03-70.肉食系
『主様』
ソラからの呼び出しだ。今は庭でファムと過ごしていた筈だ。私も念話で返せれば早いのだが。ファムの身体は何故か全く制御出来ないし。やはり格上の完全支配は無理らしい。
眷属化したソラは段々と元の調子を取り戻していった。私との深い繋がりが出来たことで安心しているようだ。今では私の側を離れてファムと二人で過ごすことも珍しくはない。何やら内緒の話までしているようだ。すっかり意気投合している。ちょっと寂しい。けど嬉しい。私も内心複雑だ。
「あ! クーちゃん!」
ファムが駆け寄ってきて、そのまま私に抱きついた。ついでとばかりに頬にキスをされてしまう。
「ダメだ。こんなところで。約束しただろう?」
「だからほっぺで我慢してあげたんじゃん。それよりほら! 一緒にお散歩行こうよ! ソラ君が飛んでくれるって!」
ソラは既に飛竜に戻って待ち構えている。人化と竜化も抵抗なく使いこなせるようになったようだ。やはりこれならもう心配は要らなそうだな。元気になってくれて何よりだ。
「ダメだ。今日こそ夜はディアナ達と過ごすのだ。もう既に約束もしている。私は一歩も屋敷を出んぞ」
まだ約束の時間はだいぶ先とはいえ、この二人に人目のつかない場所に連れ込まれてしまえば何時開放してもらえるかわからんからな。相変わらずソラは制御不能だし。一応真剣に言い聞かせればやめてくれるようにはなったけど。
「少しだけだから~」
『主様に見せたいものがあるの』
「明日は付き合ってやるさ。今日は無理だ。諦めろ」
「むぅ~。仕方ないなぁ~」
『明日約束だよ。嘘ついたって無理やり連れてくんだから』
「うむ。決して違えはせんさ」
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「あら。お早いお帰りね、エリク」
「なんだ。信じてくれていなかったのか」
「しょっちゅう抜け出しておいてよく言うわ」
「悪かった。ソラとは一方通行なのだ。呼び出されれば出向かねばならん」
「蜘蛛ちゃん達に様子を見てもらえばいいじゃない」
「あの子達には発声器官が無い。こちらの言葉は届けられん」
「ならファムも眷属にしちゃえばいいんじゃいかしら? どうせソラはエリクかファムと一緒にいるんだし」
「それは……良いのか?」
「今日はやめてほしいわね」
「もちろん今日はディアナと共に居るさ。その証拠に今もあの子達の誘いを断ってこうして戻ってきたではないか」
「酷い人」
「なあ、そんなツンケンしないでおくれ」
「……ごめんなさい。少し緊張してきちゃって」
「それでは勉強も手につくまい。今日はもうやめておこう」
「でも……」
「大丈夫だ。ディアナはここまでよく頑張ってきた。後は何時もの余裕を持って試験に臨むだけだ。心配は要らん。ディアナは必ずトップになる。今日は休もう。な?」
「……そうね。エリクのせいで集中できないもの。切り替えも大事よね」
「よし。時間はだいぶ早いがこの際だ。のんびりデートでも如何かな?」
「……折角だけどやめておくわ。面倒事に巻き込まれそうな予感がするの」
「……まあ、うん。そうだな。これ以上引き伸ばすのもあれだものな」
「なら今すぐしてくれたって良いのよ?」
「ムードもへったくれもあるまい」
「ムードなんて自然と出来るわよ」
「もう少しこう、お嬢様らしく夢を見たりはせんのか?」
「そうやってまた先延ばしになったら嫌じゃない」
ディアナって色んな意味で逞し過ぎるんだよなぁ。決して夢物語に憧れていないわけではないのだけど。
でもまあ気持ちはよくわかる。大概入念な準備をした時に限って本来の目的は失敗するものだ。そうしてタイミングを逸していくのだ。それもまたお決まりのパターンだものな。
「こっちにいらっしゃい。エリク」
「待て。ベットはダメだ。ソファにしよう」
「あら? ふふ♪ いったい何を想像したのかしら♪」
「初めから盛り上がりすぎても勿体ないだろう? それに今晩は久々に四人で過ごすのだ」
「……♪」
「なんだそのニヤケ面は……。公爵令嬢がしていい表情じゃないぞ……」
「ふふ♪ 遂にエリクも覚悟を決めてくれたのね♪」
「違うぞ? 先には進めんからな? それと大切な話しがあるだけだからな?」
「はいはい♪ そういうことにしておいてあげるわ♪」
ダメだこれ。今度は三人にも押し倒されそうだ。
「とにかく諸々は後にしよう。ほら。ここに座っておくれ」
ソファに座り、近付いてきたディアナを抱き寄せる。
「言ってる事とやってる事が違わないかしら?」
「ディアナはあれか? 緊張すると軽口が増えるタイプなのか?」
「さあどうかしら? 自分ではよくわからないわ」
「自己分析は大事だぞ。これからディアナには勉強だけでなく実技の方も頑張ってもらわねばならんのだからな」
「それって♪」
「違うからな。一々ピンクな方向に繋げるな。魔術と体術の話だ」
「ようやく解禁ね♪」
「より一層忙しくなるぞ」
「望むところよ♪」
「うむ。良い心意気だ。良い子は褒めてやらねばな」
不意打ち気味にディアナのおでこにキスをしてみた。
「場所を間違えてるわ。今度はよく狙って」
顔を赤らめながら唇を突き出しておちゃらけるディアナ。私は躊躇せずにキスで返した。
「……手慣れてるわ」
「初めての感想がそれか?」
私もユーシャ相手にやらかしたけど。
「ムードが足りていなかったと思うの」
「している内に出来上がるのではなかったのか?」
「私しちゃったのよね……。もう一回。ちょっとよくわからなかったの。今度は良いって言うまで離してはダメよ?」
本気か冗談かわからないディアナの発言に従い、ディアナに再び口づけた。さて。ディアナはどうやって合図してくるのだろう。すっかり口は塞がってしまっているわけだが。
……。
…………。
……………………あれ? 息してない?
「ディアナ? 大丈夫か?」
思わず顔を離して確認すると、今度はディアナの方から押し付けてきた。まだまだ足りないと言わんばかりに私の頭を抱え込んでいる。ユーシャといいソラといいファムといい、うちの娘達は積極的過ぎるな。おっといかん。キスしている最中に他の娘達を思い浮かべるのはマナー違反だった。
『余裕あり過ぎでは? 慣れ過ぎじゃありません?』
姉さんこそ。
『ギンカは今目を瞑っているじゃないですか』
あ~。ディアナの唇柔らかいなぁ~。
『やめてください! さては追い出そうとしてますね!?』
流石に今は空気を読んでほしい。
『ギンカが言えたことです?』
それはそれ。
『仕方ありませんね。今日のところは遠慮してあげます』
ありがとう。姉さん。
『今日は愛してると言ってくれないのですか?』
時と場合を考えて。どうぞ。
『何時までしてるんです?』
何時までいるんです?
『ぐすっ』
ごめん姉さん。だけど今は構ってる時じゃないの。
いや、それにしても長いな。ディアナや? そろそろ息くらい吸ったら如何?
「っはぁ!!」
とてもお嬢様のファーストキス直後に似つかわしくない吐息が漏れた。頑張りすぎだ。人一倍身体が健康になったからって私のような人外になったわけじゃないんだから。
「すぅ~~~!」
なんだその息継ぎは。
ああ、これまだ続ける感じか。
ムードもへったくれもないなぁ……。




