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04-22.魔王vs勇者②

 ダメだ。勝てる気がしない。


 勿論諦めるつもりは微塵も無い。というか当初の目的自体は普通に達成できた。眷属化は既に完了している。しかし何故か決闘が終わらない。これは誤算だった。眷属化さえ出来れば勝利確実だと勘違いしていた。タマラは想像の遥か上をいく化け物だった。



 タマラの手が触れたものはたった一つの例外を除いてその尽くが破壊されていく。魔力壁も魔装も竜鱗もだ。


 唯一耐えられたのはミスリルを纏った竜骨だけだ。私の体内にあるこれだけが彼女の攻撃を辛うじて受け止めている。


 腹を貫かれた時は骨を避けていたが、自分の攻撃を受け止めるものが存在すると気付いた彼女は、頭部だけを執拗に狙って攻撃を仕掛けてきた。どうやら最も硬い頭蓋を力尽くで砕いてみたいらしい。


 彼女のそんな遊び心のお陰でなんとか五体満足でいられている。正直助かっている。流石に完全な欠損状態から復元出来るかはわからんからな。出来たとしても相応に時間がかかるだろう。そもそもタマラ自身に私の手足を削るつもりが無いから要らん心配だけど。



 タマラは心底楽しそうだ。でも美人が凄むと怖いって本当だよね。歯を剥き出して笑みを浮かべるタマラは捕食者そのものだ。そんな彼女が一瞬で至近距離に迫って嬉々として殴りつけてくるのだ。


 ぶっちゃけめっちゃ怖い。もう今すぐ逃げ出したい。私のそんな思いに反して逆にタマラからは強烈な好意を感じる。


 既に愛されていると言っても過言ではあるまい。当然眷属化と依存症の影響もあるが、自分と対等に渡り合う? 私の事が随分とお気に召したようだ。


 と言うより正確にはお気に入りの玩具に近いかもしれん。きっと一つのテディベアとかを何十年も抱いて寝るタイプなのだろう。どんなにボロボロになっても決して手放すまいとする強い執念を感じる。いやこの例えはちょっと違うか?


 要はあれだ。私の魔力によって私もタマラも半永久的に動けるのだ。そこに気付いてしまったのだ。それこそこの決闘が終わらない真の理由だ。タマラは自らの意思で私の魔力を受け入れてしまったのだ。


 眷属化出来たのもそれ故だ。彼女自身が永遠に殴り続ける為に私の魔力を喜んで受け入れているのだ。絶対に壊れない丈夫な玩具が体力の回復までしてくれるのだ。彼女の好意が高まるのも自然な事なのだろう。そもそも魔力を過剰に流し続ければ精神への影響も図り知れんのだし。だからこそこうして私を愛おしそうに傷つけてくるのだ。マジ怖い。




 もちろん私達だってただの好意だけで勝利を確信していたわけではない。私の魔力を流せると言う事は、それすなわち【支配】も出来るという事なのだ。眷属化すれば一切の抵抗を奪える筈だったのだ。


 既にタマラ自身の魂から私の魔力が湧き出し続けているのだ。最早タマラの身体は完全に私のものだ。だと言うのに操れない。おかしい。こんな筈じゃ無かったのに。


 【支配】は絶対のものだと思っていた。しかしタマラはそれすら強引に破ってくる。あり得ない。こっちはタマラの筋肉を直接操っているのだ。それがどうして止められようか。先程の魔装とすら違うもっと直接的なものなのだ。【支配】が破られるとは一切想定していなかったのだ。



 いや、既に理由はわかっている。私の制御技術が追いついていないのだ。【支配】には若干ながらラグがある。これも本当に私自身気付かなかったのだが、私より遥かに高い肉体操作技術があれば支配の影響を振り払えてしまうのだ。



 この【支配】とは大雑把に「止まれ」などと指示を与えられるわけじゃない。自らの身体を硬直させるようなイメージを持つ必要がある。自分の身体が二つあるようなものだ。タマラの身体を自らの身体の延長として認識しているのだ。


 タマラは私の支配が及ぶ前に自らの意思で身体を動かしてしまう。それによって私はタマラの身体を一瞬見失ってしまうのだ。その一瞬は命取りだ。その一瞬のズレによって命令が不発に終わってしまうからだ。私はもう一度タマラの肉体を認識し直すところからやり直さねばならない。後はそれの繰り返しだ。


 当然これは言う程簡単な話じゃない。タマラは自らの内に流れる魔力と私の意識を的確に読み取って、"後の先"で支配を拒絶し続けているのだ。直感的な回避が上手いなんて話をレティから事前に聞かされてはいたが、これは想像以上に無茶苦茶だ。ベルトラン程の速度ではないとは何だったのか。聞いていた話と全然違う。実はタマラの本気を誰も見たことが無かったのではなかろうか。


 工程の複雑さを考えれば思考して対策しているとも思えない。その速度は最早反射の域だ。しかしそんな無茶を通しているくせに一切体幹を崩さずに、その上で攻撃まで淀み無く仕掛けてくるのだ。とても人間技とは思えない。


 少なくとも思考速度はベルトラン以上だ。間違いなく。それがあまりにも速すぎて他者からは直感で避けているようにしか見えなかったのだろう。誰もがタマラの力を読み違えていたのだ。ベルトランは立場上タマラと立ち会う機会が無かったそうだが、もし立ち会えていたなら彼女の真実を見抜けていた筈だ。その時には潔く王国最強の名を返上していたことだろう。それくらい彼女の力は隔絶している。こんなの他の者達が読み取れなくても仕方あるまい。同時にタマラが私との戦いを楽しむ理由にも得心がいった。きっと私がタマラの真実に気付いた初めての者だからなのだろう。タマラもその事に気付いているのだ。私は世界でただ一人の対等な遊び相手なのだろう。少なくともタマラはそう思っている筈だ。



 タマラの凄いところはその思考速度だけじゃない。集中力も半端じゃない。タマラは私のしている以上に難易度の高い精密操作を一瞬たりとも途切れさせずに続けているのだ。既に決闘が始まってから小一時間は過ぎている。しかし最初のあの一打以外で一度も隙を見せていない。



 支配に必要なのは二工程だけだ。「身体を意識する」「命令を流す」。


 反してタマラが反射的な速度で行っているのは三工程だ。「私の命令を推測する」「推測を下に、支配を脱しつつ体勢を崩さず攻撃出来る動きをイメージする」「命令を流す」。これを私の二工程の間に挟んでくるのだ。時間にして一秒も無いその一瞬に全てを実行し終えてしまうのだ。意味が分からん。




 このまま支配に拘り続けていてはダメだ。自身の成長に賭ける時間は残されていない。きっと今のままではタマラが私の頭を砕く方が早い。そんなショッキングな姿を家族や見物客達の前では晒せない。例え私の生命活動に支障は無かろうと負けと取られるのは間違いない。


 頭が吹き飛んだ状態で動き続ける姿だって見せたくない。それでは手の内を晒しすぎる。未だこの身は辛うじて人のものだと思われている筈なのだ。少なくとも見物客達にとっては。既にだいぶ怪しいけど。なにせ皮膚や髪の一部は何度も消し飛んでいるからな。


 回復を集中させてはいるが、それでも時たま金属の頭蓋は垣間見えているだろう。幸いタマラの技術力が高度すぎて攻撃が本当に極わずかな一点にしか当たっていないけど。


 もしかしたら気を遣ってくれているのかもしれない。いや流石に無いか。単に効率の問題か。私の頭を破壊する為に威力を追求しているのだろう。面より点の方が力は集まるからな。それに同じところを攻撃し続ける事で疲労させられるかもしれんからな。まあその程度なら回復速度の方が早いんだけど。とは言えそれも今のところはだ。まだタマラが本当に本当の全力を出しているとも思えないし。




 ゾンビ戦法は本当に最後の手段だ。例え決闘に勝てたとしても妖精王ではなく魔王として認識を改められてしまうだろう。その正体はアンデットの類だったのだと誤解されれてしまうだろう。


 完全に策が裏目に出ている。見物人達がいなければもっとやりようもあったろうに。最悪パティを参戦させれば流石のタマラとて隙を晒したろうに。



 しかし第三者の立ち会いはどうしても必要だったのだ。私達の真の狙いは決してこの決闘に勝つ事ではない。その先のギルドとの因縁に終止符を打つ事こそが目的だ。そうでなければ決闘を受ける意味も無い。


 どうしても私は衆目の前でギルド最高の戦力であるタマラを下す必要があった。その報せを以ってギルドに降伏を促す他道は無かった。だからどうしても負けられない。



 加えてネル姉さんとの約束だってある。本当は負ければこの身体クシャナの頭部だけでは済まない。私の薬瓶ほんたいごと砕け散ってしまう。これだけは家族にすら話していない事だけど。


 まあ、そういう意味では最後の最後にはゾンビ戦法でもなんでもするしか無いんだけど。頭部の無くなったクシャナの身体で抑え込むしかない。達成感で隙を晒す事を期待するしかない。望み薄だけど。でも大切なのは負けてないって思うことだからね。


 結局私が勝ったと思えば勝ちなのだ。既にタマラは我が眷属となっている。私の命が無事ならそこまでだ。タマラがユーシャを襲って薬瓶を割る事はあり得ない。試合に負けて勝負に勝つってやつだな。大切なのはそういう心持ちだ。開き直って堂々と言い切る事が重要なのだ。タマラが私達の仲間に加わってギルドを辞めてしまえば結果的にギルドにだって大打撃を与えられるのだ。それはもう勝ったと言い切って構わんだろう。



 まあ、それはそれとしてこの決闘にも絶対に勝つけど。私も負けず嫌いの自覚はある。まだ私は諦めていない。本当に方法が皆無なわけでもない。むしろ簡単だ。勝ち方を変えてしまえば良い。


 支配が通じないなら潔く諦めて持久戦に切り替えよう。タマラに流れる魔力を止めて頭部の回復と防御に充てる魔力を増やせばいい。破壊されるまでの時間を引き延ばせればそれで良い。時間さえ稼げれば私の勝ちだ。


 魔力壁や魔装、竜鱗だって別に一切の意味がないわけでもない。まるでポテチのように容易く割られてはいても、確実に威力を減衰させられてはいる筈だ。一撃一撃に大した意味が無くとも、それが何千、何万、何億と積み重なれば意味も生まれる。塵も積もれば何とやらだ。


 私は一心に耐え続けよう。タマラが体力を消費し尽くすその時まで。私が魔力を止めてしまえば当然無限の体力も無しだ。いずれ決着がつく筈だ。


 それでもタマラは普通に付き合ってくれそうな気がする。むしろ破壊目標が固くなれば喜ぶだろう。更に張り切って破壊しに来るかもだけど。まあその時はその時だ。ヤバそうならまた次の策を考えよう。私の魔力は尽きやしないし。


 しかも体力に至ってはそもそも存在しないのだ。クシャナの身体にそんな機能は付けてないからな。例えこのカンスト物理特化勇者が相手でも持久負けする事はあり得ない。


 とんだクソゲーだな。そんな魔王の相手をする勇者は気の毒だな。だがそもそも勇者はユーシャだ。タマラめ。勝手に勇者なんぞ名乗りおって。私が勝ったら金輪際名乗らぬよう厳しく言い含めるとしよう。おっといかんいかん。こういう事考えるとフラグになるからね。今は眼の前に集中しよう。

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