夢追い人は本の虫
平和な土曜日の午後、僕は帰宅するやいなやランドセルを背負ったまま図書室から借りてきた本を手提げ鞄から出して玄関で読み始める。中に入らず上がり口に座る事もなく、狭い空間内でひたすら非現実的な世界を楽しむ。本の内容はファンタジーで主人公のユニコーンが星の光を通じて、音を探していく物語。話も挿し絵も僕の好みで、伏線を回収する場面なんかがとても気持ちいい。「思い通りにいってくれて、楽しい―。次は何が起きるんだろ!」不思議な世界が楽しすぎて、本の中に幽体離脱してしまいそう!ページを捲る手が止まらなくて、先が気になりまくり。僕の魂は主人公に移ったり、音の妖精に移ったりと、もう忙しいったら……。「ユニコーンは音の妖精を見つけられるかな……」ユニコーン視点か、音の妖精視点か、どの登場人物に移れば良いか、決まらない。「音の妖精、どこに……」「そんな所にいたら、入れないでしょう!」「!」突然の叫び声。僕の魂は本の世界から移動して、体に戻った。「早く部屋に行って!」僕の母さんが帰宅した。「宿題はまだでしょう?」「あ……ま、まだ……」時間を忘れて本の世界で遊んでしまっていた事に気が付いた。買い物から戻ってきた母が苦い表情を見せ、僕に言う。「今日夕飯の後、父さんから話があるわ」来た。僕の事でお説教があるとみた。だいぶ前から分かっていた。僕は家でも学校でも変な行動ばかりが目立っている。本に夢中になりすぎて移動教室に行き遅れたり、使わない部屋の電気を消すように言われて自分が使わないから人がいても電気を消したり、発表会で出し物を何にするかを決める時なんかは、的はずれの事を言ったり……他にもたくさん変な事をやらかしている。お説教が怖い。本の中に本当に逃げたい……失敗する前に時間が戻って欲しい……あれこれ考えているうちに夕飯が済んで、お説教の時間が来てしまった。父さんの部屋で向かい合わせに正座で見合う僕と父さん。緊張の糸がピン、と張られ、その空間の中で父さんが一言言う。「物語、好きか?」ん?「いつも夢中で本を読んでるな。もしかして何かを書きたいと思ってるんじゃないか?」父さんの顔はどこか穏やかに見える。怒ってないのかな?「ああ……えっと……物語は読むのも書くのも、好き、かな」「そうか!」父さんは笑顔を見せ、僕は目をまんまるくさせた。「それは将来が楽しみだな。いつか作家になれたなら、それはもう誇りだ!」何故か父さんは幸せそうだ。「怒らないの?」「怒る理由なんか無いさ。自分の息子が夢を育ててるんだから」物語を書くのは好きだし、いつか本を出せたら良いなとは思っている。でも……不安がある。「僕、こんな変な事ばっかりしてて作家になんてなれるのかな?」「出来上がっている人間より、風変わりな人間の方が夢に近いんだよ。だってほら、発明を成功させたトーマス・エジソンも、三重苦だったヘレン・ケラーも周りからは期待されてなかったんだよ」涼しい顔で父さんは言う。「風変わりなのは天才の証拠さ!」その言葉に僕は救われた。僕も将来、その人達みたいになれていたら良いな。