03-66.夜食と寝間着
「こんな時間に何をされているのですか?」
「ああ、メアリか。いやソラが飯を食いたいと言うのでな」
「……どうぞお掛けになってお待ちください」
若干呆れつつも食事の準備を代わってくれた。呆れるのも当然だ。既に深夜を回っている。皆が寝静まっているのにコソコソとキッチンで勝手な事をしていれば不審がって当然だろう。しかも今日はディアナと過ごすと皆の前で約束していたのだし尚の事だ。そんな状況でこうして何も言わずに食事を作ってくれるとは。メアリは優しいなぁ。
それから少し待っていただけで、ソラと私の前に立派なお夜食が運ばれてきた。
「ありがとうメアリ。とても美味そうだ。いただきます」
『……』
ソラは早くもがっついている。慣れない手を使って直接肉を口に運んでいる。思わずその光景を見て私達が固まっている内にソラは焦れてきてしまったのか、今度は直接スープに顔を突っ込んで舐め始めた。
「ソラ」
私は身体を掴んで優しく引き起こし、顔や手についたスープや食べかすを拭き取って座らせ直した。それから椅子ごと寄せて近づき、ソラの器を手に取った。
「口を開けて。食べさせあげる」
匙に掬ったスープをソラの口へと運ぶ。ソラは素直に受け入れた。まるで雛鳥のようだ。手持ち無沙汰になった手を私の膝に置いて、ただひたすらに咀嚼を続けていく。
ソラはあまり表情を動かさない。笑ったところは見たことがない。今のところ見たことがあるのは無表情とジト目と泣き顔くらいだ。今も同じだ。けれどそれでも何かしらの感情は伝わってくる。
正直美味しいと思っているのかはわからない。ただ当たり前に繰り返してきた食事という行動によって、何らかの不安を拭い去ろうとでもしているかのようだ。
もしかしたらソラはこのまま人として生きていきたいのかもしれない。もう二度と竜に戻るつもりが無いから人の身体を確かめているのかもしれない。
「美味いか?」
『……よくわかんない』
そうか……。
その後もソラは食事を続けた。自分の分を食べ終えて、私の分まで食べきってからも口を開き続けた。
「ダメだ。このくらいにしておけ。竜だって食べ過ぎれば戻すだろう? 人も同じだ。そんなにいっぺんに食べすぎても消化が追いつかんぞ」
『……そっか』
素直に口を閉じたソラは再び私の手を握りしめた。
「後片付けもお任せください」
メアリもソラの様子を見て、今度は呆れることも無く気遣ってくれた。
「ありがとう。美味かったぞ」
「ふふ。ありがとうございます。エリク様」
すまんな。結局私は一口も食べられなかった。しかも見透かされてしまったようだ。これでは格好がつかんな。
それから部屋に戻って、今度はソラの汚れた服を脱がせ、お湯に浸したタオルで全身を拭っていく。
『これ嫌……』
「我慢しろ」
一応身体自体は綺麗なものだった。私達がブラシで磨いたからだろうか。それとも竜形態の時の汚れは引き継がないのだろうか。
『後者ですよ♪ 一瞬でも変身すれば手軽に綺麗になれちゃいます♪』
便利だなぁ。でも明日は風呂に入れよう。この調子じゃ嫌がるだろうけど。
手早く拭き取りを済ませ、メアリから帰り際に渡されたソラサイズの寝間着を着せてみた。
『これ嫌!』
着せ替えられている間は大人しかったくせに、手を離した途端に破りそうな勢いで服を脱ごうとし始めてしまった。
「待て待て。ダメだ。人は服を着るものだ。今はこれしか無いのだから我慢しておくれ」
『嫌!』
何時になく強い否定だ。よっぽど気に入らないらしい。
『ギンカの服でも着せてみては?』
あ~。なるへそ。
でもこの部屋には無いしなぁ……あれ? メアリから渡された服がもう二着あった?
残りは私の分かと思ったら何故か私の寝間着が二着紛れ込んでいた。いや、これはおそらく意図的に入れてくれたのだろう。流石はメアリだ。重ね重ねありがとうメアリ。
『♪』
試しに私の寝間着を与えてみると今度は嬉しそうに受け入れてくれた。相変わらず表情は全然だけど、袖に頬ずりしながら寝転がってグネグネし始めたから間違いあるまい。これはあれか? 私の匂いを自分に移そうとしているのか? ちょっと気恥ずかしい。それにソラにはやはり大きいな。
『所謂彼シャツってやつですね♪ 可愛いものですね♪』
まあ、うん。こうも喜ばれるとね。確かに可愛い。
それから私も着替えてソラと共にベットに潜り込んだ。掛け布団が身体に掛かる感覚も嫌がったが、私が抱き締めるとすぐに大人しくなってくれた。
「またか」
『口動かさないで』
私もその念話使えないかな。便利だよなぁ。じゃなくて。
いや、これ止めないとマズいだろう……。そもそもこんな時間に食事を取ることになったのもソラがずっと離してくれなかったからだ。私の身体を拘束して好き放題マーキングと口づけを繰り返していた。そしてまた飽きもせずにマーキングを始めてしまった。この調子だと朝まで続けかねない。
幸い今はまだ魔力の繭は使われていない。私から抱きしめている形だからそれで満足しているのだろう。今なら油断している。どうにかして隙を作れないものだろうか。
「ソラ。少し話をしたいのだが」
『……なに?』
「その前にもう少しくっついておくれ」
ソラを更に深く抱きしめてその顔を私の胸に押し当てた。
『……♪』
良かった。お気に召したようだ。口づけされるよりはまだマシだろう。悪いがまだソラを受け入れるわけにはいかんのだ。
「人の身体はどうだ?」
『きゅうくつ』
「ならば竜に戻らなくてよいのか? 私は側にいるぞ?」
『……大きいから』
私の胸が? んなわけないか。
こうして私に包まれているのが嬉しいのだろう。竜形態じゃ不可能だものな。
「どちらでも構わんが無理だけはするなよ」
『……うん』
最悪竜はもう一体確保しよう。ソラは臆病で寂しがりやだからな。我々の目的とは合わないだろう。
「何かして欲しいことがあれば遠慮なく言うのだぞ」
『舐めて。主様も』
即答だなぁ。
「悪いな。それは無理だ。人は普通舐めんのだ」
『遠慮なく言えって言った』
「私に出来ることで頼む」
『主様人じゃない』
……まあそうなんだけども。多少変なもの舐めたとしても体調を崩す事はあり得ないんだけども。
「私は人になりたいのだ。だから出来ない」
『……そっか』
ソラはそれからすぐに寝息を立て始めた。




