03-59.慌ただしい朝
「なんだろうね? ハイ? ロード? 正直ボクにもわかんないや。たぶん力の総量と見た目がチグハグなんだよ。まあそもそも幼い竜種って元々見分けが付きづらいものでもあるんだけどさ。それにしたってソラ君は特別だよね。もしかしたら竜王の子供とかなのかも? たかが二百年足らずでこのサイズは正直おかしいよ。勿論大きすぎるって意味でね。だからソラ君お姫様説もあながち的外れでは無いと思うよ。もしくは突然変異って可能性もあるけど。それで親から捨てられちゃったんじゃないかな? 自分より強く大きな子供なんて側に置きたくは無いものだよ。野生動物の類なら特にね。竜種は特に賢いから。ソラ君が卵の頃から見抜いていたんだろうね。苦労してきたんだねソラ君。大丈夫。これからはボク達も一緒だから。皆で家族になるんだよ♪ 素敵な試みだと思うよね♪ ボクも加わったばかりだけどソラ君の先輩として手を引いてあげるよ♪ 仲良くしようね♪ ソラ君♪」
今日もファムは絶好調だ。なんだか何時にも増して浮足立ってる気もするけど。
「ファム。今後はソラの散歩当番を命じる。ついでに食事にも連れ出してやっておくれ」
「アイアイさー♪」
嬉しそう。竜の生態を間近で観察できる機会だものな。ファムからしたら最高の研究材料でお友達だものな。どうやらファムの中ではその二つが両立し得るようだ。なんとなく私もファムの事がわかってきた気がする。
「マーちゃんもできる限りファムの事は頼んだぞ」
「はい♪ クーちゃん様♪」
こっちも絶好調だ。毎回私の腕を抱くのはおやめになってくださいまし。
「随分と仲良くなったものね」
「おはようディアナ。なんだか今日は一段と美しく見える。何か良い事でもあったのかね?」
「当然エリク達が無事に帰ってきたからよ。蚊帳の外だからって心配しないわけが無いでしょ。それに聞いたわよ。エリクったら随分と無茶をやらかしたそうね」
「あ、はい。すみませんでした」
「学生は学園に行く時間よ。何時までも侍らせてないで送り出してあげなさい」
「仰せの通りに。マイレディ」
「よろしい」
良かった。なんだかんだと機嫌は良いようだ。機嫌の良い内にマーちゃん(たち)の事は放りだしてしまおう。
「パティも起きてきたな。仮眠は十分にとれたか?」
精々二時間程度だろうけど一切寝ずに行くよりはマシだろう。
「ええ。大丈夫。それじゃあ行ってくるわね。ギルドの方は任せたわ」
「うむ。あ、おい待てパティ。こちらを向け。少し触るぞ」
「え!? ちょっ!? こんな所で何を!? そんな一回したからって!?」
「何を慌てているんだ。ほれ。寝癖がついておろう。ふふ♪ 珍しいな。パティのこんな姿は」
「あ、なんだ。そういう……あ」
「あ」
「うふふ♪ どうしたの二人してこっちを見たりして♪ どうぞ続けて♪ 私知ってるわよ♪ いってらっしゃいのチューってやつでしょ♪ 良いわよね♪ 私もいつかしてあげたいわ♪ あ、でも禁止されているものね。キスもまだダメだって。でもおかしいわね♪ さっき確かにパティは一回したって♪ そんな筈無いわよね♪ 二人だけ抜け駆けなんてありえないわよね♪ 私達はこの指輪に誓った筈だものね♪ 私は勿論信じているわ♪ きっとすぐ私の事も仲間に入れてくれるのよね♪ このまま除け者になんてしないわよね♪」
あかん……ディアナがファムってる……。
「ディアナ。今晩時間を貰えるかな?」
「喜んで♪」
今晩までに作戦を考えよう。パティも何か考えておいてくれ。
「(後は任せたわ! エリク!)いってきま~す!」
あぁ……そんな……一人で立ち向かえと言うのか……四人で共にあろうという誓いはどうしたと言うのだ……。
「良かったね。エリク。これで解禁かな?」
素早い身のこなしで躊躇う事無く私にキスしたユーシャは、それを見て真っ赤になったパティの手を引いて、何食わぬ顔で屋敷を出発した。当然皆もここに集まっている。私達家族は大の仲良しだ。学園組だけでなく、居残り組も見送りの為に顔を出しているのだ。まさに勢揃いだ。全員にユーシャとのキスは見られていたわけだ。なむさん。
「ふっ、ふ~ん? そう? ユーシャにはもう許していたのね? しかも随分と慣れた様子だったじゃない?」
いやまだ二回目なんだが……言っても信じては貰えんだろうなぁ……。
『くふふ♪ 今日も修羅場ってますね♪』
また姉さんは可愛い妹がいないのを見計らって……。
『悪い子はお仕置きしちゃいますよ♪ ギンカ♪』
まさかそんな形で約束を利用してくるとは。
『そうですか♪ お仕置きが欲しいと♪』
どうか連れ出してください。
『その手には乗りません。そもそも物理的干渉は許されていません。あくまでイマジナリー姉さんとして可愛がってください♪』
肝心な所で役に立たんではないか。この姉さん。
『あっれ~? 早くも反抗期ですかぁ~? 昨晩姉さんには抗えないって言ってたばかりじゃありませんか~?』
まあその気持が無いわけでもないがな。だがこうして一晩中ちょくちょく話しかけられもすれば、それなりに親近感も湧いてくる。そろそろもう一歩踏み込んでも良いかと思ってな。今後も仲良くやりましょう。ネル姉さん。
『ふっふっふ~♪ そういう事なら大歓迎です♪ 早くも受け入れてもらえて何よりです♪ 姉さんは順応性の高い妹も大好きですよ♪』
着々とネル姉さんの好感度は高まっているようだ。それに反して眼の前の家族達からは怒りの感情が高まっている気配がする。……気がする。あれ? なんでメアリまでそんな目で見るの? ……あ、そっか。メアリには最初の頃いっぱい魔力流してたものな。本人の自制心がありすぎて今までそんな気配は微塵も感じさせてこなかったけど、普通に依存症というか、私のこと好きになってたのか。……どうしよう。
「クーちゃん! ボク達もギルド行かないとね! ソラ君はどうしよっか! 一旦置いてく? ギルド職員に出張査定に来てもらうのが現実的かな? と言うかそろそろ来るんじゃない? ボク達が行くまでもなくさ。もうちょっとだけ待ってる? あ、噂をすればだ。ボクあの人知ってるよ! ボクも何度か受付してもらったことあるんだ! たしかナタリアさん? だったよね? ほら、クーちゃん! 出迎えてあげようよ! はい! 皆も解さ~ん! ほらほら。皆朝はなんだかんだ忙しいでしょ? はい動いた動いた!」
ファム……そんな気の遣い方も出来たのだな……私は今感動しているぞ……正直ファムの事を見くびっていた。ありがとうファム。お陰で助かった。本当に感謝しているぞ。でも実はアウルムの入れ知恵だったりしない?
「おはようございます。クシャナさん」
「うむ。おはよう。ナタリア殿。わざわざ出向いてもらって悪いな」
「いえ、お仕事ですから」
「ギルドとしてもやはり放ってはおけんか」
「当然です。魔物の担当と言えばやはりギルドですからね。お城の方々が特に力を持つこの国とてそれは変わりません」
「勿論蔑ろにするつもりは無かったとも。まさにこちらから出向こうかと考えていたところだったのだ」
「それでお見送りに皆様が集まっていらしたのですか?」
「見えていたのか。いいや。あれはパティ達学園組の見送りだ」
「それは失礼を。朝の忙しい時にお邪魔してしまいました」
「むしろ丁度よかった。紹介しよう。こちらはファムだ。我が家の新しい家族であり、魔物達の飼育係も任せている」
「ファティマさんじゃないですか」
ああ、そう言えば顔見知りなんだったな。ファムがそう言っていたばかりだった。そもそもナタリアさんはファムの起こした事件の事も知ってるのかもだし。あれ? ナタリアさん今いくつだ?
「驚きました。まさかファティマさんがクシャナさん達と共にいらっしゃるとは。ふふ♪ クシャナさんはやはり面白いですね♪」
なんでそういう評価になるの?
「まあ知り合いならば話は早いな。今後魔物に関することはファムにも立ち会ってもらう。そのつもりでよろしく頼む」
「はい♪ 承知致しました♪」
今日はナタリアさんもご機嫌だなぁ。ドラゴン騒ぎで頭か胃が痛いかとも思ってたけど。
「それでこっちの飛竜はソラという名だ。種族はスカイドラゴンのハイか、ロード以上ではないかって話だな。具体的なところは私達にもわからん。調査員を連れてきてもらうのは構わないが、あまり大勢でゾロゾロとなんていうのは遠慮しておくれ。ソラは良い子だが刺激しすぎれば当然怒りもするからな。飛竜の怒りを買わぬよう気を付けてやってくれ」
「承知致しました。ご協力に感謝します」
「うむ。常に私も側に居るようにはするから何かあれば気軽に頼ってくれ」
「はい。クシャナさん」
「ファムも頼むぞ。そうだ。後でポチも連れてきておくれ」
「はい♪ クーちゃん♪」
アウルムは何時も通りファムの頭の上だ。すっかり定位置になっているようだ。たまには私の方に帰ってきてくれても良いのだぞ? 実はアウルムを身体に纏わせると結構快適なのだ。保湿保温に肌触りの良さと、完璧な肌着としての適正も持ち合わせているからな。もう一匹探してこようかな?
「……? ◯!」
私の視線から何かを感じ取ったのか、いきなり丸印を作ってみせたアウルム。
それから一旦地面に降りたアウルムはその場でいきなり分裂してみせた。
「え!? 凄い!? アー君そんな事も出来るんだね!!」
あかん。ファムが暴走しそう。
それと私としてはむしろ、私の考えていた事を的確に察してくれた事の方が驚きなんだけど……まあ今更かぁ……。
二体に分かれたアウルムの内の一体が、私の袖から服の中へと潜り込んだ。もう一体はその場に残り、また分裂してファムを楽しませている。相変わらずの仲良しっぷりだ。善き哉、善き哉。
「着実に戦力が集まりつつありますね。流石は妖精王陛下でございます」
「そろそろ本格的に動く。ギルドも忙しくなるだろうが宜しく頼むぞ」
「はい♪ 望む所でございます♪」
その余裕は何時まで続くかな。とは言え挑戦を受けると宣言した以上、こちらも手を抜くことは出来んのだ。精々悪く思わないでおくれ。