01-20.行き当たりばったり
「本当に入れるの?」
「……少し待て」
領主の屋敷近くにはどうにか辿り着いたものの、屋敷の警備は想像以上に厳重なものだった。
その様相はまさにネズミ一匹通さんといわんばかりだ。
幾人もの兵達が領主の館の周りを巡回している。
「やっぱり野宿する?」
「待てと言っておろうが」
だが、ユーシャがそう言いたくなる気持ちもわかる。
これはどう見ても侵入不可能なやつだ。
おかしい。いくらなんでも厳重過ぎる。
まさか先程の件とも何か関係が?
凶悪犯が近辺に潜んでいるから、厳重警戒を要している?
いや、それはないか。
向こうからしたら、たかが盗人一人だ。
とても凶悪犯などと呼べたものではない。
「私ここで待ってようか?」
「ならぬ」
「でもエリク一人なら侵入できるでしょ?
お嬢様にお願いして、ちゃんと中に入れてもらえば?」
「ダメだ。
私はお前の側を決して離れはせん。
目を離した隙に例の襲撃者が襲ってこんとも限らんのだ」
「えへへ♪」
一々嬉しそうにするな。これくらいで。
しかしどうしたものか。
今宵は満月だ。
先程はそれこそがチャンスと考えたものだが、逆に姿を隠すのも難しい。
雑に塀を飛び越えたところで、何れかの兵達には見つかってしまうだろう。
このまま茂みに隠れてチャンスを伺うべきだろうか。
その前に見つかってしまうだろうか。
いやでも、いっそ捕まってみるのも良いのでは?
正面から乗り込むのは礼儀に反するとしても、たまたま近くを通りかかって、不審者として捕まってしまっただけなら、情状酌量の余地もあるのではなかろうか。
流石に領主の手元にいる兵士達にまで、敵の手が及んでいるとも思えない。
それにメイドの誰かにでも会わせてもらえれば、ユーシャが開放される可能性は高いだろう。
最悪今晩一晩くらいは独房なりで過ごす事になるかもしれんが、それも野宿よりは安全ではないだろうか。
だが、問題なのは私の存在と捜索願だろう。
ここの兵士達がそれを知っているかどうかはともかく、捕縛されれば照合くらいはされるだろう。
私の存在はある意味目立ちすぎるのだ。
というか、人形なんだから捜索願っておかしくないか?
普通、遺失物届けとか、盗難届とかでは?
こっちの世界では細かく分かれてないの?
それとも兵士達に人形の捜索を頼めるような立場の者が依頼したって事?
ダメだ。なんか益々混乱してきた。
これはただの脱線だ。余計な事考えてる場合じゃない。
「もう少し様子を見よう。
ダメそうなら今晩はここで野宿だ」
「それって挟み撃ちにならない?」
「……賢いな。珍しく」
「もう。エリクの意地悪。一言余計だよ」
ユーシャの言う通りだ。
私達は既に追われている身なのだ。
目撃情報を辿ってここにいると気付かれる可能性もある。
むむむ。
早く判断せねば身動きが取れなくなるな。
一旦町の外にでも逃げるか、逆に領主邸の護衛兵達に捕まってしまうべきか。
おそらく一度外に出てしまえば、ディアナとの再会は難しくなるだろう。
ユーシャの無実を証明する前に逃げ出してしまえば、領主邸どころか町の出入りだって止められてしまうはずだ。
かと言って領主邸の護衛兵達にユーシャの身柄を預けるのが得策とも言い切れない。
同僚とすら会わせてもらえなければ、弁明の機会も無くなり、更に罪が一つ増えるだけの結果になってしまう。
これは困った。
本当に困った。
いっそジュリちゃんに匿ってもらうか?
私の想像では、ジュリちゃんが通報したわけではない筈だ。
翌朝にでも一緒に弁明してもらえば、捜索願の方も取り下げさせられるかもしれない。
だがしかし、それもまた確実とは言えない。
ジュリちゃんが呪いに負けて本当に裏切ったのかもしれないし、よしんば味方になってもらえたとしても、兵士達が取り合ってくれるとも限らない。
むしろただ厄介事に巻き込むだけの可能性もある。
敵が権力者ならば、この町で店を開くジュリちゃんには厄介な相手になるはずだ。そんな迷惑はかけられない。
ダメだ。
これでもう選択肢が尽きてしまった。
こんな事ならもっと交友関係を広げさせておくべきだった。
いや、ユーシャにしては十分に頑張ってはいたのだが。
「誰だ!!」
「「!?」」
マズい!!見つかった!?
グズグズしすぎたか!?
「ユーシャ!
落ち着いて聞け!
ここは敢えて捕まるぞ!
薬瓶は胸の間に隠しておけ!」
「うん!」
領主邸の衛兵達がそこまで身体検査する事は無いと信じよう。というか手を出そうとしてきたら私がぶっとばす。最悪ゴリ押しでディアナの下まで駆け込もう。
相手も病弱な令嬢の側でまで騒ぐつもりもないだろう。
「何者だ!
ここで何をしている!」
大人しく出てきた少女に油断なく構える兵士。
随分と教育が行き届いているようだ。
「私はエリクと申します」
先程と同じように一人で浮き上がって兵士と視線の高さを合わせる。
「な!?」
兵士は流石に驚いて隙を見せるも、すぐに気を取り直して警戒を強めた。
「あまり驚かれないのですね。
妖精族は珍しいでしょう?」
「妖精族だと?」
良かった。食いついた。
少しは話しを聞いてくれそうだ。
問答無用で連れて行かれたら厄介だった。
今なら多少は立場をマシなものに出来るかもしれない。
「ええ。
この地で最も偉大な人族にお会いしたく参上致しました」
「領主様に用があるというのか?
ならば何故このような時間にコソコソしていたのだ?」
「申し訳ございません。
ご迷惑をおかけするつもりはありませんでした。
ですが、事情があるのです。
どうやら私、人形と誤解されてしまったようでして。
それでこの町の戦士達から逃げていたのです」
「人形?
何の話だ?
何故それで逃げる必要があるのだ?」
「ご存じありませんか?
なんでも人形の盗難があったとか。
私の案内役を務めてくれた心優しいこの子が、その窃盗犯と疑われてしまったのです」
「ならばそう説明すればよかろう!
逃げれば罪となるのだぞ!」
実際それで一度逃げてきたのだよ。
正直、普通はこうはいかない。
弁明など聞いてもらえずに連行&処罰されるものだ。
疑われた時点で逃げ一択なのだ。
特に明らかな冤罪を仕掛けれているような時は尚更な。
それにしてもこの町は随分と心の綺麗な者が多いようだ。
この兵士、悪気なく本気で言ってそうだし。
これもあの領主の治世の賜物だろうか。
「ですからこうして参上したのです。
直接弁明の機会を頂きたく。
決して貴方方を軽く見る意図はございませんが、私も立場上末端の戦士たちにこの身を預けるわけにはいかないのです」
このゴスロリを見よ!
我こそは高貴なる者ぞ!
妖精族は私だけだからね!
実質私が女王様だよね!
扱い間違えたら国際問題になっちゃうよ!
「……話はわかった。いえ、わかりました。
ご同行頂けますか?
私から上に掛け合ってみます」
お!ちゃんと効果あった!
誤解してくれた!この兵士さん素直やなぁ!
「ええ。ありがとうございます。
どうかよろしくお願い致します」




