03-67.ウールサッキング
「エリク様、エリク様」
「うっ……メアリか……どうした?」
わざわざ私を起こしに来るなんて珍しい。寝坊でもしてしまったのだろうか。
「エリク様」
メアリの視線に促されてソラの方へと視線を向けると、そこには何故か一糸纏わぬ少女が眠っていた。そんな状態で私にガッツリしがみついている。というか私も半裸だ。なんか服の前が破られてる。というか食べられてる? なんか切り口が噛み跡っぽいぞ? 明らかに布地が足りていないがどこに消えたのだ?
「お着替えを。お嬢様方が目撃すればご不安になられます」
そうだな。色んな意味で不安になるだろうな。
「ありがとう。助かった」
「……本当に大丈夫なのですか?」
「ああ。心配無い。ソラは良い子だ」
少々想定外のこともしでかすがな。しかしドラゴン基準で考えればそうおかしなことでもあるまい。
「どうかご油断めされぬよう。竜種は強大な力を持つ種族です。エリク様はご無事でも周りがそうとは限りません。起きたらぺしゃんこでは笑い話にもなりません」
「ああ。そうだな。次は部屋を変えよう。他の者達も極力ディアナ達の方に集めておくれ」
「畏まりました」
ディアナ達の寝る私達の部屋は屋敷の角だ。そこから対角線の部屋で眠れば誤って踏み潰すことも無いだろう。
必要な話を済ませたメアリは早々に退室していった。
「なんだ起きていたのか」
『……』
扉が閉まると同時にソラが私を抱き締める腕に力が籠もった。私の問いかけに答えることはせず、私に抱きついたまま頭をもぞもぞと動かしている。
「心配しないで。別に怒ってないわ」
ソラの頭を撫でて抱きしめ返す。ソラの身体はひんやりしている。ポカポカな布団の中で抱き締めると気持ちがいい。素肌同士で触れ合っていると尚更だ。早く服を着なければとは思いつつもこの布団とソラの肌触りの良さは手放し難い。
このまま二度寝してしまいそうだ。流石にマズいな。折角メアリが気遣ってくれたのに。あんな時間に料理までさせておいて、その上今朝も私達より早く起きて様子を見に来てくれたのだ。無下にするわけにはいかんだろう。
「ソラ。そろそろ服を着ておくれ」
『……』
今度はハッキリと首を横に振った。仕方ない。もう少しだけ付き合うとしよう。
「今日は何をしてみたい?」
『……このまま……ずっと』
「ふふ♪ 私は嬉しいけれどそれはダメね。皆が心配してしまうわ」
『……関係ない』
「そんな事言わないで。皆貴方の家族よ」
『……』
「ファムに会いたくない?」
『……』
「アウルムはどう?」
『……べつに』
「シュテルとも気が合うと思うの」
『……しらない』
「町に出てみるのはどう?」
『……』
「一度山に帰ってみる?」
『……』
「そうだ♪ お話する練習をしてみましょう♪ ソラは口でお喋りして、私は念話でお喋りしてみるの。お互い出来ることが増えた方が楽しいよね♪」
『……むり』
「なんで?」
『……言葉違う。気持ち伝えてるだけ』
どういうこっちゃ?
『ギンカが念話と認識しているその技術は言葉を伝える為のものではありません。相手に心を伝えているのです。魔力に乗せて直接届けているのです。同じようにソラは人間の言葉を理解しているわけではありません。魔力を介して心で受け止めているのです。自動翻訳機能とでもお考えください』
なるへそ。おはよう。ネル姉さん。
『はい。おはようございます♪』
やっぱりドラゴンって凄いなぁ。魔導ってそんなことまで出来るんだなぁ。
『ギンカにもいずれ出来ますよ♪』
いっそ姉さんが教えてくれても?
『う~ん。やめておきましょう。ソラが居ればその必要もありませんから』
そうだな。折角だしソラに教わってみよう。
『それと我らが末妹がこの部屋に近付いています。お早めに行動された方がよろしいかと』
そういうの先に言ってほしかったなぁ。でもありがとう。
「ソラ。悪いが時間切れだ。服を着てもらうぞ」
『……』
「また今晩寝るときな」
『……うん』
よかった。遂に譲歩してくれた。もしや初めてでは? でもこの調子ならきっといずれ落ち着くだろう。
ようやく力を緩めたソラに新しい服を被せて、自分も手早く着替えを済ませた。ソラの服の微調整に取り掛かったところで扉をノックする音が聞こえてきた。
「入って良いぞ」
扉を少し開けて、ユーシャとシュテル、それにパティとディアナが遠慮がちに覗き込んできた。
「大丈夫だ。入ってこい」
服の残骸は布団の中に隠してある。見られる心配は無いだろう。
「よし。出来た」
『……むぅ』
「ふふ。良い子だ」
どうにか不満を飲み込んでくれた様子のソラを撫でてからユーシャ達に向き直る。
「おはよう皆。待たせたな。これから朝食か?」
「ええ。その為に誘いに来たの」
「おはようソラ。調子はどう?」
『……』
ソラはディアナの質問に答えず、さっと私の後ろに隠れてしまった。
「♪」
しかしシュテルに回り込まれた。
「!?」
急にシュテルが目の前に現れて驚いたソラは、昨日のように私に顔を押し付けてるようにして張り付いた。
「ダメだよ。シュテル。大人しくしてる約束でしょ」
「あ~い♪」
呼び止められたシュテルはご機嫌な様子でユーシャの下へと戻っていった。何かソラに対して感じるものでもあったのだろうか。
「部屋に運んでもらう?」
「……そうだな。悪いが伝言を頼めるか?」
「任せておいて。今朝は見送りも結構よ。行ってくるわね」
「すまんな。気を付けて行っておいで」
「ええ♪ いってきます♪」




