03-72.お楽しみ
「見せたいものとは何なのだ?」
『「着いてからのお楽しみ~♪」』
ファムも知っているのだな。待ちきれず先に二人だけで見てきたのだろう。やはりファムも眷属にしてしまおうかな。この二人だけ野放しにしておくのは危険過ぎる気がするし。
帰ったらもう一度相談してみよう。ユーシャとディアナは既に許可してくれているし、パティも今回ばかりは賛同してくれるだろう。
「ここから遠いのか?」
「ううん。もうすぐ着くよ」
いったいなんだろう。
『もしソラの卵だったらどうしますか?』
は?
『もしくは既に生まれていたり?』
あるわけなかろう。変な冗談はよしてくれ姉さん。
『ふふ♪ 焦ってますね♪ ギンカ♪』
意地悪するなら皆にバラすぞ。
『ギンカがそんなことするわけないじゃないですか♪』
なら暫くユーシャの側を離れぬようにしよう。
『なっ!? それはダメです! 意地悪です!』
先に意地悪してきたのはネル姉さんの方じゃないか。
『冗談ですからぁ! もう言いませんからぁ!』
まったく。仕方のない姉さんだな。
『もう! やっぱり意地悪です!』
それより姉さんは何だと思う? 真面目に答えてみておくれ。
『普通にお気に入りの場所とかじゃないですか?』
眺めの良い場所とかか。定番だな。
『まあ私、実は知ってるんですけどね』
なんだ。そうだったのか。ありがとう気を遣ってくれて。
『ふふ♪ きっとギンカは驚きますよ♪』
そんなにか?
『楽しみにしてあげてください♪』
まあ姉さんがそこまで言うなら。
そうこうしている内にソラが高度と速度を下げ始めた。どうやらもうすぐ着陸するようだ。ソラに乗っている間はソラが魔力で守ってくれているから冬空の寒さも感じないが、眼下に見える光景はそれでも思わず身震いするほどの冷気を感じるものだった。
「これは湖か?」
『「正解~♪」』
何故真冬の湖に? 湖面は完全に凍りついているぞ?
私とファムはソラの背から直接氷上に降ろされ、ソラ自身も人の姿に変化した。
「流石に寒くないか?」
『全然?』
ソラはどこからともなく現れたワンピース姿だ。ソラが唯一破かずに着てくれる服だ。どうやら変身時に魔力で生み出されているものらしい。どんなに汚しても一旦竜に戻って人に再変身すれば綺麗な状態で出現する便利なやつだ。しかも脱いだやつはそのまま残るので量産も可能だ。変身するにはある程度のスペースが必要だから既に予め何着か回収もしてある。
その内の一着はファムが研究に回していた。どうやら相当質の良い物らしい。基本刃物は通らない。火にも強い耐性を持ち、着用者の身体をほぼ完全に守り抜いてくれる。ソラの鱗と魔力が合わさったような代物だ。
一応水には濡れるし汚せば染みも出来るので、布としての性質もあるにはあるようだ。ただし耐久性は魔力が残っている間だけっぽい。微量だが常に蓄えられた魔力を消費し続けているらしい。ソラが着用すれば自然と回復するようだが、普通に置いておくとただの布になるのでは? という話だ。
まだ十分な日数をかけて検証出来ているわけでもないので、その辺の事は正直ハッキリとしていない。もしかしたら魔力が切れたら塵も残さず消えてしまうかもしれない。魔術で強引に消費してしまうことは出来ないようだ。ソラの魔力で構成されたものなのだから当然だ。ちなみに私からソラに流れる魔力は外に出さず全て自らの糧としているそうだ。そう語ったソラの目は完全に捕食者のものだった。
もし加工が叶うなら皆の下着でも作って着せておけば万が一の時に身を守ってくれるかもしれない。一応ソラ自身ならば切断も可能だし、多分ベルトランにも切れるとは思うけど、残念ながら針を通さない。縫い合わせることが不可能だ。どこかに何でも貫く針の神器とかないかしら?
『う~ん? 確かあったような? 主様~!』
姉さん。聞こえてる。
『あ!?』
そうか。普段から一緒に過ごしているのか。もっとコソコソ話しかけてきているものと思っていたから驚いたぞ。
『忘れてくださぁい!!』
は~い。
まあでも、私達にはアウルムもいるからな。耐久性、耐寒耐熱性、肌触り、全てが満点な上に収納空間持ちというすぐれものだ。そう。言うなれば四次元ポケットだ。或いはアイテムボックスだな。
今はまだ私とファムしか連れていないけど、いずれは家族全員に行き渡るよう布教してみるのも良いかもしれない。アウルムはいくらでも分裂出来るみたいだし。後で可能かどうかだけ聞いてみよう。
『主様?』
いかんいかん。少し考え込みすぎていた。
首を傾げたソラに微笑みかけるとソラは小さく笑みを返してくれた。最近少しずつだけどソラが笑ってくれるようになったのだ。とても可愛らしい笑みで思わず抱え込んで撫でくり回したくなってしまう。だがダメだ。私からは手を出すまいよ。一度始まると長いからね。ファムの件がバレたのも考えてみれば当然だった。あれだけ長いこと部屋に籠っていれば疑われもするだろう。その割にはソラが参加していた事には驚かれたけど。流石に手を出すわけがないと無意識レベルで信頼してくれていたのだろう。それもすっかり裏切ってしまったわけだが。ソラとファムのことは結局見逃してもらえたわけだけども、だからって率先して羽目を外すのは違うからね。我慢だ我慢。
『長い言い訳でしたね』
なんだ? まだ意地悪合戦を続けるのか? 今私には過去最高の切り札があるのだぞ?
『ダメですよ!? 言及しちゃダメですからね!?』
「クーちゃん見とれすぎ」
「すまん。ついな」
「ふふ♪ 気持ちはわかるよ♪ ソラ君の笑顔は可愛すぎるもんね♪」
『発情した?』
「しとらん。それで? 何をするのだ? うん? 魔力?」
私の身体が何時の間にかソラの魔力で包まれている。けれどこれは動きを阻害するものではない。何かから守る為? しかもアウルムまで? いったい何を?
『少し離れてて』
ソラの言葉に従ってファムが私の手を引いて歩き出した。素直に従い、少し歩いたところで後ろを振り返る。
「!」
ソラは私達に手を振ってから勢いよく氷を殴りつけた。
「な!?」
凍りついた湖の中央に穴を開けたソラはそのまま躊躇なく飛び込んだ。
「ボク達も行くよ! クーちゃん!」
ファムも私の手を引いたまま穴に向かって駆け出した。
ファムに引きずり込まれるように冬の湖に飛び込むと、先に潜っていたソラが私のもう一方の手を握りしめた。そのままソラに先導されて湖の底へと潜っていく。
『クーちゃん♪』
え!? ファム!? ファムが念話を!?
『声に出してみて♪ この魔力が全部伝えてくれるから♪』
なるほど。そういう仕掛けか。
『あ~あ~。これで良いのか?』
『バッチリ♪』
『主様♪』
それから暫くの間、ソラは湖の中を自在に泳ぎ回りながら興味の赴くままに私達を連れ回してくれた。
ソラは泳ぎも達者なようだ。今は人の身体だというのに既に使いこなしている。色々吹っ切れたお陰で本来の成長速度を取り戻したのだろう。こうして元気なソラの姿を見れるのは嬉しいものだ。
『それにしても凄いものだな。この魔導は』
『ね♪ ボクも最初はびっくりしたよぉ♪』
どうやらソラの纏わせてくれた魔力は耐寒耐水だけでなく酸素供給までなされているらしい。私やソラはともかく、普通の人間であるファムが冬の湖の底で地上と変わらず過ごせている。
しかも本来冷気に弱い筈のゴルドスライムまでもが活動を続けている。たまに私の袖等から触手を伸ばして魚を捕らえているのだ。後で少し分けて貰えるかな? たぶんアウルムのことだから頼まれるまでもなくキッチンに持っていってくれるだろうけど。今晩は新鮮なお魚だな。楽しみだ。
と言うかこれ、もしかして最強のゴルドスライムが誕生したんじゃない? ギルドではそこまで評価されなかったのかネームド扱いまでにはならず、どころかゴルドキングではなくゴルドスライムの亜種として登録されてしまったのだが。
まああの時はアウルムも「ボクは普通のスライムです」みたいな感じに大人しくしていてくれたんだけども。まさに能ある鷹は爪を隠すってやつだな。うんうん。
『そもそもゴルドスライムが冷気に弱いというのは大袈裟です。冷気以外の全てに強いだけです。彼らは普通に冬でも活動します。単に凍り付けば容易く砕けるというだけのことです。それは人間や竜だって同じです。人が竜を凍りつかせることはできないでしょうけれどね』
まあ、うん。薄々察してた。普通に防寒着代わりを務めてくれてたし。
『耐えられるとは言え、寒さを疎うのも間違いではありません。ギンカの服の中はさぞかし温かいのでしょう。ぐぬぬ。なんだか羨ましいです。お姉ちゃんも手を突っ込んで悪戯してみたいです』
たぶん姉さんのことだからピンクなやつじゃないんだろうなぁ。
『違いますよ!? きゃっ! 冷たい! ってやつです! 友達同士でやるやつですよ!?』
やらないと思うよ? よっぽど子供じゃない限り。もしくはよっぽどのバカップルか。
『それはギンカが知らないだけです!』
ふっ。今の私はモテモテだぜ♪ 前世でどうだったかなんてとうに忘れちまったぜ♪
『大丈夫です。お姉ちゃんもいます。もう強がらなくて良いんです』
……姉さんなんか嫌いだ。
『なんでぇ!?』
『主様!!』
またボーッとし過ぎたらしい。少しお冠なソラが突然キスしてきた。
『あ! ズルい! ボクも!』
結局こうなるのかぁ。でも水の中では初体験だ。これはこれで良い思い出になるかもしれない。
『ギンカ! お姉ちゃんが悪かったですから! 謝りますから! 嫌いにならないでくださぁ~い~!!』
内からは姉さん、前からはソラ、後ろからはファム。
求めてくれるのは嬉しいけれど、これ収拾つくのかしら?
晩御飯の支度が始まる前までに帰れると良いなぁ。新鮮なお魚食べたいなぁ。無理かなぁ。無理だよなぁ。
『大好き♪ 主様♪』
『ボクもだよ♪ クーちゃん♪』
『ギンカぁ! 嫌いになっちゃやぁです~!』
取り敢えず姉さん慰めよう。それから二人に集中しよう。うん。




