01-23.暴露
「うむ。ここも良い部屋だな。
まあ別に以前の部屋でも構わなかったのだが」
「無茶を仰らないで下さいませ。
今回はお客人としてご滞在頂くのです。
相応に遇させて頂きます」
本当に前回の部屋でも十分過ぎる程だったのだがな。
前回の部屋が上位の従者向けだとするなら、今回の部屋は完全に貴族用とかそっち系だ。ぶっちゃけ少し落ち着かない。
「メイド長。案内ご苦労だった。
休む前にもう一つ頼みを聞いて頂けるか?
早速だが何か役立ちそうな書物を貸してほしいのだ。
私に睡眠の必要はない。それに時間も惜しい。
少しでも詰め込んでおきたい」
「……かしこまりました。
少々お待ちくださいませ」
一時的に退室したメイド長は、すぐにいくつかの書物とレポートのような紙束を持って戻ってきた。
「ありがとう。うむ。程よい量だな。
今晩中には目を通しておこう」
「どうか無理はなさらずに」
「ああ。気を付けよう」
メイド長が去った後、私は早速書物をベットの上に運び込み、枕側の壁を背もたれにして一冊目を読み始めた。
「エリク。その前に話があるよ」
ユーシャが私の持つ本を奪い取った。
「おい。何をする」
「先に全部説明して」
「説明?何をだ?
お前も話は聞いていただろう?」
「メイド長と何があったの?」
「メイド長?
何の話だ?」
「惚けないで!」
本当に何の事だか……ああ。先ほどの話か。
「メイド長とは何もない。これは本当だ。
メイド長はただ目撃していただけだ。
私がディアナと話しているところをな」
「……それだけじゃないでしょ?」
「本当だ。嘘は言っていない」
嘘はな。
ユーシャは日中の話だと思っているだろうが。
そう誤解させるような言い方はしているが。
「私のいないところで話したの?」
流石に気付くか。
「ああ。そういう事だ」
「何話したの?」
「私の正体だ」
「何のために?」
「……ク、お前の為だ」
「……ばか」
「ああ。私はバカだった。
反省した。だからそれを返しておくれ」
「もうしない?」
「もちろんだ。もう二度とお前の側は離れん」
「信じられないよ。
エリクは嘘つきだから」
「そうだな。お前の言う通りだ」
「お前なんて呼び方は嫌」
「許しておくれ、ユーシャ」
「やっぱり嘘つきだ。嘘つきのひきょー者だ」
「……そうだな。私が間違っているのだろうな」
「なら直せば良いじゃん。
今からだって変えられるでしょ?」
「無理だ。これだけは。
私にとってお前は何より大切な存在だ。
本当に大切なのだ。私の命などよりも」
「またお前って。
結局怖いだけなんでしょ。
私が悲しむ事より自分が傷つく方が怖いんでしょ」
「……そうだ。私はお前に嫌われたくない。
お前に嫌われて傷つきたくない。
嫌われるくらいなら、忘れられたいのだ。
その方が傷つかないと信じているのだ」
「やっぱりおバカだ。
おバカで嘘つきで臆病でひきょー者だ」
「そこに頑固者を付け足してもいい」
「バカ」
「ああ」
「忘れられるわけないじゃん」
「だろうな」
「そういうの、無駄な努力って言うんだよ」
「かもしれんな」
「エリクがしてよ。
私を幸せにさ」
「もちろんだ」
「なら変えられるでしょ?」
「……無理だ」
「エリクの覚悟はその程度なの?」
「……」
「ひきょー者」
ユーシャは私に本を押し付けると、不貞腐れたように背を向けて布団に包まった。
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「ぷっふふ。エリク……ふふ。何さっきの話し方。あはは」
「笑いすぎです。お嬢様
また咽ますよ?」
「っふふふやめ!ふっごほっ!!」
「!?」
慌てて背を擦るユーシャ。
「エリク様!!」
メイド長はディアナをユーシャに任せてこちらを睨めつけた。
「申し訳ない。つい」
いやでも、今ので責められるのもそれはそれで理不尽。
ディアナの沸点が低すぎるのも問題だと思うのだが……。
「ごめんなさい。
私も調子に乗りすぎたわ。
とにかくまたよろしくね、ユーシャ。エリク」
「すまんな。ユーシャは返してもらった」
「そうね。そこだけは不満だわ。
エリクが忙しい時は私に貸してくれる?」
「ダメだ。ユーシャは私のものだ。
私が側を離れる事は二度とない」
「それって約束破るって事?」
悪いな。
次は私が愚痴を聞くという話しだったが。
「その必要をなくしてやろう。
健康な肉体さえ手に入れば、その件も解決するはずだ」
「凄い自信ね。
ふふ♪心強いわ♪」
「ついでに良いお守りがあるぞ。
ユーシャ。何時までもビビッとらんで、とっとと渡してしまえ」
「!!あっあのぉ!!!!」
緊張しすぎだ。あと声が大きい。
ボッチでコミュ障のくせに、声量だけは人一倍あるからな。
「ユーシャ」
「!?!」
「メアリ。ユーシャを怯えさせないで。
少しくらい声が大きくても大丈夫よ」
「……!」
メイド長?
まさかショック受けてる?
もしやユーシャに怯えられてるの気付いてなかった?
「その!これ!」
ユーシャはメイド長が怯んだ隙をついて、ディアナに例のクッションを押し付けた。
「ありがとう♪ユーシャ♪
開けても良い?」
「(こくこく!こくこく!)」
「ふふ♪何かしら?」
ユーシャがディアナにプレゼントしたのは、クマの顔を模したクッションだ。枕か抱き枕に丁度良さそうなサイズだ。
「とっても可愛いわ!嬉しいわ!ユーシャ!
感触も凄いわね!これ何で出来てるの!?
綿じゃないわよね!?なんだかぷにぷに?しているわ!
メアリも触ってみて!面白いわよ!」
燥ぎすぎだ。また咽るぞ。
まったく。相変わらず元気な病人だな。
特殊な素材のクッションというのは本当だったらしい。
クッションマイスターのディアナでもハッキリとは断言出来ないようだ。
ちなみに私も知らん。
何せ触っても感触などわからんからな。
素材が何かを聞いてみようという発想自体出んかった。
「これは……。
エリク様。いったいどちらで購入されたのですか?」
あれ?
メイド長?
何その表情。驚き?呆れ?疑問?
とにかく複雑そう。
「とある雑貨屋だ。
ジュリちゃんという、少し変わった店主兼職人がトレードマークだ」
「……ジュリアンですか?」
「知っておるのか?
それは都合が良い。一つ頼みたい事があったのだ」
ジュリちゃんが捜索願を出したのかどうか確認しておかねばならんかったからな。
「メアリ?
もしかしてこれが何かわかるの?」
「ええ。まあ。
ただその……」
なんだ?言葉を濁すようなものなのか?
「構わん。言ってみよ。
そう勿体ぶられると私も気になってきたぞ」
「……ユーシャ。不躾な質問をお許し下さい。
これはいったい幾らしたのですか?」
「!!!」
え?
あれ?そう言えば私も知らんな。
ユーシャが選んで、ユーシャが金払ってたし。
私は自分の体を調べるのに夢中だったからな。
「すまんがそれは私も知らん。
答えられそうには無いな」
「そうですか……。
お嬢様。それは大変貴重な素材を使用された品物です。
とある魔物の皮を用いて作られたものと思われます」
「魔物?」
「はい。耐久性とクッション性に優れ、防具にすれば矢を通さず、靴底に仕込めば足音を消す事も出来る高級素材です。
あまりに高級すぎて精々急所に忍ばせる程度の代物です。
それをクッションにしようなど、正気の沙汰とは思えません。そのサイズのものを作るのに、いったいどれだけのコストがかかるでしょうか。少なくともユーシャのお給金では到底手の届かぬ代物なのです」
メイド長が何時になく饒舌だ。
しかも心做しか、少し早口だった気がする。
「勘違いではないか?
似たような別の素材かもしれんぞ?」
ジュリちゃんがサービスしてくれた可能性もあるが……。
「間違いありません。
私も以前使用して……いえ、何でもありません」
それは無理があろうに。
えっと?冒険者でもしてたの?
と言うかどっち?
防具?靴底?まさか前職暗殺者だったりしない?
「まあどうせあの男の事ですから、ユーシャの愛らしさに目が眩んで……いえ、これも余計な事ですね。お忘れ下さい」
今度はやたらと不機嫌そうだ。
ジュリちゃんと組んでいたりでもしたのだろうか。
ちなみに後から確認したところ、ユーシャの手持ちは殆どすっからかんになっていた。どうやらクッション代にほぼ全ての手持ちを注ぎ込んでいたらしい……。
メイド長の言葉が正しいのであれば、それでも随分おまけしてもらっていたようだが。
いや、そもそもジュリちゃんもジュリちゃんだ。
お財布事情はわかってるとか言ってたくせに、ちゃっかり巻き上げておった。
最初からそんな高級商品見せないでほしかったところだ。
どうせコスパが悪すぎて買う者がいなかったのだろう。
クッション一つに上級冒険者の防具一式以上の金を払う者など、貴族にだってそうはおらんだろうしな。
いや、ディアナの父君ならば買っていたかもしれんが。
しかし、そもそも気付かれなければ意味もあるまい。
値引きの理由にはそんな打算もあったのではなかろうか。
流石に口にするつもりは無いが。
メイド長にも余計な事を言わせてしまったな。
後でこっそり聞くべきだったか。
それにまあ、特殊な素材で作られた品は無いかと聞いたのも私なのだ。
加えて私の体の件もある。
ローンとか組まされなかっただけ温情か。
なれば逆恨みのような真似はするまい。
とは言え、次は気をつけよう。
はぁ……やはりまだまだ目が離せんな……。




