04-01.停戦交渉
「暫くぶりだな。ジェシー殿」
「ええ。妖精王陛下と直接お会いするのはあの騒動以来ね。ご活躍の程は伺っているわ。お元気そうで何より」
「本日は何用で?」
「ふふ。そう警戒なさらないでください」
「ギルドの件なら話は聞かんぞ。お引き取り願おう」
「判断が早すぎますわ。ですが流石のご慧眼ぶりですね」
「世辞はいい。話は終わった。メアリ」
「ちょっとエリク。話くらい聞きましょうよ」
やはりパティを同席させたのは失敗だったか。こうなる事はわかっていたんだがなぁ……。まあ無理だよな。敬愛するお姉様が顔を出したのに会わせずに追い返すなんて。
「降参するにも礼儀というものがあろう。上から押さえつけようとは何事か」
まさかこんな舐めた手で来るとは思いもよらなかった。しかもまだ私達が本格的に活動を初めてから一週間と経っていないのだ。
たかだかギルドに貼られていた高難度依頼とクラン以上向けの大型依頼、それから目についた大物を片っ端から刈り取った程度だと言うのに。ついでにそれらの素材の内、討伐証明部位以外をギルドには回さずアウルムに格納してもらっているだけなのに。
いや、最後のはやりすぎかなって思ってはいるんだよ? ちゃんと機を見て市場には流すよ? ギルドを通すかは決めてないけど。そこはギルドの出方次第かなぁ。
それにどうせまだ表に出していない依頼もあるのだろう。向こうから一方的に喧嘩を売っておいて、痛い目を見る前に圧力をかけて終わらせようなどと、よくそのような恥ずかしい真似が出来たものだ。追い詰めすぎたと言うには幾らなんでも早すぎるだろう。
「いいえ。そうではないの。私が個人的に謝りに来たのよ」
「聞かんぞ。今更それは虫がよすぎると思わんのか?」
「けれどとっくにご存知なのでしょう? 裏で糸を引いていたのはこの私ジェセニアよ。最初から最後までね」
こやつ、この期に及んで……舐めすぎだ。巫山戯おって。
「聞かんと言っているだろう。もう一月は暴れさせてもらうぞ。ですからどうぞお帰りを。ジェセニア王女殿下」
「申し訳ございません。妖精王陛下。どうかご容赦を。皆が干からびてしまいます」
「皆だと? 誰が干からびると言うのだ? それは本当に王女殿下が頭を下げてまで守る相手なのか?」
しまった。つい言い返してしまった……。
「ギルドに所属する冒険者達も我が国の民に代わりはありませんわ。私が個人的に守る理由としても十分かと」
「ジェシー姉様。いい加減にして。そんな言い草はあんまりよ。姉様まで私達をコケにするつもりなの?」
「勿論そんなつもりは無いわ。けれど事態は貴方達の想定以上に深刻なの。だからここで私が立場を振りかざせば貴方達にとっても望ましくない結果になる。それを踏まえて私は頭を下げに来たの。私個人として出来る事であれば何でも致します。ですからどうか矛をお収めください」
「ならば誠意を示せ。先ずは説明しろ。強引に押し通せる事ではないと分かっている筈だ。我々は単なるお嬢様クラブではない。だがお主の言葉はそう言っているようにしか聞こえん。これで喧嘩を売っていないと言い張るには無理がある。それともまさか本気で我々の保護者でも気取っているつもりなのか? 妹分の信頼を利用して都合よく操る魂胆なのか? 誤解されたくないと言うなら言葉を尽くせ」
「寛大なご配慮痛み入ります。妖精王陛下」
結局話を聞く事になってしまった。これではこやつの思う壺だな。面白くない。
「貴方達は竜の力を甘く見すぎたの。ただ竜を乗り回すだけでこの王都近郊から魔物に限らず野生動物の多くが消えてしまうわ。既にその予兆は現れてる。真っ先に干上がるのは蓄えのある大手クランなんかじゃない。弱い魔物や動物を狩る低位ランクの冒険者達なのよ」
それは……正直考えもしていなかった……。
「何故今更になってそんな事を言い出した? 竜の件はギルドも認めたではないか」
「登録はしていないでしょう?」
「だから認めてはいないと? 巫山戯たことを」
つくづく舐め腐っているな。奴らはそこまで考えていたのか。竜王の娘云々についても本当なのかと疑いたくなるな。ソラの特異性を考えればそこだけは嘘でないとも思えるけど。
「やはりギルドに頭を下げさせる。お主の出る幕ではない」
「彼らは私が指示したから動いたに過ぎないわ」
「お主こそがトップだとしても、王女ですらないただのジェセニアにギルド長以上の権限はあるまい。それとも何か? 王女としての立場を投げ売ってでも償うと言うつもりか?」
「お望みなら我が身を捧げましょう」
「いらん。というかお主には婚約者もおるのだろうが」
「あら。そのような冗談を真に受けていらしたのですね」
「メアリ、トリア。摘み出せ」
「「はい。エリク様」」
「ちょっと! 二人に何させてるのよ!? ダメよ! 私が追い出すわ!」
「落ち着いてパティ。悪かったわ。軽口が過ぎました。真面目に話をしましょう。どうかそこに座り直してくださいな」
「姉様だからって次はないわよ!」
まだ許すのか。まったく。パティにも困ったものだ。
「ギルドは頭なんて下げないわ。やりすぎれば国が止めるとわかっているもの」
「なんだと?」
「だからお姉ちゃんの叱責を受けて考え直した事にしておきなさい。けどそれだけでは貴方達も収まりがつかないでしょうからその分は私にぶつけなさい。お姉ちゃんが何でもしてあげる。それで手を打ってはくれないかしら?」
「「……」」
ジェシー王女の言いたい事がわからないわけではない。ソラが王都周辺を飛び回る事で生態系が乱れるのも言われてみれば当然だとも思う。むしろ気が付かなかった事を恥もしよう。それを国が止めようとするのも納得だ。
陛下が一度許可してくれたからって本当に何でも許される筈もない。だからって陛下がいきなり取り消すわけにもいかんだろう。陛下にも立場がある。あのような書状まで発行しておいて一月も経たずに取り消すなど自分の目は節穴だったと言うようなものだ。勿論私達も陛下直々のお叱りだったら素直に反省はしただろうけど。しかし陛下だってそんな事に手を回していられる程暇ではあるまい。それにパティを王位継承者から外しているのに何時までも特別扱いは出来ないだろうし。
だからジェシー王女がパティの姉として代わりに忠告に来るのもおかしな話ではない。しかし全ての原因でもある、或いは私達がそうと思い込んでいるジェシー王女が王女の立場まで振りかざしてしまえば、より事態は複雑なものとなる。最悪今度は第一王子対妖精王の構図になりかねない。
「どの口でと返さざるを得んな」
「ごもっとも。ですからどうか私ジェセニアの謝意をお受け取りください」
「本当に姉様が全ての黒幕なの? まだ何か隠してるんじゃないの?」
「やめておけ。どうせ話す気はないぞ」
誰かを庇っているのだとしても私達にそれを炙り出すのは不可能だろう。ここまで影も形も見せていないのだ。私達はジェシー王女が全ての黒幕だと信じてそこで追求の手を止めてしまった。やるならもっと早くレティを城内の調査にでも充てるべきだったのに。既にこうしてジェシー王女が乗り込んできた以上、今更調べようとしても手がかりなんぞ残されている筈もあるまい。
「流石は妖精王陛下」
「これ以上くだらん世辞を言うなら叩き出す」
「失礼。ならば本心を。貴方達調子に乗りすぎよ。レティまでいて何をしているのよ。王位も捨ててひっそりと暮らしたいのではなかったの? 自ら騒ぎを大きくしてどうするつもりかしら? 貴方達の力ならもっとスマートに解決出来た問題ではないのかしら? 正直気が重いわ。貴方達がこれから一年もの間この王都で暮らすんですもの。次はいったいどんな騒ぎを引き起こすつもりかしら。このままではいずれ次期国王であるお父様の資質にも疑問を抱かれるでしょう。より王として相応しき者がいるのだと騒ぎ立てる者が現れるでしょう。場合によっては私も本気で排除しなければならないわ。当然そんな事はしたくない。大切な妹を追い出したりなんてしたくない。どうか私達の気苦労も察してほしいものね。今の状況でこんな事を言っても信じられないとは思うけど」
こやつ……。これはどっちだ? 本当の黒幕は別にいると暗に仄めかしているのか? それともその誤解を利用して開き直っているだけか? やはりこやつこそが黒幕なのか?
ダメだ。今のこの言葉すら罠に思えてきた。都合よく状況を収める為の卑劣な立ち回りにしか見えなくなってきた。
私が捻くれ過ぎているのだろうか。本当に善意でお説教しに来てくれたのだろうか。
分からん。
だが一つだけ分かる事は、こやつはやはり油断ならんということだ。こやつ相手に下手な頼み事は出来ん。仲間に引き入れるなど論外だ。なんでもするとは言うが、将来の約束事なんて回りくどいものを押し付けられる前に何か指定してしまおう。そもそもこの休戦を受け入れるかどうかも難しいところではあるのだが。
「やはりダメだな。私はギルドに宣言した。その言葉だけは履行せねばならん」
「子供のような意地を張るのはおやめなさい。あなたはいったい何人の少女を侍らせていると思っているの? 後ろ指を指されるのはあの子達なのよ?」
「……そうやって脅す為にアンヘルとアルバラードの娘へ誘導したわけか。下衆な真似を」
「そこまでは知らないわよ。貴方達が勝手に声かけたんじゃない」
「お主本当に黒幕を名乗るつもりがあるのか?」
「貴方達が勝手に邪推しているのよ。確かにファティマの件は私の差し金だけどその妹達にまで手を出すなんて思いもしなかったわ。しかも騎士団長まで動かして。あれも正直愕然としたわ。貴方達がそこまで考え無しだとは思わなかった」
やはり喧嘩を売りに来ているのではないのか?
「それでは道理が通るまい。ファティマ嬢を私達に預けてお主にいったい何の得があるというのだ?」
「あるじゃない幾らでも。アンヘル家当主に恩が売れるし、旧友を窮地から救ってあげられるし」
「旧友だと?」
「あら? 知らなかったの? 私とファムとレティは同級生よ。私はレティと違ってファムともお友達だったけれど」
「……残念だったな。本人はそう思っていないようだぞ」
アウルムが初めての友達だったし。
しかし驚いたな。レティは何も言ってなかったぞ。まあ、レティはジェシー王女を避けているからな。その頃の関係性も原因の一つではあるのだろう。
「……そう。それは本気で傷つくわね」
こやつ、実は結構な嫌われ者なのでは? 正直私も好きじゃない。コソコソしすぎなのだ。あれこれ企んでひっかき回し過ぎなのだ。慕ってるパティが特殊なのだろう。そのパティすら今回ばかりは腹に据えかねている様子だけど。
「どうかしら? やっぱりお詫びに私を受け取って頂けないかしら? もう一度お友達になるチャンスがほしいの」
「笑えん冗談だ。二度とファムには会わせんぞ」
「嫌われてしまったわね……」
これは果たして本当に演技なのだろうか。どう見ても本気で落ち込んでいるようにしか見えない。
「ええ、まあ冗談よ。勿論ね。私の夢はお父様を王にすることだもの」
今後も第一王子の懐刀として暗躍しておくれ。私達を巻き込まない形で。もしここまでの言葉が本当ならそうそう巻き込みはせんだろうけど。妖精王が関与すれば事が大きくなりすぎるのは十分に理解したようだし。
「パティはどう思う?」
「一度探りを入れてくるわ」
「こやつに聞いておきたいことは無いのか?」
「……ごめんなさい。今は話したくない」
「……そうよね」
今度こそ本気で落ち込んでるなぁ。流石に居た堪れなくなってきた。
「悪いがパティは大至急動いてくれ。必要ならレティも連れて行って構わん。ギルドの方は任せたぞ」
「まだ話すの?」
「うむ。後は任せておけ」
「気を付けて。油断しちゃダメよ」
「うむ」
「……」
パティの去り際の言葉にショックを受けたジェシー王女は放心状態に陥ってしまった。
そこから復活するには暫くの時間を要した。
「……正直ね。わかってはいたの」
「何がだ?」
「……自分が嫌われ者だって事がよ」
ようやく話し始めたと思ったらなんだか懺悔のようなことをし始めた。これ私聞かなきゃダメ?
「無理もあるまい。率先してその役割を引き受けているつもりもあるのだろう?」
当たり障りのない言葉でも返しておいてやろう。私も鬼じゃないからな。
「パティならわかってくれると思っていたの」
「甘えすぎたな」
「そうね。あの娘の寄せてくれる信頼に甘えすぎていたのよね」
パティにも真に大切なものが出来たのだ。それを見誤ったからジェシー王女は信頼を失った。だがまあ見誤った原因は以前のパティの事を誰より深く理解していたからこそなのだろう。だからまだ致命的ではないはずだ。
「これからどうするつもりだ?」
「……何も変えられはしないわ」
「諦めるのが早すぎるのではないか?」
「……協力してくださるかしら?」
「先ずは自分で考えろ。そういうのは得意だろ」
「いいえ。私が得意なのは策を弄する事よ。人心掌握はお父様の得意とするところなの」
よくよくわかっていらっしゃる。相手の選択肢を奪って策に落とすだけの奴なんて嫌われるに決まってる。ジェシー王女の活躍も第一王子の求心力あってこそのものなのだろう。
「お父上にまで甘えているのだな」
「うぐっ……」
おっといかん。つい本音が。
「人生相談はこの辺にして話を戻そうか」
「……そんなに嫌い?」
「どうだろうな。特段に嫌っていると言うよりは警戒を解けない相手と言うべきだろうか。家族と話す時くらいもう少し腹を割ってみてはどうだ?」
「……家族?」
「そうだろう? お主は我が伴侶の姉君だ。直系の姉ではないとは言え、義姉と呼ぶのもやぶさかではない」
今はまだ辛うじて。
「でも私……」
「パティがあの程度で見限るものか。一時的に機嫌は損ねても必ず許してくれるものさ」
「……そうよね。うん。あの娘は特別だものね」
こやつもこやつでパティに狂わされておるのか……。
もしかしてパティの影響でややこしい事になってる?
ジェシー王女といい、ナタリアさんといい、パティに個人的好意を抱く者達が各勢力に散らばってるから私達は素直に敵対できないのかもしれん。勿論良い事ではあるんだけど、同時に関係性の複雑化に拍車が掛かっているのだ。もう少しこう、白黒つけられんものだろうか。今回の件でだって判断に困るのだよなぁ。
ギルドもジェシー王女も好き放題私達を利用しておいて、都合が悪くなったら黙りとお説教だ。これで素直に従えと言うのは無理がある。私達に落ち度があろうと、これが子供の我儘にしか見えなかろうと関係ない。そもそも仕掛けてきたのは向こうからなのだ。手口が汚すぎる。大人を気取り、我らを子供と侮るくせに、愛が欠片も存在していない。騙されたやつが悪いのだと嘲笑っているだけだ。だからここで黙って従うわけにはいかない。何かしらのケジメが必要だ。私はこやつからもその何かを引き出す必要がある。彼女達が本質的には味方なのだとしてもそれはそれだ。パティが許すのはいいが、私が許すわけにはいかんのだ。




