01-16.憑依
「な!?何よこれ~~~~!!!!」
気がつくと、私の体は人形になっていた。
いや、私が人形に乗り移った?
違う!引きずり込まれたんだ!!
やっぱこいつ呪いの人形だったんじゃん!!
エリクサーまで呪うとかやるわね!じゃなくて!!
どうやって戻れば良いの!?
私の体はどうなったの!?
まさかただの薬瓶に!?
そもそも戻る必要あるかな!?
うん?あれ?何か繋がってる?
ユーシャの胸元、そこにぶら下がっているはずの薬瓶と何か薄っすらと光のようなものが繋がって見える?
これはあれか?
魂のパスのようなものか?
つまり、あれもまた私の一部のままなのか?
一旦落ち着こう。
先ずは状況を確認しよう。
「エリク?
どうしたの?」
ユーシャは状況を理解していないようだ。
まあそりゃそうか。
起こったことと言えば、人形が動いて私が叫び声を上げただけだ。前者はもう散々見た直後だし、私が人形側から声を放ったなんて想像だにしていないだろうし……は!?
そうだ!ジュリちゃんはそういのに敏感だ!
私の状況にも気付いているはず!?
ぱっとジュリちゃんの方を振り向くと、巨大な手の平が目前まで迫ってきていた。
「いやん♪この子も動いてる♪
かっわぃい~♪」
ジュリちゃんはそれどころではなかったようだ。
重機のような腕で私を締め上げ、髪が禿げそうな勢いで頬ずりしてきた。
「やめんか!やめよ!
壊れる!ハゲる!汚されるぅ!!」
「あら?」
疑問符を浮かべて私をカウンターに置き直し、巨大な顔を間近まで迫らせて覗き込んできた。
「少し離れよ!
いや!この体がジュリちゃんの物だとはわかっているが!
とにかく待て!元に戻る方法を考える!
私としても不本意なのだ!
まさか意識まで引きずり込まれるとは思わなんだ!」
「あらあら。
不思議な事もあるものね。
でも気にしないで。その子はあなた達にあげるわ。
正直持て余していたのよ。
一度封を解くと、暫くお仕事も手につかないんだもの」
厄介な代物ってそういう感じ?
それが具体的な呪いの効果?
持ち主に執着心を抱かせる的なやつ?
いや、それだけだと私が取り込まれた理由がわからんけど。
そもそもジュリちゃんはどうやって呪いの影響から逃れているのだろう。この様子だと、たまに取り出してから自らの意思で封印し直しているみたいだ。それにこうして、あっさりと手放そうとしている。
まさか強靭な意思とかそんな感じ?ジュリちゃんならあり得る。なんかそんな気がする。
いや、それでも完全に逃れられてはいないのか?
商品にするでもない人形達をいくつも産み出し続けているのも、呪いの影響である可能性が高そうだし。
「良いのか?
大切なものなのであろう?」
正直戻る方法なんて思いつかないから有り難くはある。
「良いのよ。
その代わり、例の件私に任せてくれるかしら?」
「もちろんだ。
私もこの人形を抜け出す手段を探しておこう」
「交渉成立ね♪
そうそう。あなた達、冒険者でしょ?
良かったら素材集めも手伝ってくれるかしら?」
「ああ。こちらとしても有り難い申し出だ。
金銭に余裕があるわけでもないのでな」
「ふふ。大丈夫よ♪
お嬢ちゃんくらいの子のお財布事情はわかってるわ♪
これでも私、昔は冒険者だったんだから」
これでも?
見た通りでは?
いや、失礼な事は考えるまい。
素材集めの話も私達を気遣って提案してくれたのだろう。
ならば精々、こちらも頑張るとしよう。
ユーシャだけでは力不足だ。
私も戦う力を身に着けよう。
「とはいえ、明日から暫くは特殊な依頼があってな。
この店に来れるのは、早くとも半月後といったところだ」
「問題ないわ。
大仕事になるもの。
私の方も準備が必要よ」
「わかった。
そうだ、話は変わるが、変わった素材のクッションなど取り扱いはないか?」
「あるわよ♪
それも噂を聞いてきてくれたのね♪」
いや、知らんけど。
人形の方もそうだったけど、なんだろうこの展開。
都合が良すぎやしないだろうか。
ユーシャはどうせ、人入りの少なそうな店に立ち寄っただけなのだろうけど。
あれ?ユーシャ?
どうした?何故大人しくしている?
流石に状況は把握したのだろう?
私に抱きつくくらいしても良いのでは?
ユーシャの方を振り向くと、ユーシャは私の薬瓶を手にとって見つめながら、何やら考え込んでいた。
「ユーシャ?」
「……エリクなの?
本当に?」
もしかして今の話まるまる聞いてなかった?
「ああ。私はこっちだ。少なくとも意識はな」
「ちゃんとこっちにも残ってるの?」
「うむ。
おそらくな」
多分感覚的には、未だ薬瓶が本体な気がする。
意識の表層だけが、人形に取り込まれてしまったようだ。
私は魔力を流し込んだだけだったのだが……。
もしやこの呪いとは、魔術によるものなのでは?
魔術を極めれば元の薬瓶に戻れるのではなかろうか。
戻る必要があるかどうかはともかく。
案外この体も悪くはない。
手足は小さいが指先までスムーズに動くし、まぶたや他の部分まで作り込まれているのがわかる。
人間の肉体ともそう違いは無いのではなかろうか。
もはや前世の感覚は数百年も前の記憶の中だけなので、確信を持って完璧とまでは言えないが。
「エリク……」
ユーシャが恐る恐る私を抱き上げた。
ふむ。なるほど。流石に触覚までは無いようだ。
ユーシャの手の感触も、温度も、感じられはしない。
これもしかして、薬瓶の時より劣化してない?
いや、薬瓶の方がおかしいんだけどさ。
「ジュリちゃん。一つ頼みがある」
「なにかしら?」
クッションを抱えて戻ってきたジュリちゃん。
なにあれ?デカくない?
「人形に触覚を持たせて欲しい。
私はこの子の体温を感じたい」
出来る事なら薬瓶サイズではなく、人間サイズで抱き締めたい。
「あらあら。
良いじゃない♪やってやろうじゃない!
それくらい出来なきゃ、その子を超えるのは無理よね♪」
「感謝する」
「良いのよ♪
他にも気付いたことがあれば言って頂戴♪」
「ああ。承知した。
何かあれば遠慮なく言わせてもらおう。
そして共に最高の人形を作り上げよう」
「ふふ♪
良いわねエリクちゃん♪
思わず惚れちゃいそうだわ♪」
「ダメ!エリクは私の!!」
ユーシャが喋った!
メイド長、ディアナに続いて三人目だ!
私意外と喋ったのは!
「あら。ふふ。ごめんなさい。
冗談よ。ユーシャちゃん」
「!?」
何で私の名前を!?と驚きの表情を向けるユーシャ。
「ユーシャちゃんで良いのよね?
さっきエリクちゃんがそう呼んでいたもの」
そう言えば私達、ちゃんと名乗ってなかったな。
「これは失礼。
我が名はエリク。この子はユーシャ。
改めてよろしく頼む」
「ええ♪こちらこそ♪」
ジュリちゃんと私は握手を交わした。
……怖いなこれ。
触覚がないから、握り潰されても気が付かなそうだ。