04-25.決着
「おいおい! さっきまでの威勢はどうしたぁ!」
『こんのぉ!』
正面からの殴り合いでは埒が明かず、ソラは地を蹴って後方に大きく距離を取った。タマラはそれを逃さず、こちらにピッタリ張り付いて追撃をしかけてくる。
『!!』
ソラは一瞬宙に浮かび、タマラの拳を竜の腕で防いで、その勢いを利用して更に後方へと距離を取る。
『ああっ! もうっ!!』
だいぶ苛ついている。やはり私の身体では思うように動かないようだ。
『もっと集中してよ! 主様!』
うむ!
タマラは今度は追撃せずに待ち構えている。ニヤニヤと心底楽しそうに余裕の表情を浮かべている。私のインチキは当然察しているだろうが、そこに言及する様子も無い。
『行くよ!』
ソラは今度は空に飛び上がった。背中の翼を広げて身体に魔力を纏い、みるみる内に高度を上げていく。そうしてあっという間に雲すら超えてしまった。既に公爵邸は豆粒サイズだ。そこでようやく停止したソラは今度は躊躇無く落下を始めた。翼をたたみ、全身に纏う魔力を流線型に変化させ、一直線にタマラの下へと迫っていく。
ソラのお得意のやつだ。私はこれに敗れてしまった。果たしてタマラはどうだろうか。私の身体では竜形態時のソラ程質量は無いから、屋敷ごと消し飛ぶなんて心配は要らんだろうけど。でも庭は荒れるだろうな。メアリ達が悲しむな。後で復旧作業を手伝おう。
『主様!!!』
まずい!
『集中!』
うむ!!
危ない。危うくバランスを崩しかけた。とにかく集中だ。もう余計な事を考えるな。失敗して屋敷に突っ込んでは洒落にならん。ソラを信じて任せよう。
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「戻ってきました!」
「エリク! もう! 無茶しすぎよ!」
「タマラって人は大丈夫かな? バカ正直に受け止めるつもりみたいだよ?」
「タマラだけじゃないわ! 全員衝撃に備えなさい!!」
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接触は一瞬だった。相変わらずのニヤケ面でこちらを見上げていたタマラは今までと違う構えに切り替えていた。そうして再び二つの拳がぶつかり合う。轟音と共に強烈な衝撃が生じた。タマラの足元を中心に地面が陥没し、それでも溢れた分が四方に散っていく。庭の草木をなぎ倒し、綺麗に整えられたタイルやレンガが剥がれ飛ぶ。そのまま巻き上げられた土煙が周囲を埋め尽くした。
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「全員無事ですか!?」
「大丈夫よ! 四人のお陰だわ!」
「どうにか魔力壁が間に合いましたね」
「クーちゃんには後でお仕置きだね。まったくもう」
「シル姉さんも無茶し過ぎや! なんで真っ先に前出るん! 心臓止まるか思たわ!」
「あはは~。ごめんね。つい~」
「ありがとう。レティお姉様、ファム、アカネ、シルヴィ。あなた達の魔力壁も大したものね♪」
「!? そんなっ!?」
「待って! 姉様! ダメよ! まだ近付いちゃ!」
「けど! あの人が!」
「エリクが? 何が……え?」
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「っ……あらら」
「随分と呑気だな。自分の状態はわかっていよう?」
「……さあな。全然動けねえんだ」
「両足が折れているようだな。それに片腕も吹き飛んでる。無茶をしたものだな」
「無茶したのはどっちだよ。たく。片腕ねえのは魔王さんもだろうが」
「言っただろう。私の身体は作り物だ。何度でも直せるさ」
「ならオレも早く治してくれ。流石に死んじまうぞ」
「負けを認めるのだな?」
「ドSか!」
「まあそうだな。意地が悪かったか。わざわざ確認せずとも治してやるべきだったな。今更私の勝利は揺るがんのだし」
「さっき戦ってたのあんたじゃねえだろ」
「さてな。生憎と何の話だかわからんな」
「へっ。別に隠す事ねえじゃんか。オレはもうあんたの嫁なんだろ? 仲良くやろうぜ」
「勘違いするな。お前は私の所有物だ。戦利品だ。嫁になりたくば他の家族を説得する事だな」
「けどパティはハーレムに入れって言ってたぜ?」
「……そうだったか?」
「おい。今更惚けんのかよ。傷物にしやがったくせに」
「安心しろ。腕も含めて綺麗に治してやる」
と言うかもうだいぶ治ってる。腕もニョキニョキ生えてきた。ちょっと、いやだいぶグロい。目逸しとこ。
「エリク!」
振り向くと同時にパティが抱きついてきた。他の皆も一緒だ。ソラだけはいないけど。
無理もない。どうやら痛みもフィードバックしてしまったらしい。腕を失った痛みで苦痛の声をあげるソラを見かねてこちらから接続を切ってしまった。もうソラは十分に役目を果たしてくれた。後はゆっくり休んでいておくれ。
しかし私のこの身体にはそこまでの痛覚なんぞ無い筈だ。皆無では無いけれど。痛みというか、触覚は必要だったし。痛みも痛みで無いと困るし。
やはり【支配】は術者側の感覚も再現されるようだ。私が人形の身体で周囲を見渡せるように、ソラの本来持っている痛覚をこの身体に重ねてしまったのだろう。
だがそれはイメージ次第で抑えられる筈だ。私はこの身体の感触や痛みを感じ取れている。本来薬瓶には存在しないものをだ。けれど同時にソラが先程感じていた程の強烈なものでもない。
元々持っているものはそのイメージを引きずりやすいのだろう。私は数百年痛みなんぞ感じた事が無かった。だから痛覚だけが鈍いのだろう。
「もう! 何時も無茶ばっかり!」
「悪かった。調子に乗りすぎた。だが大丈夫だ。私は勝ったぞ」
「勝ったのはソラでしょ! ソラも後で叱ってやるんだから!」
「どうか許しておくれ。あの子は私の無茶振りに応えてくれただけだ」
「わかってるわよ!」
あらら。どうしたものかな。
「取り込み中わりぃんだけどよ。半端なところで止められるとめっちゃ痛えんだけど。続き頼んでも良いか? それとも魔王さんの方先に済ませるか? なら我慢してっけど」
「ああ。すまん。大丈夫だ。私の事は気にするな。こっちは何故か治らんのだ。それよりタマラの方を続けよう」
何故私の腕は再生せんのだろうか。魔力を流してみてもうんともすんとも言わない。消し飛んだ時に竜化させてたから? もしかしてなんかバグってる? それとも腹の穴は治せて腕は生やせないのだろうか。タマラの腕は生えてるのに? よくわからんな。後で姉さんに相談してみよう。ダメならジュリちゃんのところに行くとしよう。いっそ新しい機能を付けてみても良いかもしれん。
「ポチ? ダメだよそんなの咥えてきちゃ。元あった場所に返しておいで」
「お待ちください!」
「ダメよファム。そんなの庭に放置しておけるわけないでしょ」
「驚きました。随分と綺麗な状態ですね」
「妖精王の腕より丈夫って事なのかしら?」
「なあ。あれオレの腕じゃね?」
「らしいな。こうもすぐに見つかるなら新たに生やすよりくっつけた方が早かったな」
「……魔王さん付けてみろよ♪」
「は?」
「魔王さんのそれ治んねえんだろ? なら良いじゃねか。ものは試しだ♪」
「えぇ……」




