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01-19.月夜の逃避行

「人形とは、もしや私の事ですか?」


 私は一人でユーシャの側を離れて、兵士の方に歩み寄る。



「「な!?」」


 突然歩いて流暢に喋りだした人形に、驚愕の表情を浮かべる兵士達。



「私は妖精族です。人形ではありません。

 どうやら人違い?人形違い?をなさっているようですね」


「妖精族だと!?

 そんな種族聞いたことも無いぞ!」


 当然だ。

たった今私がでっち上げたばかりだもの。

この世界も妖精はおとぎ話くらいにしか存在しないっぽい。


 むしろ何であるし、おとぎ話。

あの不審者の差し金だろうか。それとも世界が違おうとも、人間の考える事は変わらないということなのだろうか。



「数も少なく珍しい種族ではありますから」


 私は浮き上がって兵士達と視線を合わせて微笑んだ。



「本当に私が人形に見えますか?」


 既に完全に日も落ちている。

月明かりは十分過ぎる程だが、それがいい塩梅に錯覚させてくれそうだ。

身体検査でもされなければ、私の正体に気がつく事もないだろう。



「いや……だが……しかし……」


「誤解させてしまったのなら謝罪致します。

 ですがどうか、今宵はお引き取りを。

 私の小さな主が不安がっています。

 それとも、あのような幼気な少女にあらぬ罪を着せて捕らえるおつもりですか?」


「……失礼する!」


 一人は何に対するかもわからない怒りを滲ませながら、背を向けて急ぎ足で歩き出した。



「申し訳ない!お嬢さん方!

 上の者達もすぐに撤収させる!」


 もう一人はしっかりと頭を下げてから、二階で成り行きを見守っていた者達に合図を送り、宿の方へと向かっていった。



「ユーシャ。離れるぞ。

 悪いが今夜は野宿だ」


 私はユーシャの肩にしがみついて、声を潜めて話しかけた。



「こんな時間にどこ行くの?

 宿に戻らないとかえって怪しまれるんじゃないの?」


「よしよし。良い子だ。冷静だな。

 だがダメだ。捜索願が出ているという事は私の特徴も知られているはずだ。今の奴らは勢いで誤魔化せたが、冷静になれば戻ってくるだろう」


「わかった」




 さて、どうしたものか。

これは本当にジュリちゃんの裏切りだろうか。

正直私には信じられない。

あの者はそのような卑劣な真似をする輩には見えなかった。


 もしや呪いに負けてしまったのだろうか?

人形が側を離れた事で、何か問題でも起きたのだろうか。

私という中身入りの人形を手に入れたい欲求でも強まったのだろうか。


 やはり解せぬ。

捜索願を出すなど、呪いで正気を失った人間のやる事とは思えない。あまりにも手段が冷静に過ぎる。


 それにもしジュリちゃんが裏切ったのなら、私だけでなくユーシャの特徴も伝わっていたはずだ。


 だとするなら、兵士達がああも簡単に引き下がったのが納得できない。流石に二人共の情報が一致するなら、例え誤解だとしても一旦拘束して話を聞くのが筋だろう。




 犯人は別人なのではなかろうか。

例えばどこぞの金持ちが、罪をでっち上げて人形を奪おうと画策した可能性はどうだろう。


 兵士達とも金で繋がり、好き放題悪事をしている場合だ。

人形を持ち歩く少女を偶然見かけて、捕縛する為の口実とした可能性もあるのではなかろうか。


 いや、いくらなんでも荒唐無稽が過ぎるか。

この町は治安が良い。領主も良き人間だ。

そのような悪漢が蔓延っているようには見えない。


 そもそもたかが人形を取り上げるにしては、騒ぎを大きくしすぎだ。自らの手の者をこっそり放って、その後に起きる騒ぎをもみ消した方が効率は良いのではなかろうか。


 犯人がこの町のトップならともかく、どころかトップにまともな人物が立っている以上は、あまり強引な事も出来ないだろう。




 襲撃者とも関係があるのだろうか。

もしや本当の目的は人形ではなく、私の薬瓶なのでは?

ユーシャが捕縛される事で、ユーシャの手元から薬瓶わたしが離れるのを期待しているのでは?


 だとするなら、襲撃者は兵士達の守る収監施設に忍び込める技量すら持っているのかもしれない。


 それでも直接再度襲って来ないのは、少女が意識を失っても動く手段が存在すると知っているからなのだろう。

その正体が掴めない為に、こんな回りくどい作戦を仕掛けてきたのかもしれない。


 あとは、元から兵士達にも顔の効く立場である可能性もあるな。

別に忍び込まなくても、犯罪者の所持品を取り上げられるような立場にいるのかもしれない。


 これは何も、襲撃者本人がその立場である必要はない。

襲撃者の裏に潜む黒幕、雇い主かなにかが実行出来るならそれで良いわけだ。


 そうなると厄介だ。

良き統治者であるこの町の領主の目を掻い潜って、暗躍する者がいるかもしれないのだ。私と少女だけで太刀打ち出来るとも思えない。今すぐにでもこの町を離れるのが唯一の正解なのかもしれない。


 ユーシャの護衛は問題ない。

私に睡眠は必要ない。町の外に出て、追手がしつこく仕掛けてきたとしても、それはそれで返り討ちに出来るのだ。私が常にユーシャの体を魔力で覆えば、多少の不意打ちも防げるはずだ。


 何より、ユーシャ自身の頑強さがある。

これが何より心強い。逃げに徹するなら私とユーシャだけでもそれなりにやれるはずだ。


 それに敵側に"薬瓶わたし"という具体的な目的がある以上、あまり極端な追い詰め方はしてこないはずだ。

私が割れてしまったり、ユーシャが私を飲んでしまえば、敵の目的は果たせないのだ。


 まあこれは、敵が私の正体を知っていた場合の話だが。

とはいえ、何の根拠もなく奪おうとはしないだろう。

あの不審者、女神の産み出した物品には、何かそれとわかる特徴でもあるのかもしれない。


 全てが推測に基づくものに過ぎない以上過信は禁物だが、焦って視野を狭める必要はない。


 そもそもユーシャはディアナとの再会を望んでいるのだ。

今ここで全てを投げ出して逃げるつもりは無いだろう。



「ユーシャ。ディアナを頼ろう」


 ディアナならば兵士達に突き出したりはするまい。

きっと話を聞いてくれるはずだ。



「こんな時間に?」


 流石に正面からは入れてもらえんだろうな。

門番までユーシャの事をよく知っているわけでもあるまい。

よしんば覚えていてくれたとしても、調子に乗ってこんな時間に貴族の屋敷を訪れる常識知らずの小娘なんぞ、門前払いされるのがオチだ。


 だが。


「大丈夫だ。心配はいらん。

 今宵は満月だ。お誂え向きにな」


 きっとまた、月明かりで本を読んでいる事だろう。

少し忍び込ませてもらうとしよう。

少女一人塀を飛び越えさせるくらい、今の私の魔術ならば造作もない。



「何の話?」


「それより急げ。

 いつ追手がかかるとも限らんのだ」


 ユーシャが逃げたと気付けば、私の正体に勘付かなくとも追ってくる可能性はある。

既にそうなっていても不思議はない。



「後で絶対聞かせてもらうからね!」


 すまんな。

あれはディアナと二人だけの約束なのだ。

こればかりは口が裂けても聞かせられんな。




 言ったら絶対怒られるし。

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