表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/146

01-10.勇気の成果

『外には出ぬのか?』


 貴族のご令嬢は日がな一日、陽の光を浴びる事もなくベットの上で過ごしていた。


 私達と話す以外でやる事と言えば、たまに現れるメイド達と談笑したり、お気に入りと思われるボロボロの本を何度も読み返したりするくらいだ。こんな生活では、かえって病気も治らぬのではなかろうか。



「ふふ。ごめんね。

 エリクは退屈してしまうわよね」


 優しい声音でそんな事を言う。

自分が一番もどかしいだろうに。



『ユーシャ。お前もいい加減何か話せ。

 せめて話し相手くらいにはなってやらぬか』


「!!?!?」


「ふふ。大丈夫よ。焦らないで。

 私は慣れているから。

 物心ついた時からずっとこうなんですもの」


『それはなんというか……。

 父君が過保護になるのも納得というものだな』


「ふっふふ♪

 先程はごめんなさい。

 驚かせてしまったわ、ごほっごほ」


「!!!」


 咳き込んだご令嬢の下へ、ハタキを放りだした少女が慌てて駆け寄った。



「ごほっ。うっうん。ごめんなさい。もう大丈夫よ。

 少し咽てしまっただけだから。ありがとう。ユーシャ」


『すまぬ……』


「もう。

 そんな風に気にしないで、エリク。

 あなたまでお父様のようになってしまいそうだわ。

 エリクの娘はユーシャでしょ」


『うむ……』


「……」


「もう。ユーシャまでそんな顔して」


「!!

 ス~~~~」


 少女が突然大きく息を吸い込んだ。



「~~♪~~~~♪~~~♪」


 少女は耳まで真っ赤にして歌い始めた。


 旋律だけの、歌詞の無い歌だ。

かつて少女の母がよく聴かせてくれた歌だ。

唯一少女を愛してくれた今は亡き母の歌だ。


 少女はそれを披露した。

恥ずかしいのを必死に堪えて、少しでも元気づけようと。




----------------------




 少女は僅か半月にも満たぬ時間で随分と成長したようだ。


 きっとあのメイド長が原因なのだろう。

優しく話しかけられ、優しく導かれた。


 同僚達の存在も大きいのかもしれない。

誰もがめげずに挨拶を続けてくれた。


 そしてもちろん、このお嬢様もだ。

数日を共に過ごし、少女はお嬢様にも心を許し始めていた。

まさかそれが、こうして歌って見せる程とは思わなんだが。


 本来陽気な気質の少女には、ここの仕事は天職なのかもしれない。


 多少今だけの特別待遇もあるにせよ、ここの職場の者達が良き心を持った者達である事は、もはや疑いようも無いだろう。


 私が十年かけて築き上げた少女との関係性に、ここの者達はわずか数日で迫ろうとしているのかもしれない。




 先程、依頼人がこの部屋を訪れた。

この貴族家の当主であり、ご令嬢の父君でもある男だ。


 あの者は到底悪人などではなかった。

相変わらず依頼の真意を話す事は無かったが、それでも信頼に足る真っ直ぐな御仁だった。


 お嬢様を深く愛しているのだと伝わってきた。

どうやらこのお嬢様の母は既に亡くなっているようだ。

父と娘二人だけ、領主貴族としては信じられぬ家族構成だ。


 後妻や養子の類は迎えていないようだ。

かと言って、娘の婿候補を探すつもりもないようだ。恐らく娘の命が残り少ないと知っていて、最後のその時まで父娘二人で穏やかに過ごしたいのだろう。お嬢様がそのような話を掻い摘んで教えてくれた。



「逆なのにね。

 お父様が新しい家族を作ってくれたら安心出来るのに」


 困ったように笑いながらそんな事を言うお嬢様。

本当に困ってはいても、父のその気遣いは嬉しいのだろう。

だからこうして、父が去った後にこっそりと私達に告げたのだろう。




----------------------




「~~♪」


 少女の歌が終わった。

パチパチと、お嬢様の拍手だけが部屋に響く。



「素晴らしかったわ。ユーシャ。

 今までに聞いたどんな歌よりも。

 ありがとう。私のために歌ってくれて。

 それが何よりたまらなく嬉しい」


「///」


 照れるな。何か喋れ。



『ご清聴ありがとうございました。

 アンコールは如何でしょう』


「是非お願いするわ♪」


「!!!!?!?!」


「ふふ。冗談よ、ユーシャ。

 もう。エリクもあまり誂ってはだめよ。

 ユーシャが折角頑張ってくれたのに」


「!!!」


『何故私にばかり怒るのだ。

 お嬢様も乗ってきたではないか』


「あら?

 エリクったら、まだそんな呼び方をするの?

 ダメよ、あなたがそんなでは。

 名前を呼び合うのは大切な事よ。

 そこでユーシャの見本にならないでどうするの?」


『うむ……』


 何故こうも責められてばかりなのだ……。

お嬢様の言う事にも一理はあるが……。



「エッエリクは!

 わたっ!私の名前も覚えてないくらいだもんね!!」


 少女が再び真っ赤になって声を張り上げた。

何故私相手にまで吃るのだ。本当に落ち着け。



「名前?

 ユーシャじゃなくて?」


「!!」


 そこで狼狽えるな!頑張れ!あと一歩だ!



「わ!わた!わたし!わたしは!」


「うん。私は?」


「ほ!ほっ!ほんとうは!」


「本当は?」


「ーーーー!!!っていうの!!!」


 更に顔を深い赤で染めた少女は、言葉にならない言葉を叫んだ。



「ごめんなさい。

 上手く聞き取れなかったわ。

 もう一度言ってくれるかしら?」


「!!!!」


 哀れ……。


 結局その後少女が再び口を開く事はなかった。

恥ずかしさが限界突破してしまったようだ。

それに加え、少女の叫びを聞きつけたメイド長が現れて厳重注意されたのも原因であったのだろう。

メイド長の今まで見たことの無かった厳しさを目の当たりにして、すっかり萎縮してしまったようだ。



「ごめんね、エリク。

 ユーシャの事、元気付けてあげてね」


『うむ。

 だがまあ、今回ばかりは難しいかもしれぬ』


 折角頑張り始めたところだったからな。

今回このタイミングで失敗が重なったのは痛手だった。

少女の心が強いとはいえ、人並みに落ち込みもするものだ。

と言うか、この方向性だけはダメなのだ。豆腐なのだ。

勇気を振り絞った直後にこうも上手くいかなければ、その凹みようも相応に大きなものとなるだろう。最悪、この傷が元で人付き合いから一層遠ざかる可能性すらある。

少女の心はそれだけデリケートなものなのだ。



「良い案があるわ。エリク。

 意地悪しないで名前を呼んであげて。

 どうせ忘れたなんて嘘なんでしょ?」


『……』


 今も少女の眼の前なのだ。

その問には答えられん。



「沈黙は肯定よ。

 事情があるのは察するけれど、それはいくらなんでもあんまりよ。けれどまあ、本当に忘れているよりはまだマシね」


『勝手な事ばかり言うでない』


「ごめんなさい♪

 頑張って、エリク♪」


 本当に。勝手な事を。

そのような顔をされては断れんではないか……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ