないかと」
「いやしかしだな……」
「もう。心配要らないってば。最初に言ったでしょ? 別に子を成そうって話じゃないんだし。強いて言うならあれよ? あなたは私の食料よ♪ 毎日その魔力を分けてくれればそれで良いの♪ 代わりに私の全てをあげる♪ これはそういう契約よ♪ 養ってね♪ 旦那様♪」
「おい。まさかこちらに来るつもりか」
「そうよ♪ 当然じゃない♪ それともあなたがこっちに来てくださるかしら♪」
「必要無い。パスを通じて魔力は送り込める」
「私の事は貰ってくださらないの? それは不公平よ」
「だいたい妖精達も困るだろうが」
「いえ、特に困る事はありませんね。百年でも千年でもどうぞお連れください。エリク様には想像し辛い事かもしれませんが、妖精とは元よりそういうものなのです」
「決まりね♪」
あかん。逸し先間違えた……。




