04-24.竜と魔王
「なるほど。やはりそれで止めたのか」
確かにあのまま続けていてはな。結局勝負に拘って大局を見失いかけていた。もう少しやり方は考えねばな。
『考え直してよ主様。我ならあれに勝てるよ?』
「ダメだ。私が勝つ方法を考えておくれ」
『拘ってるの? そんなの無理だよ。準備が全然足りてないもん。我が手を加えてなかったらとっくにバラバラだよ?』
「手を加えた? どういう事だ?」
『やっぱ気付いてなかったんだ。我が主様の身体弄ったんだよ。馴染みきってなかったから。主様の魔力を誘導して骨の芯まで染み込ませたの。臓器も肉も皮膚も細かい繋ぎ目を一つずつ消していったの。前より再生早いでしょ? 骨はすっごく硬いでしょ? 主様の身体はまだ完成してないの。このまま殴られ続けたらズレてくっついちゃうよ? それでもいいの? ここは我に任せておこ? ね? 良いでしょ?』
なんか凄い事言い出した。え? 何時の間に? 全然気付かなかったよ? マジで? そんな事してくれてたの? ソラはやっぱり凄いなぁ。何時もキスの最中に懲りずに魔力を流し込んできていたのはそういう理由だったのか。私はてっきり下剋上が目的とばかり。どうしても私の主になりたいのかと思っていた。実際それはそれで諦めてないだろうけど。
「ありがとう。ソラ。お陰で私は戦える。だが今はもう少しだけ力が欲しい。だからどうか力を貸しておくれ」
『それじゃあ!』
「いいや。決闘の場に立つのはあくまで私だけだ。ソラは私を【支配】しておくれ。私の魔力と身体を好きに使って構わん。パスを介してソラが遠隔で私を操るのだ。私に出来る程度の事だ。ソラなら造作もなかろう?」
『無茶言わないでよ! 念話だけでもまだ十分な完成度だなんて言えないのに!』
「だが使えたではないか」
昨晩ソラはやり遂げてくれたのだ。確かに今はまだ実用段階とは言えんが、方法が無いわけでもない筈だ。
『主様が集中してる間はね! けど念話使うだけでも身動きすらままならなかったじゃん!』
私の練度不足のせいなのか、開こうと強く集中せねばソラがパスを逆に辿って言葉を送る事は出来なかった。言葉以上のものを送ってくるとなれば更に負荷は増すだろう。やはり私はまだまだだな。ソラが引っ込めと言うのも無理からぬ事なのだろう。
だが理論的に不可能なわけではない筈だ。言葉を送るのも支配の為の命令を送るのも結局は同じ事だ。魂に直接触れるのでなければ姉さんの仕掛けたプロテクトも機能しない。あくまでソラは既に存在するパスを使って私の身体を動かすだけだ。ソラにならきっと出来る筈だ。支配どころか私の身体を作り変える事までしていたのだから。私に扱える支配なんてそれより遥かに簡単な筈だ。例え口づけという接触が無くともパスを介して同じ事は出来る筈なのだ。
「だから私は身体を明け渡す。受信機である事に専念する。ソラが私を使うのだ。この身の全てを委ねよう。私はなんとしてもあいつに勝ちたい。どうか協力しておくれ」
『それこそ危険だよ! 無防備な状態であんな奴の前に立つって事でしょ! 我が前に出るから素直に任せてよ!』
「ダメだ。私はソラを危険に晒すつもりはない。やつを甘く見るな。タマラはまだ何かを隠している。それが見えん内はソラを前に出すなんぞ出来る筈もあるまい」
『けど!』
「忘れるな。この身体はあくまで仮初のものだ」
『だからって負けたら困るんでしょ!』
「ソラなら絶対に勝てる。それともなにか? ソラは自らの身体でなければ勝つ自信が無いのか? 私の信頼は見当外れだったのか?」
『そんなわけないじゃん! あんなやつ我が本気を出すまでもないし!』
「なら構わんな。任せるぞ。ソラ」
『もう! ちゃんとご褒美頂戴よ!』
「ならば今晩はソラと過ごそう」
『絶対勝つ!!』
よしよし。その意気だ。ソラ。
「あなたまさかこんな小さな子にまで手を出してるの?」
「姉様。話しがややこしくなるからそういうのは後でね」
後で追求されるの? それはちょっと。
仕方ない。ニアには早々にお帰り頂こう。ギルドの件も早急に詰めねばならんからな。どの道ニア自身も忙しいだろうさ。仕方ないね。うん。
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「作戦会議は済んだんか?」
「待たせて悪かったな。だがその甲斐はあったと思えるさ。ここからは間違いなくもっと面白くなるぞ」
「へっ♪ 良いね♪ まだまだやる気満々じゃねえか♪」
お主もな。
よし。ソラ。頼むぞ。
『いくよ!』
ソラに身体を明け渡すと目に見えて変化が現れた。私の手足は竜のように変化し、翼と尾、それから竜っぽい耳まで生えてきた。ソラが自分の戦いやすいように変身術でカスタマイズしているのだ。なんだかんだ本気になってくれたようだ。
「竜人ってか? また妙な術使いやがって♪」
もうなんでも嬉しそうじゃん。それだけ期待度も高いのだろう。精々がっかりさせぬようにせねばな。
『誰に言ってるのさ!』
開始の合図も無しにソラは自ら殴りかかった。人と竜の間のような拳を握りしめて、その強固な鱗を纏った一撃を叩き込む。タマラは当然のようにカウンターを仕掛けてきた。
私の拳とタマラの拳がぶつかり合う。魔力と鱗が今度はタマラの拳を止めてみせた。流石ソラ。私のとは強度が雲泥の差だ。というかこれと私の比べたら私のなんて紙切れだな。
『集中して!』
うむ。そうだな。私がパスの開放を維持しきれず、ソラの支配が途切れて負けてしまっては笑い話にもならんものな。任せるぞ。ソラ。
「おいおい! まじかよ!?」
あっちも楽しそう。今の強さを得てから受け止められたのは初めてだろうしな。今日は思う存分殴り合うといい。
『さっさと終わらせる!』
ソラは拳の乱打を浴びせ始めた。そういうのって最後の必殺技じゃないんだ。なんちゃらガトリングみたいな。
タマラは一つ一つ丁寧に自らの拳で打ち返してくる。ただただ嬉しそうに拳を打ち付け合う。いや。嬉しそうにしているのはタマラだけだ。パスを通じて伝わってくるソラの感情には早くも苛立ちが混じり始めている。タマラの想像以上の反応速度と私の身体の動きの悪さに焦れているようだ。
とにかく集中しよう。もっとソラと一体になろう。ソラの支配に身を任せよう。タマラの拳にビビってはダメだ。私の硬直はそのままソラの足を引っ張る事になる。私はただ無心でソラに身体を委ねるのだ。心を開き、パスを広げ、身体に流れるソラの意思と魔力に抗わず。
深く深く。強く強く。
もっともっともっと。ただそれだけを。




