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04-18.愚かな選択

「ダメよ。エリク。ナタリアの眷属化は認めないわ」


 パティだけを呼び出して先程ニアと話した事を伝えると、迷う素振りも無く反対されてしまった。



「何故だ?」


「何故ですって? そんなのエリクが嫌がっているからに決まってるじゃない。ねえ? どうしちゃったの? 私が姉様の件で無理を言ったせい? 眷属ってもっと特別なものじゃなかったの? エリクは誰彼構わず眷属にするのは嫌だったんじゃなかったの?」


「……それは……そうだな。すまん。どうかしていた」


 眷属化が安易な手段に成り下がっていた。パティが傷付けられるくらいならそれも致し方無しと、大して考えもせずに決断してしまった。


 パティの言う通りだ。私にとって眷属とはもっと特別な存在であった筈だ。最初は誰よりユーシャと繋がっていたくて生み出した術だったのだ。


 依存症への忌避感と気に入らない相手を縛る口実をごっちゃにしてしまった。嫌いな相手だから縛り付けても心は傷まないのだと、見当外れな論理で自分を納得させてしまった。


 眷属化は決して首輪代わりに施すものではない。何故なら眷属化によるデメリットは私自身にも及ぶからだ。眷属が私に好意を抱くように、私もまた眷属に対して執着や責任感を抱いてしまうのだ。これではあべこべだ。墓穴を掘っているだけだ。何故好意も無い相手を生涯見守り続けねばならんのだ。


 短絡的に考えすぎだ。もっと冷静になれ。少し言われたくらいで引っくり返るような考えで施すものではない筈だ。



「すまん。聞かなかったことにしておくれ」


「うん。そうしましょう。それで落ち着いて考えましょう。それから私の事ももっと信じて。ナタリアが何を考えていたって私が流される筈無いじゃない」


「悪いがそれは信用できんな。こうして招き入れてしまったではないか」


「危険なのは事実だもの。例え冒険者たちが誰一人興味を示さなくたってあのギルド長が放っておくとは限らないわ」


 自作自演で? あり得るかもな。私達の下を訪れた直後に行方を晦ませたとでも言って因縁を付けてくるかもしれん。ナタリアの身柄はどの道確保しておく必要があるのだな。



「世話はメアリに任せろ。パティはあまり近付くな」


「ええ。わかったわ」


 だがその前に私も一度くらいは話をしておくべきか。これでは奴らと同じだものな。



「パティ。やはりもう少しだけ付き合っておくれ」


「良いの?」


「うむ。ナタリアも親しいパティの前でまでこれ以上くだらん策を弄しはせんだろう」


「でも泣き付かれたら同情しちゃうわよ?」


「ふっ。よくわかっているじゃないか。ならば安心だな」


「信じてるわ。エリク」


「うむ。何かあれば止めるとも。パティを部屋の外に放り出してでもな」


「お手柔らかにね」


 勿論だ。パティには傷一つ付けさせん。その身体も心も。





 パティを連れてナタリアの待つ応接室へと入り、その正面に腰を下ろした。



「話を聞かせろ」


「ありがとうございます。クシャナさん」


 こやつ、先程は妖精王陛下と呼んでおったくせに。



「エリクだ。或いは妖精王と。冒険者クシャナは廃業だ。お前にその名では呼ばせん」


「大変失礼致しました。エリクさん」


 やはりダメだな。未だに自分の置かれた状況を理解していないらしい。或いは意図的にそう見せかけているのか。



「話せ」


「はい。エリクさん。先日のご無礼、大変申し訳ございませんでした。あの日ギルド長は」


「馬鹿者が。お前は既にギルドを辞めておるのであろうが。何故今更奴の弁明なんぞする必要がある。お前には最早その権利すら無い。立場を弁えろ」


「……そう、でしたね。申し訳ございません」


「話は終わりだな? ならばもう帰っていいぞ」


「いえ! あの!」


「なんだ? 聞くだけ聞いてやる。言いたい事があるなら言ってみろ」


「本当に! 申し訳ございませんでした!!」


「謝罪はもういい。言葉だけの謝罪なんぞ受け入れる気は無い。他に用が無いなら帰れ」


「待ってください!」


「一々大きな声を出すな。言いたい事があるなら焦らずハッキリ言え。お前なんぞ取って食いやせん」


「あ……はい、えっと。すみません」


「謝るな。私が聞きたいのはお前の目的だけだ」


「……エリクさん」


「妖精王だ。二度と私の名を呼ぶな」


「妖精王陛下……」


「一々止めるな。さっさと続けろ」


「あ、はい。えっと……」


 こやつわざと苛立たせようとしておるな? ナタリアが有能な事はとっくにわかっているのだぞ? 今更そんな上がり症の新人みたいな態度が通用するものか。バカにしおって。



「その……実は私の退職についてなのですが……」


「どうせ私達を呼び出せれば取り消されのだろう」


「……はい。その通りです」


「よく口に出来たものだな。怯えたふりまでして何を企んでおるのやら」


「……」


「ナタリア。お願い。正直に話して」


「メイガスさん……」


「パトリシア王女殿下だぁ!!! 痴れ者めぇ!!」


「!? 申し訳ございません!!」


「エリク。もうやめて。ナタリアを恫喝したって意味はないわ」


「ダメだ。止めるなパティ。こやつはこの期に及んで何やら企んでおるのだ。一人で敵地に乗り込んでくるくらいだものな。勝算があるのだろう。少なくとも職を失って明日をも知れぬと追い詰められた者の態度ではない」


「けど……」


「パティ。もう席を外せ。こやつは五年もの間付き合いのあったパティを利用しようとしておるのだ。パティの優しさに付け込もうとしておるのだ。こやつは敵だ。ギルドに所属しておらんでもそれは変わらん。こやつの事は忘れてしまえ」


「……」


「安心しろ。傷付けはせん」


「……わかった」


 パティはそれ以上何も言わず退室していった。縋るように視線を向けるナタリアを振り返る事は最後までしなかった。



「話を続けるか?」


「……妖精王陛下」


「言っておくが私はパティ程甘くないぞ。十分わかっていると思うがな」


「どうかお聞きください。ギルドは諦めません」


 先程までと打って変わって落ち着いた声音だ。やはり演技だったか。パティの同情を誘っていただけなのだろう。最早その必要もない。想定通りだな。怒りを抱くまでもないな。大丈夫。私は冷静だ。



「具体的にどんな目的と策を以って仕掛けてくると? ギルドを辞めたお前なら気兼ねなく話せるのだろう?」


「全てお話します。ですからどうか私を妖精王陛下の庇護下にお加えください」


「貴様本当に条件が付けられる立場だと思っているのか?」


「必ずお役に立ってみせます」


「話にならん。裏切り者を抱え込むバカがどこにいる」


「ここを追い出されれば私は無事では済みません。どうか御慈悲をお恵みください」


「まともに会話をする気すら無いなら疾く帰れ」


「陛下!」


「間違えるな。お前の陛下は人の王だ。私を呼ぶ時は必ず妖精王を付けろ。お前なんぞを臣民に加えるつもりは無い」


「どうかお願いです!」


「いい加減にしろよ貴様。次はないぞ」


「……お話します」


「最初からそうしろ。愚か者め」


「……ギルドは妖精王陛下を魔物と断定致しました」


 これは私のせいだな。口は災いの元だ。



「国は認めんぞ」


「ギルドは対魔物において、時に国の判断すら無視して動けるのです」


「緊急事態時の為の取り決めであろう」


「緊急性が極めて高いと判断致しました」


「愚かだな。仮にその傲慢を押し通したとしよう。しかし誰もが竜の咆哮に縮こまっておったではないか。いったいどこに挑む者がおると言うのだ?」


「近く、一人のSランク冒険者が王都へと戻ります」


「そいつが騎士団長以上だと?」


「はい。対魔物においては間違いありません。あの飛竜とて彼女の手にかかれば容易く屠られるでしょう」


 つまりはソラを討つ為に呼び戻していた戦力というわけか。ソラが私のものとなった以上、本来ならその任も解かれる筈だった。しかし私との関係が拗れた事で私に対する抑止力として使う事を決めたのだな。あの強気な態度もいずれ私を上回る戦力が帰還すると踏んでいたからなのかもしれんな。



「私は魔物ではない。脅威とはなりえんだろう」


 ソラは人型にしておけば問題あるまい。というか、そもそも危害を加えるのはギルド側が止めるだろう。竜王の娘という立場を広めたのは奴ら自身なのだから。



「彼女は先日までセビーリア領にて従軍しておりました。対人の戦闘経験も十分以上に積んだものと考えます」


 セビーリア? そうか。以前パティも言っていた者か。魔力壁を破る可能性があると警戒していたな。ならば実力は確かだな。本当に戻って来ると言うなら厄介かもしれん。



「それで? その話を伝えてお前はどうするのだ? 我が庇護下に加えた所で肝心の私が討たれるかもしれんのだぞ? ならば意味が無いではないか。頼る相手を間違えているのではないか?」


「私がギルドに口添え致します。妖精王陛下は人であると証言致します」


「ふざけるな。私は人なんぞではない」


「必要な事でございます。それしか妖精王陛下の緊急討伐指令を覆す方法は存在しないのです」


「なるほどな。私にただの人であれと言うか。それがギルドなりのケジメの付け方か。クク♪ つくづく愚かだなお前達は。私をペテン師と嘲って頭を垂れさせねば安心出来ぬと言うのだな」


「……エリクさん」


「そうか。あくまで人として扱うと言うのだな。中々肝っ玉が据わっておるではないか。あのギルド長もそうだが意地を張るべき場面を間違えておるな。貴様らは」


「エリク。もういいわ。追い返しましょう」


「メ……殿下……」


 扉の直ぐ側で話を聞いていたパティが部屋に入ってきた。



「ナタリア、いえ、ナタリアさん。どうぞお引取りを。私達は頭を垂れるつもりは無いわ。エリクが言ったでしょう? 貴方達が妖精王を魔物として討つと言うなら私達も同様よ。貴方達を人として扱うつもりはないわ。次は容赦なく撃ち抜きましょう。戦争がお望みならどうぞ仕掛けてください。私達はここで迎え撃ちましょう。けれどそこに貴方まで巻き込まれる必要は無いわ。どうぞお逃げください。私これでも感謝しているの。先日言った事も本当よ? ナタリアさんがいたから私は冒険者としてやってこれた。だからこんな形でお別れするのはとっても辛い。けれどこれ以上迷惑はかけられない。私からの最後のお願いをどうぞ聞き届けてください」


「……はい。殿下。承知致しました」


「ありがとう。ナタリアさん。どうかお元気で」


「……殿下も。どうかご無事で」


 ナタリアはメアリに先導されて帰っていった。



「安心しろ。ニア、義姉上に回収を頼んである」


 結局眷属にしなかった事を伝えたらまた怒られた。けどそれでもニアは彼女を引き取ってくれた。このまま放っておくのも寝覚めが悪いからな。ニアが動いてくれたのはパティの為だな。言うまでもなく。



「ニア? 仲良くなったの?」


「気にするところはそこなのか?」


「姉様が手を回してくれたなら何の心配も要らないわ♪」


「そうだな。頼りになる仲間が増えて何よりだ」


「あら? 仲間には加えないんじゃなかったの? やっぱり仲良くなったのね。エリクったら浮気者だわ♪」


「ふふ。嬉しそうにしおって」


「ナタリアとも何時か仲直り出来るといいわね」


「私は結構だ。パティを利用しようとした奴を好きにはなれん」


「ふふ♪ そう言いながら姉様にお願いしたくせに♪」


「パティの為だ。私とニアはその一点で協調している。それだけだ」


「そうね♪ ふふ♪ ありがとう♪ エリク♪」


「うむ。任せておけ。後の事もな」


「早速対策会議を始めましょう♪ あの人の事なら私もある程度知ってるから♪ 今のエリクならきっと勝てる筈よ♪」


「絶対ではないのか?」


「絶対よ♪ きっとね♪」


 どっちさ。

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