01-22.未知との遭遇
「妖精族?
不勉強で申し訳ない。
寡聞にして存じ上げない」
「無理もない事です。
既にこの世の霊長は人に移って久しいのですから」
私とユーシャはメイド長の手引で領主との面会に漕ぎ着けた。領主は私の姿を見ても極端な驚きを示す事もなく、淡々と冷静に受け入れてくれた。どうやらあの兵士君が良いように伝えてくれたようだ。対応もまるで他国の貴賓に対するもののように丁寧なものだ。
私が今後ある程度自由に動く為に、妖精族ロールプレイも続ける事にした。そもそも薬瓶だなんだとかは説明しようがないのだ。妖精族設定の方が、まだ説得力もあるというものだろう。
「かつては貴方方が席巻していたと?」
「いいえ。我々は元よりそう数の多い種族ではありません。
人族のように各地を占有出来る程の社会を形成する事は、ついぞありませんでした」
ごめん。これ以上突っ込まないで。ボロが出そう。
「何はともあれ、受け入れて頂き感謝致します。
早速ですが本題をお話しても?」
「ああ。お聞きしよう」
「では先ず窃盗事件の件を」
「その件に関しては既に状況を把握している。
ご迷惑をおかけして申し訳ない。エリク殿とユーシャが疑われる事は二度と無いとお約束しよう」
あら。領主様ユーシャの方の名前覚えていたのね。
メイド長が伝えたのだろうか。それとも元々?
この場では本名で呼んでくるかと思ったのに。
もしかして逆か?
ギルドに登録した方を偽名だと思ってる?
これは気を遣ってくれてる?この屋敷内ではユーシャと名乗っていたから、少女がその名で呼ばれる事を望んでいると考えて配慮してくれたのか?
それもこれも、少女を聖女と疑っていたからこその特別待遇なのだろう。領主は既に知っているのだろうか。
「承知致しました。ならば結構です。
私からもこの件でこれ以上お話する事はありません。
次に参りましょう」
「ご厚情感謝する」
「お互い様でございます」
正直、とっ捕まって珍獣としてサーカスに売り飛ばされてもおかしくないからね。今の私。
「次にお話したいのは御息女の件です。
ユーシャから相談を受けました。
概ね事情は把握しております。
どうか私にも力添えをさせて頂けないでしょうか」
「……治療の術をご存知で?」
「いいえ。
生憎と人の治療に関する知識は持ち合わせておりません。
ですが、我々の身には人族を優に超える魔力があります。
そして、魔術に関してはそれなりに心得もあります。
少しはお役に立てるのではありませんか?」
私は少し浮き上がって、領主と視線の高さを合わせた。
「これは……驚いた。飛行魔術なのか?
それも、詠唱も無しに?」
「属性の付与もなされてはいません。
どうやら純粋に魔力そのものを操っているようです」
メイド長まで口を挟んできた。
ここまで黙って側に控えていたが、私の浮遊魔術に驚いているようだ。
ところで属性の付与ってなに?
「どうか私に人の医療と魔術の知識をご教授下さいませ。
今の私に出来る事はありませんが、お互いの叡智を持ち寄れば方法も見つかるやもしれませぬ」
「……何故そこまで?」
「ユーシャがそれを望んだからです」
「……」
流石に信じられんか?
こういう時は多少打算的な事も言った方がよかったか?
「単純に知識を得たいという個人的な欲求もあります。
人族の中でも有数の権力者が愛娘の為にと集めたものならば、我が欲を満たすのに十分な知識を齎してくれることでしょう」
「……ふむ」
流石にやりすぎたか?
不快な気持ちにさせてしまったら意味がないぞ?
「重ねて感謝申し上げる」
良かった。怒ってはいないようだ。
「そのお言葉は事を成してから受け取ると致しましょう」
「我々に望む事はあるだろうか?
当然、このまま我が屋敷にてご滞在頂いて構わない。
他に必要な事もあれば、何でも言ってくれたまえ」
「ならばユーシャを私の側に。
私は人間の社会にも精通してはいますが、何分このサイズですから。色々と不便も多いのです」
むしろユーシャは私のだけど、この場ではこう言っておく他あるまい。領主様からお給金を騙し取るような構図になってしまうが、説明がややこしくなってしまうからな。どの道暫く世話にはなるのだ。必ず成果を出してお返しするとしよう。
「もちろん構わないとも。
ユーシャもそのつもりなのであろう?」
「(こくこく)」
何か喋れ。一応領主様直々の問いかけだぞ。
「人の魔術には精通していないという話であったな。
ならばこちらからも魔術師を紹介しよう。
その者と互いに指南しあって頂けるだろうか?」
「ええ。もちろん構いません。
私の術で宜しければお教え致します。
そちらの方が治療にも早く取り掛かれるやもしれません」
私が魔術を教えてもらうより、私の魔術を専門の魔術師に教える方が手っ取り早いかもしれんな。
どうやら私の使うものは、一般的な魔術と違うようだし。
これが何かの参考になるのかもと言うのなら、喜んで提供しよう。
「最後にもう一つ。
ユーシャが御息女に贈り物をしたいそうです。
どうかこちらを受け取っては頂けないでしょうか」
慌てた様子のユーシャが梱包されたクッションを手に取った。
「それは是非、ユーシャの手で渡してほしい」
「よろしいのですか?」
そこはもっと警戒するものでは?
お嬢様の手に渡る前に、危険が無いかの確認くらいはあるものと思っていたのだが。
いくらユーシャを信用していたとしても、他に何か仕込んだ不届き者だっているかもしれないのだ。
「ああ。問題ない。今日はもう遅い。
明日にでもあの子と引き合わせよう」
まあそう言うなら。
後の細かい事はメイド長と話すという事で、その場はお開きになった。