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03-64.認知バイアス

「いったい何があったのよ」


 私にしがみついて離れないソラを見て、学園から帰ってきたパティが頭を抱えた。



「……私にもわからん」


 すまんなパティ。それにソラも。こう言うしかないのだ。姉さんのことは秘密だからな……。



「わからんって、ソラが自分でやったんじゃないの?」


「ああ。うむ。たぶんそうだ。だがほれ。ソラはこの通りでな」


 結局あれから一度も喋ってくれていない。私に顔を押し付けるようにしてしがみついているだけだ。なんだかもう怖くて堪らないらしい。取り敢えずどうにか部屋に戻ってソファに座ってはみたものの、私もこれ以上身動きが取れなくなってしまった。



「ならそこまでに何があったのか……いえ、ごめんなさい。ソラが落ち着いたら聞かせてね」


 パティは渋々ながらも引き下がってくれた。これ以上ソラを追い詰めるような形になっても悪いと判断したのだろう。今はドラゴンではなく弱った少女そのものだからな。無理もない。



 さてどうしたものか。姉さんはユーシャが帰ってくる直前を見計らって引き上げてしまった。何か色々と制約があるらしい。


 私がユーシャに会いに来てくれと頼んだから、その約束を口実に一応会いには来るものの、それは決まってユーシャがいない時だけだ


 どうやらその約束とは別にユーシャと会うわけにはいかない理由もあるっぽい。


 約束と制約をぶつけ合わせて屁理屈を捏ね、ユーシャが不在の間のみ私に言葉を届けてくれているのだ。あくまでユーシャに会いに来たという体で。



 ……なるほど。やはり姉さんが直接見ていなければ考えるのを止められることもないのだな。後で叱られそうだからこれくらいにしておくけど。


 だが気になるな。姉さんの言いつけを破ってその存在を皆に伝えたらどんな罰が下るのだろうか。姉さんが不都合を被るのか、二度と姉さんと話しが出来なくなってしまうのか。いずれにせよ試す気にはなれんな。やっぱり気になるけど。



「ソラ君って呼ぶの変かなぁ。この服ってどこから出てきたんだろうね? 案外鱗か何かが変化したものなのかな?」


「ちょっとこちらにいらっしゃい、ファム」


 いい加減焦れてきたらしきファムが、ソラへの興味を押さえきれなくなった所に、パティが再び割って入ってくれた。


 ナイスだパティ。私達の部屋に連れてきてしまったから、ファムのお目付け役であるマーちゃんは介入出来んからな。まあ元々マーちゃんではファムを止めきれているとは言い難いけれど。どうやらマーちゃんもファム寄りっぽい。


 他所の家庭についてあまり勝手な憶測はしたくないけれど、たぶんアンヘル家自体が研究者としての側面が強い家系なのだろう。魔術の名家として当然ちゃあ当然かもしれんな。


 それに加えて貴族らしい貴族でもある。下々の者達や魔物達に対して私達と若干認識がズレていたとしても無理からぬことだ。魔物を友にと考えるファムですらその根底には私達と異なる認識を持っているのかもしれん。


 まあ貴族云々に関してはむしろパティの方が庶民に寄りすぎているんだけども。


 それに私自身も妖精王なんて名乗ってはいても、高貴な者として相応しい思想や理念は持ち合わせていないのだ。所謂ノブレス・オブリージュ的なやつだな。善きにせよ悪きにせよ、なにはともあれ先ずは知るべきだな。


 ベルトランにも忠告されたし、その辺の考え方もどうにかして学んでおくとしよう。倣うかどうかはまた別の話だが。



「ソラ。少し散歩にでも行かんか?」


 学生組が帰宅して部屋に人が増えてきたからな。ここでは居心地も悪かろう。


 相変わらず返事のないソラを横抱きにして持ち上げて、一旦庭に出てオルニスに頼んで空へと飛び上がった。


 そうして暫く飛んでいるとソラがようやく私の身体から顔を離して周囲を恐る恐る見回した。



「気分はどうだ?」


『……さいあく』


 ふふ。返事が出来るなら少しはマシになったようだな。こんなに簡単ならもっと早く連れ出してやればよかったな。



『……主様』


「なんだ?」


『……手。サボっちゃダメ』


 手? ああ。また撫でろと言ってるのか。さっきまでずっと撫でていたものな。実は手持ち無沙汰だったのもあるけど、ソラの髪や肌はあまりにも触り心地が良くてな。本人が望むならいくらでも撫でてやろうともさ。



 今度は私に寄りかかりながら空を眺め始めたソラを撫でながら、また暫く空の散歩を続けた。



『……主様』


「なんだ?」


『……へたくそ』


 催促されてからもう小一時間は経ってるんだけど?



「かゆい所はございますか? お客様?」


『なにそれ』


「どこが物足りんのだ?」


『こっち』


 顎の下? 猫なの?


 ご要望通りに撫でてみる。



『……やっぱへた』


「ドラゴンの時とは感覚が違うのではないか?」


『……かもね』


 自分の手の平を見つめて不思議そうにしている。私はその手を掴んで両手で包んでみた。



「どうだ?」


『……わるくない……かも』


 人間は手の平が特に敏感だからな。


 ソラもその事に気付いたようで、今度は自分から私の手を触り始めた。



『……へんなかんじ』


 ソラは暫く私の指を弄って感触を確かめていたが、段々と腕へと上っていき、肩や胸、果ては顔まで触り始めた。



「擽ったいぞ」


『……』


 返事がない。随分と夢中になっているようだ。


 まあ良いか。もう少しくらい好きにさせておいてやろう。


 そんな風に油断したのがいけなかったのだろう。何時の間にか私に覆いかぶさって私の顔を覗き込むようにして触っていたソラは、何を思ったのか急に私の唇を舐めだした。



「おい、よせ。ダメだそれは」


『……』


 返事もせず、一心不乱に舐めている。



「おい、ソラ。離れるんだ」


 押し返そうとしてもびくともしない。どうやら膂力はドラゴンのままだったようだ。そんな事ある?


 いや、でもおかしいだろ。体重は見た目通りだぞ? 何故動かせないのだ? 魔力? これか? まさか繭の応用か? 私ごと包んでる? そこまでするかぁ? と言うか聞こえてるんだな? 私が突き放そうとしている事もわかっているんだな?



「ソラ。落ち着け。私は美味くなんぞなかろう」


『……うるさい』


「頼むソラ。やめておくれ」


『……やだ』


「何故だ?」


『……安心する』


 動物的なやつか? やっぱこやつ猫なのでは? あとなんだかんだと懐いてはくれていたのだな。そこは素直に嬉しいぞ。まあそういう事なら仕方がないか。どうやら野生動物的な本能で他意は無いようだし。今でこそ少女の姿を取っているがそもそもこの子はドラゴンだ。私が過剰に意識しすぎてしまっただけなのだろう。



「なら少しだけだぞ」


『……うん』


 結局また小一時間はペロペロと舐め続けていた。その間ソラはやはり赤面するようなこともなかった。


 だいぶ遅くなってしまった。そろそろ帰らねば。ディアナとの約束もあるからな。それにしっかり洗っておかねば。ソラには悪い気もするがこればかりは仕方がない。ディアナとのファーストキスがドラゴン味では色々と問題もあるだろうし。


 あれ? 姉さんは? 今はユーシャもいないのに何故話しかけてこないのだろう。


 まさか私のせいか? 先程禁を破ったから? 姉さんがいない隙に少し考えてしまったから? やらかしたか?


『ふっふっふ。どうやら反省してくれたようですね』


 なんだ。そういう事か。心配して損した。


『さては大して反省していませんね?』


 ごめんなさい。姉さん。反省するから見捨てないでください。


『そんなことしませんよ! そもそもこんなに長く話しかけなかったのは空気を読んだからです! 早速ソラにまで手を出しましたね! お姉ちゃん驚きましたよ!?』


 人聞きの悪いことを言うな。手なんぞ出しとらんわ。私の思考も読んでいたくせにどうしてそうなるのだ。


『あんなに長い時間チュッチュしておいてよく開き直れますね。流石にディアナちゃんが可愛そうです』


 まさかあのタイミングだけ見ていなかったのか? そんなことあるか?


『……なるほど。そのような考えで。ですがお姉ちゃんの気持ちも考えてみてください。ギンカの思考を覗くという事は、ギンカの視界を覗き込む事にもなるのです。眼の前で年端もいかない少女が一心不乱にチュッチュとしてくるわけです。そんなの目を逸らすに決まってるじゃないですかぁ』


 まあ言わんとしてることはわかるけども。神様みたいな存在の割にちょいちょい融通が利かんのな。


『なっ!? まさかお姉ちゃんの力を疑うと言うのですか!?』


 いやいや。十分凄いと思っているさ。


『そこはかとなくバカにされている気がします!』


 そんなつもりは無いんだけどなぁ。


『ギンカはもっと姉を敬うべきです!』


 敬ってる敬ってる。


『ギンカ!』


 ごめんてば。

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