01-18.予感
「こうなると味も感じられるのか気になるところだな」
というか何か食べたい。
匂いは感じるのだ。なんだこの拷問は。
いや、今までもこうだったのだけども。
人間に近い体を手に入れた事で、私の意識にも変化が生じているのかもしれない。
「試しに食べてみる?」
私を膝に乗せて遅い晩ご飯を食べていたユーシャが、私の口元に匙を運んできた。
「無茶を言うな。
本当に食べられるわけがないだろう」
あとそういうのは止めなさい。
ここには一応他の人もいるのだ。何せ宿の食堂だからな。遅い時間とはいえ、まだそれなりに客もいる。少女が一人寂しくお人形ごっこしているようにしか見えまい。
いや、案外幼い妹の面倒を見る少女とでも思われているのだろうか。それにしては服装に差がありすぎて意味がわからんか。
おそらく、奉公先の裕福な家から幼子を拐かしてきた少女とでも思われるのが関の山だ。これ実は結構マズイのではなかろうか。
「早く食べて部屋に戻ろう。
なんだか嫌な予感がするぞ」
「どうせいつもの考えすぎだよ」
「……部屋に戻ったら眠るまで遊んでやる」
「よしきた♪」
まったく。調子のいい子だ。誰に似たんだか。
少女は勢いよく食事を掻き込んで部屋に戻ると、私を抱きしめてベットに飛び込んだ。
「ふふふ~♪
やわやわ~♪ぷにぷに~♪ぬくぬく~♪」
「遊ぶのではなかったのか?」
「遊んでるじゃん」
「このセクハラがか?」
全身ベタベタ触りおって。
服の中に手を入れるのはやめんか。
「ただの人形遊びでしょ」
「そう言いながら何故服を脱がす?」
「今のエリク、肌触りが最高なんだもん。
それになんでか体温まであるし。
もう服なんて邪魔だよね」
「おい!待て!
何故お前まで脱ぐのだ!
やめんか!服を着ろ!」
「ふふふ♪付き合ってくれる約束でしょ♪」
「ダメだ!そういう事はまだ早い!
お母さん許しませんよ!」
「もう。慌てすぎだよ。
ただ私は全身でエリクの感触を味わいたいだけ。
別に変な意味は無いよ」
そう言って自らの胸に私を押し付けるユーシャ。
何も身に付けていない少女の半身に包まれて、私は更にパニックに……ならないわね。
これはあれね。
感触も体温も感じないからね。
なんだろう。このガッカリ感。
いや、別にユーシャに対して邪な気持ちを持ちたいわけじゃない。なんなら少し安心もしている。
だと言うのに、何かこう、物足りないと言うか、期待外れと言うか。そんな気持ちすら湧いてくる。
どうせならユーシャの感触を味わいたい。
全力で抱きしめて、ユーシャを安心させてあげたい。
それが出来ない体がもどかしくて堪らない。
そんな百%母性由来のような感情なのだ。きっと。
むむむ。
どうにかならぬものだろうか。
薬瓶に戻るか?
いや、それでは意味がない。
私からユーシャを抱きしめる事が出来なくなってしまう。
薬瓶から感覚を引き出せないか?
視覚と聴覚と嗅覚は使えているのだ。
触覚だって方法はあるはずだ。
ついジュリちゃんに頼んでしまったが、これ実は私自身の問題なのではなかろうか。
「また考え事?
遊んでくれる約束でしょ?」
「お前が私で遊んでいるだけだろうが。
この状況で私に何をしろと言うのだ?」
こちとら全身ガッチリホールドされて、ろくに身動きも取れんのだ。呼吸が出来たらとっくに窒息していただろう。
「う~ん……普通の人ってここからどうするの?」
「まさか遊び方を聞いているのか?
ボッチだから他者との正しい遊び方がわからないのか?」
それならば、何はともあれ服を着なさい。
話はそれからだ。
「エリク。逆さまは嫌がってたよね」
「あ!おい!やめんか!足を持つな!ぶら下げるな!
ダメだって!酔うから!気持ち悪いんだって!」
「失礼な事言ったエリクが悪い。
これはお仕置き」
「悪かった!もうボッチとは言わん!
そうだなユーシャには私がいるもんな!
私はいつだってユーシャの側にいるぞ!
母としてだけでなく、友としてもな!」
「はぁ。本当に調子がいいよね。
今の言葉、心の底からのが聞きたかったな。
こんな場面でじゃなくて」
そう言いながらも私の体をベットに降ろし、今度は両脇に手を入れて抱き上げたユーシャ。
「いい加減服を着せてくれ。
人形の体とは言え、流石に下着一枚は居た堪れない」
流石に今回はショーツまでは脱がされなかった。
だがこれはこれで気恥ずかしいものだ。
まるでオムツだけ身に付けた赤子のようだ。
「それは嫌。
今日はもうこのまま寝るもん」
「ダメだ。服を着なさい。
風邪をひく。明日から戻るのだろう?
あまり時間を開け過ぎては、居場所など無くなってしまうのだぞ?」
「今日だけ」
「ダメだ。
体調の問題だけではない。
襲撃者の件もある。
ただでさえここは安宿なのだ。
何時でも逃げられるように備えて眠りなさい」
「……はい」
ユーシャは渋々服を着直した。
平時はちゃんと言い聞かせれば聞いてくれる子だ。
たまに暴走してしまうが、基本的に良い子なのだ。
流石は我が娘だな。うんうん。
ユーシャが私にも服を着せようとしたところで、部屋の戸をノックする音が聞こえてきた。
「!?」
「は~い?」
慌てた少女に代わり、いつものように私が返事をした。
こんな時間に誰が何の用だろう。
ノックをしてきたという事は、宿屋の女将さんだろうか。
ユーシャを気に入ってくれているのか、たまに果物や甘味などを差し入れてくれるのだ。
たった二ヶ月弱とはいえ、その上半月ほど離れていたとはいえ、この宿にはそれなりに長く滞在している。ボッチ少女のユーシャにだって、気にかけてくれる知人の一人くらいは出来るものだ。
なんだ?
返事がない?
こちらが開けるのを待っているのか?
おかしい。
女将さんは朗らかな人だ。
こんな態度は取らないはずだ。
ノックは気の所為だったのか?
そう思いかけた直後、再びノックの音が響いた。
「どちら様ですか?」
問いかけつつ、ユーシャに荷物を集めさせる。
荷物は大した量も無い。お土産用のクッションと私自身が嵩張るくらいで、他は荷袋一つだ。既に装備も整っている。
いくら少女が大した実力もない冒険者とはいえ、十年近く旅生活を続けてきたのだ。こういう時の行動は迅速だ。
相変わらず返答はない。
その代わり、ドアノブがガチャガチャと音を立てた。
ドスンと何かがぶつかる音まで響いてきた。
どうやら敵は扉をぶち破るつもりのようだ。
「行け!」
私と少女は宿の二階の部屋の窓から外に飛び降りた。
そこには既に二人の男が待ち構えていた。
「大人しくしろ!抵抗は無駄だ!」
男たちの服装はこの町の兵士のものだ。
やはり私の事でも通報されたのだろう。
窓からも一人が覗き込んでいる。
捕縛に来た兵士は精々三、四人程だろうか。
私が魔術を使えば逃げ切れそうだ。
少女は弱いが、逃げ足だけはそれなりに優秀だ。
「理由を聞いても?
私には心当たりが無いのです」
逃げる隙を伺いながら、兵士たちの目的を確認する。
「しらばっくれるな!
盗品の捜索願が出ているのだ!
その少女!いや人形がそうだな!
よくも堂々と持ち歩けたものだな!」
は!?捜索願!?
って事はまさかジュリちゃんが!?
嘘でしょ!?まさか嵌められたの!?




