03-65.始まりは独占欲
「遅かったじゃない」
「すまん。ディアナ」
「……まあ良いわ。ソラも少しは元気になったようだし」
まあ良くなさそう。でもそれも当然だ。なにせソラが私にべったりになってしまったからな。怯えて顔を隠しているわけではないが、私の手を掴んで離さない。どうやら人と触れ合う感覚にすっかり嵌まってしまったようだ。そのせいかドラゴン形態に戻るつもりも無いらしい。今頃ご近所様は突然現れて突然消えたドラゴンに何を思っているのだろうか。
「ソラ。すまないがファムのところに居てくれぬか?」
『……嫌』
なんでさ。私よりファムの方に懐いてたじゃん。
『ギンカには竜の素材が使われていますから』
え? そういうこと? と言うか姉さんまだいたの?
『まだってなんですか!?』
あ、いや、そうじゃなくて。自宅に帰ってきたからさ。今はこの部屋にユーシャはいないけども。
『なるほど。心配してくださったのですね。ですが余計な質問もダメですよ』
まあ姉さんには全てが見えているのだものな。
『そういうことです』
しかしどうしたものか……。
「明日にしなさい。今日はソラの側にいてあげて」
諸々察したディアナが見かねてそんな事を言い出した。
「ダメだ。ソラのこれがどれだけ続くかわからんのだ。ソラはこれでも竜種だからな。言い換えれば長命種だ。時間感覚が私達とは違うのだ」
先程も長い事飽きもせず舐め続けていた。私もソラとだけ過ごすわけにはいかぬ。ソラにも我慢を覚えてもらわねば。先々のことを考えればこれも必要なことなのだ。厳しいようだがここは心を鬼にしてでも言い聞かせねば。
「バカ言わないで。私が気になるわ。今日は諦めなさい」
「むぅ……」
今更ソラが手を離してもどの道か……。
「ソラはまだ来たばかりなんだから。安心するまで側に居てあげて。今晩と言わず何日でも時間をかけて構わないから」
「……すまん」
「そんな顔してたら安心なんて出来ないわ」
「……ありがとう」
「ええ♪ 頑張って♪」
うぐっ……。
『ディアナちゃんは良い子ですね~♪』
うむ。私達のディアナは優しく気高いのだ。私には勿体ないくらいだな。
『卑屈になってますね。ダメですよ。ディアナちゃんも言っているでしょう?』
そうだな。先ずはソラを安心させねばな。
『頑張ってください♪』
姉さんもソラの主として何か出来んのか?
『間違えないでください。私は"元"主です。力の供給や人化能力の付与はあくまでアフターサービスの一環です。それに私は恐れられていますから。下手に手出ししない方が良いのです』
……流石に無理がないか? せめて力の供給は私が受け持つべきなのでは?
『水臭いこと言わないでください。お姉ちゃんとギンカの仲じゃないですか』
まあそう言ってくれるならありがたくお願いするけども。
『よろしい♪』
甘々だぁ。
ディアナと別れてソラと二人で空き部屋に移動した。
『……』
「なんだそんな顔して。気にするな」
『……ごめん』
「こっちこそ悪かったな。眼の前であんな話をして。気遣いが足りていなかった」
『……それは思ってもいないでしょ』
「人間の少女として扱ってほしいなら今後はそうしよう」
『……いじわる』
「正直私も戸惑っているのだ」
『なんで?』
「きっとソラの事をよく知らんからだな。だから教えておくれ」
『なにを?』
「何でもだ。ソラには竜としての名があるのだろう? 誰が付けてくれたのだ? ずっと一人だったと言っておったが、少しは世話を焼いてくれた者もおるのではないか?」
『……いわない』
「そうか。なら次の質問だ」
『いいの?』
「もちろん。仲良くなるのが目的なのに無理に聞き出してもしかたあるまい」
『なりたいの?』
「当然だ。私はソラの親みたいなものなのだからな」
『……生意気』
「友でも構わんぞ」
『……ちがう』
「なんだ? ならどんな関係が良いのだ?」
『……』
「まあ決まったら言ってみておくれ」
『…………つがい』
「つがい? 番がいいのか?」
突然どうしたと言うのだろうか。
戸惑っている間にまたもソラに押し倒されてしまった。魔力の繭で身体が包まれている。指一本動かせそうにない。
『なんで匂い落としたの?』
言いながら再び私の口を舐め始めたソラ。
『我が番じゃないから?』
……なるほど。それで。
要するに私がディアナを優先しようとしたからか。ディアナに張り合うには番になるしかないと考えたのか。それに帰って早々に口を濯いだのもショックだったのかもしれない。ソラがどうしても離れてくれないから眼の前でやらざるを得なかった。流石に悪いかとも思ったが、ソラの涎でベトベトのままディアナの前に立つ勇気は無かったのだ。
「落ち着け」
『落ち着いてる。質問に答えて』
「そうだ。その通りだ。ソラが番ではないからだ」
『なら番になる』
「ダメだ」
『なんで?』
「ソラが勘違いしているからだ」
『勘違い?』
「きっとソラは寂しかったのだろう」
『そんなんじゃない』
「いいや。きっと間違い無いさ。ソラは他者と触れ合うことを知った。それがソラの寂しさを埋めてくれたのだろう。だから手放したくないと思ったのだ。これはとても良い事だ。ソラの成長の証だ。だがそれだけでは番となる理由としては足りんのだ」
『……何があればいいの?』
「そこに自分で気付けたなら受け入れてやるさ」
『……生意気。動けもしないくせに』
「解放しておくれ」
『自分で抜け出してみれば』
これは案外悟るのもすぐかもしれんな。私はまた竜を舐めていたのかもしれん……。
舐めるのをやめて唇を押し付けてきたソラの頬は少しだけ赤みを帯びていた。




