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ようこそハッピーワンダーランドへ

「琥珀様、こちらですよ?」


「……」


「んー、追いかけっこは好きじゃないのかな?ペトラ」


「そうかもしれませんね。シャルル」


広い中庭、額縁のように四角形な壁に囲まれた空から射す光が座り込む琥珀を照らす。琥珀は木に寄りかかり、依然として人形のようにただ一点を見つめていた


据わった大きな瞳、肩にかかる程の長い髪、整った顔立ち


そして……




無数の痣に傷



一部が変色した黒髪



腕に残った注射痕



至る所に巻かれた包帯



生々しい凄惨な過去の産物は彼の存在を否定する


やり直しは効かない、傷は癒えない


不可逆


死にたくても死ねない


生きたくても過去に殺される


額縁に飾られた絵画に価値があるのか


きっと今の彼では閉じ込められてしまう


「おねえ、ちゃん…」


ザーザー


噴水から水が流れる音がする


庭師によって整えられた庭の草花は、一つ一つが作品のように美しく輝いている。


「何が良いのかしら…」


琥珀と年が然程変わらない二人の少女は木陰に佇み、年に似合わない丁寧な口調で何かを話し合っている。琥珀の目には、メイド服を纏った彼女たちが不思議でしかなかった


「そうね……そうだわ!お花で冠を作って遊びましょう!」


「そうしましょうか。琥珀様、お隣失礼しますね」


ペトラなる少女は琥珀の隣に腰を下ろすといくつかの種類の花を摘み、それを器用に編みはじめた。反対側に座るシャルルも花を摘むが、何故か編み始めない


「なに、して……るの?」


「これはお花で冠を作ってるんです。お花にはそれぞれに素敵な花言葉があるんですよ。例えばあの白い花、ダフニーの花言葉は永遠、勝利、栄光。花を編む時はここをこうして……どうでしょうか?私でも編めましたよ♪琥珀様も一緒に作りましょう。あっちの紫の花は……」


「……」


何故、彼女たちがこんなにも優しくしてくれるのか、今の琥珀には一切理解できなかった




……でき、た?


ペトラの指導のおかげで琥珀は初めて花冠み作れた


「お上手です琥珀様!」


「……あ、ぃがと、う」


「私も作れたので、琥珀様に上げます!」


「私のもどうぞ」


頭に一つ、両手に二つの花冠を抱えた琥珀は戸惑った。自分が家族以外から何かを貰ったことなんてなかったからだ


「う、うん、あり、がと……僕の、一つしかない、けど……これは、シャルと…ペトラに、あげる…」


肩を寄せ合う二人に、形が少し崩れた花冠を差し出す


『ふふ、ありがとうございます』『あ、ありがとうっ///』


琥珀にはいつも以上に表情が柔らかい彼女たちの気持ちは分からない


「それではそろそろ書庫へ戻り、勉強をしましょうか」


「えぇー、嫌だよー。ペトラ……もう少し遊ぼうよ?」


「こら、シャルルは一人前の使用人になって琥珀様に仕えるんでしょ?それなら尚更勉強は必要ですよ。それに、戻らないとロナルドさんに叱られてしまいますよ」


「ちぇー、分かったよ…」


「そのはしたない言葉遣いも気を付けなさい。では琥珀様、御手をお貸しください。行きましょうか」


琥珀は花冠を地面に置き、二人と共に建物の中へ消えて行く。




「……これは正しくないよ少年。もっと悲劇でいなきゃ、君じゃない」




◇◆◇◆◇


「7話 酷使シックスセンス」



「……はぁ」


頭を抱えながらひたすらに速読を繰り返す


時間まで五分、頁は100以上


「終わらない……」


カチカチ


焦りから自然と爪を噛んでしまう


カチカチ


「…………」


カチカチ


「はぁ───」


「ねぇ」


「うわっ!?」


いつの間にか近付いたニアに突然耳元で話しかけられて驚いてしまった


「終わった?」


「ま、まだです」


「そう……」


ニアは向かい側に腰を下ろし紙を見つめる。そういえば俺に紙を渡したんだっけ…だったら俺の書いたことを確認してるのかもな。でも、俺は本を読むことに必死で何かを書いた記憶は無いが……。それにこの本は一々書いてあることが難しいし、一回解説された用語が度々出てくるから、そろそろ理解してないと読めないようになっている不親切設計だ。そのおかげで覚える効率が上がったのは感謝するべきだが


「……エンディアル、分からない?」


そんなこと書いたか?でも、どっちみち知らない単語だしいいか


俺が頷くといくつかの本を開き、読むように催促させる


「エンディアル、古のファディアル……もう使えない、使っちゃだめ、禁術」


頁は所々が黒塗りにされ一部が読めなくなっているが、エンディアルによる凄惨な事件がわかる最小限の情報は残されている。その中でも一際目立った文字の羅列が目を釘付けにした


大きくえぐれた大地に立つ処刑台、辺りの建物は崩壊し人が住んでいたことは愚か、何が起きたのかさえも分からないほど荒れ果て腐敗していた。処刑台だけ残っていることから、これがその後に建てられたものだとわかる。処刑台には一人の青年が手足を縛られ、何かを叫んでいるのか一点を見ながら口を大きく開けていた


「『グリムの聖裁』……人、たくさん死んだ、だから封印された」


そのまま下へ読み進めると青年が起こしたであろう一連の出来事が記述されていた


「グリム……シークレット・クラウンズの一人ですか?」


「うん、その人……そろそろ時間、行くよ」


ニアは本をローブの中に仕舞いゆっくりとした歩みで外へ出ていく。時間…確か集会があるんだったよな。俺は本を抱えニアの隣を歩く


「テストはしないんですか?」


彼女は歩みをとめず首を縦に振り、どんどん通路を進んでいく


「なら、どうしてるするって言ったんですか?」


「テストするって言われたら、覚えようと頑張る。だから要らない。合理的な嘘」


「確かに……でも……いいや」


何となく口から出そうになった言葉を飲み込む。さすがにここでも人間関係を悪くしたくないからな。アッチと違って


「……あっち───」




◇◆◇◆◇


俺は今、集会所にいる


「こほん。それでは只今より集会を始める。まずは定例通り、各部の進捗を報告してくれ」


「はい、ルミナス、ミラー、テト共に───」


あれ……俺ってひょっとして場違い?


「ギルド管理班は───―」


何故そう思ったのか、原因は格好だ。どこを見渡しても新入団員らしき人物はいない。この場にいる俺以外が何かしら武具を纏っている。そのせいかシャツとズボンだけの俺がやたら目立ち、さっきから視線を受けまくっている


「───ファディアル開拓部隊、順調。以上」


「全部隊報告ご苦労。では本題にはいる、新入団員前に来てくれ」


いつの間にか話が終わり、自分の番になっていた


「琥珀、呼ばれてる」


「は、はいっ」


やけに豪華な椅子を離れ、ダウナーの方へ向かっていく。第一印象が重要、とりあえず笑顔!


「ふぅ。緊張してきたぜ」


「こら、しっかりしなさいよ。あと静かに」


「あぁ悪ぃ悪ぃ」


アレが新人……なんだよね……。それにしては装備がしっかりしているような気が……ってことはコレが普通?じゃあ俺は異常?俺だけ明らかに戦う格好してないし、なんなら本抱えてるし……それにあのペンダントみたいなのは……階級章だよな


階級章は文字通り冒険者の階級を表す。階級は全てで十二階級あり、現在十二階級に至る冒険者は両手で数えられる程しかいないが、十二階級以上の冒険者は超越者と呼ばれ……ってそうじゃないだろ。俺はギルド管理協会に冒険者として申請しに行ってないから持ってない。それなのにギルドに入るとかおかしいだろ


「琥珀は階級章持ってないのか?」


「まだ貰ってないんだ。ギルドに登録してないから」


「そうだったのか……まぁ、加入後に貰えばいいか……全員揃ったな。いいか皆、こいつらは今日からこのナイトルールに加わった新たな仲間たちだ。まずは琥珀から軽く自己紹介してくれ」


俺からか……自己紹介のテンプレートを調べとくんだったな


「俺は入出琥珀です。歳は15で、階級はまだ無いです。戦闘経験はゼロに等しいですがよろしくお願いします」


我ながら当たり障りないことを言えたのではないだろうか


「次は俺だな。俺はレッド、歳は17、階級はアメジスト、やるからには全力でやるからな!よろしく!」


ノリが軽いな、それに俺より年上だし『アメジスト』ってことは二階級か。ちなみに階級は誕生石に沿って決まっているらしい。日本と似てる部分があると助かるな


「私はベルと申します。歳は18で他はレッドと同じです。不束者ですがよろしくお願いします」


またもや年上……あと三人もこの人たちの仲間っぽいし、全員二階級なのかな


「ぼ、ぼくは───」




リーダー格のレッド、それを支えるベル、後方支援役のアース、ファディアルに長けてそうなモカ、空気を和ませそうなケイ。この五人がパーティーなら何の苦も無さそうな構成だな。それに元ある関係に突っ込んで仲良くなれるほどのコミュ力は俺に無いから、仲良くなることはまず無理そう。そして全員の自己紹介が終わりわかったことがある。それは五人が同じギルドだったこと、それを抜けてここに来たということ、そして全員がだいぶ戦闘になれていて、階級も歳も上だということ……俺には何があるんだ?いやなんも無いな。このギルドはだいぶレベルが高かったみたいだ。俺は入るギルドを間違えたのかもしれない……


「自己紹介ありがとうな。皆、仲良くしてやってくれ。それで今回の歓迎会なんだが、いつも通りトーナメント戦を行うことにする。開催は三週間後、場所は南の闘技場だ。それまでに各自準備を行ってくれ」


トーナメント戦……つまりPvP……そして俺は最弱……うん、そういうことだな


「他に連絡のあるやつはいるか?……いないみたいだな、解散!琥珀、それと五人は残ってくれ」


三週間後、俺は対人戦をすることになる、ここにいる人たちと。ファディアルをまともに使えず戦場にも出たことのない俺が戦いでもしたら、きっと恥を晒す……いや絶対に晒す。待ってなんか嫌なんだけど、やりたくない


内心はそう思いつつ荒れに荒れていたが、顔には全く現れず微笑を浮かべていた。いや口角が引き攣っていたのかもしれない


「六人にはそれぞれ、所属する部隊を決めてもらいたい。一応聞くが、全員戦闘員を希望か?」


「「「「「はい(もちろん!)」」」」」


すげー、恐ろしく揃ってたな


「琥珀は?」


「同じく戦闘員で」


「よし、じゃあ部隊の方なんだが───」



「琥珀、レッド、ベルは部隊テト。アース、モカ、ケイは部隊ルミナスに配属する。何か意見はあるか?……無さそうだな。これからは部隊長があんたらに色々教えてくれると思うから、何かあったらどんどん聞いてやってくれ。じゃあ、あとは頼んだぞ、ルミナス、テト」


「はい!よろしく琥珀とレッドとベル。今からあなた達の部屋に連れていくから、聞きたいことがあったらその間に聞いてちょうだい。じゃあ着いてきて」


テトはダウナーに一礼し、俺たちを先導する


「先ずは自己紹介ね。私はテト・クラナ。突然だけど、君たちは重苦しいの嫌い?」


「んーそうだな……嫌いだな。なんか暗そう」


「私もです」


「そうよね……わたしも苦手なの。だから私には気軽に話していいわよ。もちろん節度は持って欲しいけどね。呼び方は好きにしてくれていいわ。呼び捨てでも、あだ名でも、なんでもね」


「わかった。よろしくな、テト」


「ちょ、ちょっと!レッド!さすがに失礼だよ!」


「あはは、いいわよ。私が言ったんだし。よろしくね君たち。それじゃあ、今度は君たちから質問はあるかな?」


「……部屋は別々ですか?」


いくら大物ギルドと言えど、一人一部屋は豪華すぎるからないんじゃないか……と思い、何となく聞いてみた。それに男女で共同生活なんて色々問題が起こりそうだからな


「もちろんそうよ。一緒が良かった?それなら複数人用の部屋があるけど」


「どうするベル?」


「なっ///い、いいよ、私たち”まだ”そんなんじゃないし///」


「でも、ベルはぬいぐるみが無いと一人じゃ寝───」


「わー!わー///!私が気にしてること言わないでよ///」


「あははっ」


ワイワイガヤガヤ


「……」


俺は完全に蚊帳の外だな。せめて二人の邪魔をしないように黙って離れていよう。彼らの人生に干渉してはいけない。関わってはいけない。何故かそんな気がする。この先もこういう場面が多々あるんなろうな。なら今のうちに存在感の消し方でもニアさんに教わろうかな


「他にある?」


テトさんもその空気を察したのか。二人から離れこちらに近づいてきた。女性にこういうのを聞くのは失礼なのだろうが、テトさんはいくつなんだろうか。長い桃色の髪の隙間から覗かせる項や耳が、やけに煽情的に見えた。俺よりも背が高くて、顔が整ってて、身体も引き締まってて……何考えてんだよ。俺は浮かんできた思考を振り払う


「えっと、テトさんの部隊は何を担当されてるんですか?」


「私の部隊は主に支援かな。もちろん前線に立つこともあるけど、それはミラーの部隊が担当してるからね」


「ルミナスさんの部隊も支援ですか?」


「ルミナスの方は後方支援かな。負傷者の手当をしたり偵察をしに行ったり、色々だね。私たちよりも戦線に立つことはないよ」


つまり俺たちは新人であるから前線ではなく、少し後方の安全な役職を任されたようだ……なら俺をテトさんの部隊ではなく、ルミナスさんの部隊に送るべきだったのではないか?


「ありがとうございます」


「いえいえ」


テトさんは少し照れくさそうな反応をしている。ダウナーが言っていた通り優しい人が多いらしい


その後も暫く歩き、自分たちの部屋の前に着いた。レッドとベルは相変わらずくっ付いて行動しているため、俺のことは眼中に無さそうだ。気にせずに部屋に入っていくと、部屋は意外と広く、寮の部屋よりかは少し小さいくらいで、家具は最低限備え付けられていた。そのため、改めて準備する必要は無さそうだ。それにどれくらいの頻度でここを使うのか分からないからな、あまり家具を揃えても損するだけかもしれない


「取り敢えず連絡……」


学校の携帯端末でリリに入団したことを伝える。テトさんが言うには、俺たちは三週間後まではフリーらしい。たぶん準備があるからだろうな


「どうしようかな……ひとまずニ───」


「琥珀、来て」


「……」


今度は驚かなかったぞ。というか探していたから助かった


テトさんに別れを告げ彼女の後を着いていくと、先程の書庫とは違い何も無いやたら広い部屋?に着いた


「ニアさん、ここはど……」


扉がない。入ってきた扉が無くなっている


「琥珀、どれくらい戦える?」


「戦う?待ってください、状況が理解できません」


「琥珀、戦える?」


「ま、全くです。対人戦も対物戦もしたことないですよ」


彼女から出る謎の威圧感に押されてしまった


「そう……なら、一週間で戦術を叩き込む。実践が一番。武器を構えて」


「そんないきなり」


彼女は聞く耳を持たず、何かを唱え一体の人形を作った。その人形は頭や四肢を崩しては形成させ、形が安定しない。ドロドロの液体が半分固形になった感じだ。仮にヒトガタとでも名付けておこう


「切られても傷残らない、安心して。けど、痛みは有るから、死ぬ気で戦って」


そう言ってヒトガタに触れると、それは直立の状態から出せるわけのない速度で斬りかかって来た


予想外すぎる攻撃に反応できず、気がついた時には左脇腹辺りに一撃食らってしまう。後方に勢いよく吹っ飛び、体を引き裂くような痛みが体を襲った。人生で初めて感じる切りつけられる痛み。感覚のあった場所を抑えても血が着かないのが異様に感じた


武器、とにかく武器だ。ヤツに抗える武器が欲しい。オレはアルターリベリオンを取り出し、鞄を乱雑に投げる。どんな武器だっていい


ヒトガタは再び俺に標準を定めると、さっきのように突っ込んできた。二撃目はナイフで正面からの攻撃をいなし、相手に向き直る。ヒトガタは両腕をナイフのように変形させ、左右に攻撃を繰り出す。自分よりも身長が高い怪物が表情を覗かせず、作業のように攻撃を繰り返す姿は恐怖でしかなかった


ザシュッ


「いっ……くっそ……」


脇腹を掠めた痛みとそれによる恐怖から手元が狂い、捌ききれなかった右の振りが左頬を削った。汗が額を伝り衝撃で散っていく


今は耐えるしかない。相手の動きを見るんだ。隙を覗かせるまで攻撃を捌き続けろ……


グラッ


今相手が揺れたような……


攻撃を捌くことに集中することで相手の動きが見えてきた。コイツは左の振りを出す時に重心が微かに斜め後ろにズレている。それに一撃一撃がそれほど重くない。多少なら正面から受けても耐えられそうだ。それなら重心が逸れたタイミングで弾けば、隙が生まれるんじゃないか……やろう。見極めるんだ。タイミングは……


「今だぁ――ッ!!」


ガキンッ


右手に握ったナイフで相手の振りを強く弾く。大きく姿勢が傾いたヒトガタの懐はガラ空きだ。そこへすかさず左手のナイフを突き刺す


「くらえッ!!」


グサッと刃が通る感覚に吐き気がした。妙な気味の悪さ。人を刺す感覚はこんなにも気持ち悪いのだろうか


胸を抉られたヒトガタはナイフをするりと抜け落ち、地面に水溜まりを作った。いや、血溜まりの方が適切かもしれない


「やった……?」


痺れた腕の感覚が少しずつ戻ってくる。全身に血が回るのが分かるほど、心臓が激しく鼓動していた


「……面白い武器、使うね。おめでとう。でも、まだだよ。まだ弱い」


彼女が崩れたヒトガタの残骸に手を向けると、ヒトガタは水面を揺らしながら身体を構築していく。あっという間に身体を元の姿に戻ったヒトガタは、のっぺらぼうな顔で俺を一瞥した後、先程と同様に斬りかかってきた。異変に気付いていた俺は何とかヒトガタを切り返し、間合いを取る


「……」


今度のヒトガタは知能があるのか、奇襲が防がれると腕を盾に変え、俺の様子を静かに伺っている


暫くの沈黙


先に動いたのは琥珀だった


前に踏み込み一気にヒトガタとの間合いを詰める。懐に潜り込んでさっきのようにナイフを突き刺そうとした。しかし、それと同時にヒトガタは飛んだ。後ろにだ


「なっ!?」


見事に一撃を躱したヒトガタは空中で腕を刀のようなものに変形させ、着地と同時に姿勢を低くし前へ刀を突き出す。ヒトガタが飛んだことに危機感を感じていた琥珀だったが、突撃したときの勢いを制御する前にヒトガタが攻撃を繰り出したせいで躱せなかった。顔面、ヒトガタの刃先が向かうのは琥珀の瞳だった


そしてそのまま───


グサッ


「あ“あ”あ“ぁ”ぁ“―――ッッッ!!!」


痛いなんてものじゃない


呼吸ができない


何故生きているのかが不思議なくらいの痛みに襲われ、右眼を抑えながらのたうち回る


「あ“ぁ”、あ“ぁ”ッ」


「……」


カツ カツ カツ


ヒトガタは無慈悲にも琥珀に歩み寄り、大剣を振り上げる。琥珀の思考の中にはヒトガタなんていなかった


何が傷はできないだよ。死ぬより辛いじゃないか。ふざけんなよ……まだ、まだっ


「……っ……痛く……ない……?」


痛みが無くなったことに驚き辺りを見回すと、ヒトガタも一緒にいなくなっていた


「……琥珀、本当に弱いね」


グサッ


今度は心が痛い


「琥珀、経験が少ない。圧倒的に。だから、ひたすらボコられて、覚えてね。次は止めない、から」


そういうと彼女はヒトガタを作り出す。ニアもヒトガタなのだろうかと思うほど冷たかった


「ほら立って。別に、ファディアル、使ってもいいんだよ?身体強化以外ならね」


少し心を落ち着けよう。あの痛みを食らってからもう戦う気は失せたが、何とかするしかない。一番の希望であった手をピンポイントに塞がれた俺は、必死にメーティスから叩き込まれたファディアルを頭の中で審査し、最適解を考える。狙うなら短期決戦。防御なんてしない。攻め続ける。どうせ耐えられないなら、こっちが倒れる前に殺るんだ


「……アルターリベリオン、少し無茶するよ」


「いけ」


その声にヒトガタは反応し、静かに間合いを詰めあの姿勢を取る。俺に特攻した時、それがチャンスだ。その前に一つ……


バババババッ


部屋で試し打ちしたアサルトライフルを打ち込む。しかし、ヒトガタは形を上手いこと変形させ銃弾を躱す


「これならどうだッ」


銃がダメなら爆発物だ。インクをグレネードに変え投げる。マインドを無闇に消費できない分、こっちで補っていくしかない


バァッーンッ


ヒトガタの足元に転がったグレネードは、見た目にそぐわない威力で地面とヒトガタを削った……が、威力故に舞い上がった土埃で視界が塞がれ、相手の場所が掴めない


ダッン


土埃から現れる一つの塊、ヒトガタは地面が割れるほど強く蹴り宙へ舞った。着弾まで残り20、10、5……


「『リヴァーサルガスト!』」


至近距離から放たれる突風。真っ直ぐに向かってきたヒトガタは、本来ならあるはずの地面を求め足を動かすが、足が地面に触れることは無い


「『バインドゼロ!』」


地面から現れた十字架がヒトガタの手足を締まりつける


うっ……頭が……。低級のファディアルを二回使っただけで苦しい。マインドはまだあるはずなのに…………今はこいつに集中しないと……


俺は拘束を解除されない為にも固定された首にナイフを差し込み胴と切断する


ゴトッと鈍い音を鳴らし首は地面に落ち、液体に変化していく


「……次」


液体は狼のような獣に姿を変える。どうやら彼女は本当に休憩させる気がないようだ


「十秒でもいいから休憩をっ、はぁっ、はぁ……」


背中から四本の触手が生えているケモノは天高く吠え、触手と持ち前の素早さを使い、浅くも確実に身を削ってくる


「くっ、させるかぁっ!」


ナイフでケモノの攻撃をいなしては反撃を繰り返す


その様子をニアは赤い瞳でただ眺めていた




◇◆◇◆◇




「───はぁっ!やぁッッ!……はぁ、これで十体目、はぁ……」


対物ライフルで頭を撃ち抜かれた巨人は風船のように弾け、辺りに破片を撒き散らし蒸発した


「おつかれ、スタミナすごい」


現実ではまともに走れるほどのスタミナさえ無かったが、センティメントの効果で基礎能力が上がっているのかもしれない。しかし、それでもキツいものはキツい。身体中が痛くて動くことができない。実際に斬られたし殴られたのに傷は無く、痛みだけが残り続けている


「少し休憩」


「は……ぃ……」


全体重を床に預け床に顔を突っ伏す。地面が固く休んだ気にならないが、横になれてるだけマシか


「琥珀、戦い方面白い。けど燃費悪い。から、ファディアル使いすぎないで、技を身に付けて。あの人形たち、強い生物の動き。相手しっかり見る。技真似る」


技を真似るなんて簡単じゃないだろ。思わず心の中で愚痴ってしまう。痛みから心も荒んできたみたいだ


「琥珀、愚痴吐かない」


「?」


愚痴?そんなの吐いて……まさか心が読まれてる?そんなわけ……


「分かるよ、今痛いよね。回復してあげる」


読めるのかよ……考え事できないじゃん


「『コネクション:ライト<スノーヒール>』」


ニアの足元から床全体に雪の結晶のような模様が広がり、戦闘で疲弊した床や体力を再生させていく。さっきまでの痛みは完全に消え、体力だけなら戦う前の120%回復している。が、精神的なダメージは癒えていないので体はだるい


「十分後、今度はアドバイスしながらやる。だから、しっかり休んで。次の休憩、私が満足するまでないから」


「分かりました。その代わり、終わった時はご飯を食べさせてください。お昼ご飯を食べてないので」


「わかった。私のサプリあげる」


「サプリじゃなくて……いや、それでいいです……」


これからの事を考えると抵抗する気もなくなり、ニアの提案を受け入れることにした。食べさせともらえるだけ有情だろう


「……冗談。何か食べに行こう」


なんだ、冗談言えたんだ。意外


「やっぱりサプリかな」


「ごめんなさい。別に馬鹿した訳ではないんです。許してください」


「どうしよう、かな?」


ローブのせいで彼女の表情が読み取り辛い。辛うじて見える目元は冗談を言った割には変わっておらず、依然、無表情のままだ


彼女は何を考えているのだろうか。俺もニアのように心が分かったらいいのに……でも、そうなったらお互いの思ってる事が筒抜けで嫌かもな。それはそれでテレパシーみたいな感じで面白そうだけど……


その様子を思い浮かべてみたが、明らかに不気味だな。やめておこう……


「琥珀、変」


「頭の中覗かないで下さい」


「ごめん……もう時間。準備して」


くだらないじゃれあいで多少精神は回復したが、まだ動きたくない


「次はファディアル禁止。武器だけで戦って」


彼女は再びヒトガタを召喚し後方に立つ


「まずは防御から、ひたすら攻撃に耐えて。今回は“ホンモノ”だから、ケガしないでね」


本物?本物ってことはヒトガタの刃は───


シュッ


振り下ろされた鎌が肌を抉る。当然の如傷口からは血が流れ出す


痛み。あの痛みだ。それにずっと痛く深く残り続ける


直剣を握る手が微かに震え、血の気が引いていくのを感じる


今まで俺が平然と戦えたのは、痛みがあくまで感覚だけだったからだ。でも今は違う。あの斬られる痛みも、殴られる痛みも、瞳を突き刺す痛みも、全てが本物の傷になる。散々痛みを味わった俺には分かる。今までの傷一つ一つが生易しくない、致命傷であるということを


「何やってるの、そのままじゃ死んじゃうよ」


そんな言葉にさえ痛みを感じるほど、心臓は激しく鼓動しめいた。そのせいかセカイが止まっているように見えた。次の瞬間にはヒトガタが目と鼻の先にいて、二撃目の鎌を振りかざそうとしている。


俺は死ぬのかもしれない


そう思った時、反射的に防御反応を行った右腕が鎌を弾き、甲高い音が鳴ると共に目が覚める


「っ!まだだっアルターリベリオン」


ガンッ キンッ


鎌を剣で飛ばし防御の姿勢をとる。絶対に崩してはダメだ


ガキンッ ガキンッ


火花と共に鼓膜を刺すような音が乱舞する。右へ左へ寸分の狂いも無く攻撃を捌いていく。腕が痛い。明らかに身体が緊張し硬直している。正面からまともに食らったら次は無いだろう


「次はどうかな」パチンッ


「……ッ!」ブンッ


「うがぁ“っ」


骨を砕くような鋭い蹴りが脇腹に命中し、ボールのように吹っ飛び転がる


間に合わないッ


受け身を取り相手に向き直るが減速ができず、体勢を直せない。相手は俺を蹴り飛ばした以上の速度で加速し、そのままもう一撃を放つ


今度こそ死んだと思った


センティメントが目を焦がす


『抗え』


そんな言葉が頭をよぎり体が動いた。


グサッ


「変われぇーーーッッ!!」


ザザザ――


刀を地面に突き刺し言葉を発した。世界が歪み大きな揺れとともに壁が地面から現れる。壁はヒトガタをを跳ね除け、黒々とあたかもそこに存在していたかのように鎮座している


なんだこれ……まさかインク?アルターリベリオンのものなのか


刃を抜くが壁は消えない。触れると何故か生きているように暖かかった。これが武器の能力なのか?インクを様々なものに変形させる能力、俺の想像ひとつでこんな使い方もできるのか……固定概念に囚われない柔軟な思考があればもっと戦いやすくなるはずだ。時間があれば実践を───


ガキンッ


背後からの攻撃を躱し武器を構え直す。壁が鏡になっていたから避けることができたが、そうなっていなかったら今頃俺の首は飛んでいただろう。アルターリベリオンに感謝だ


パターンが複雑化したヒトガタに対して壁を背にして対峙する。しかし、ヒトガタは壁を恐れているのか、なかなか次の攻撃を仕掛けてこない。何故だ?しばらく睨み合うとヒトガタは腕を銃口に変形させ破片を打ち出してきた。破片が壁に触れると、破片は黒い茨に縛られ取り込まれていく


なんだこれ!?本当に生きてるのか?俺が触れた時は何ともなかったのに……


『余所見しないでください』


バァーッン


「っぶな!?」


地面に飛んできた弾が破裂し棘が突き出す。ヒトガタは銃口をこちらに向け、射撃の準備をしている。俺がこの壁の近くにいたら相手は遠距離攻撃しかしてこない。そうなれば俺がひたすら弾を避け続けることになるだろう。それじゃ埒が明かない。そう考えているうちにもう一発が飛んでくる


ガキンッ


弾で刀が弾かれ壁に触れる。すると壁は刀に吸い込まれ消えていった。ペンがインクを吸収したのだろうか。壁が消え、ヒトガタがこちらに駆けてくるが好都合だ。これで戦いやすくなった。ヒトガタは勢いのままに刃を振り翳す。それを峰に当て躱し、すれ違い様の蹴りもナイフで捌き防御姿勢に入る。右薙を刃で止めつつ体術も交わしていく。次は左、次は足


「はぁ、はぁっ」


次は、次は……




ヒトガタ攻撃を耐え続け、明らかに息が上がってきた。動きを観察し、捌いては対処法を頭に入れ再び攻撃を耐える。さすがに限界だ。これ以上は捌き切れない


「もっと動き小さく、相手の動き予測して」


「くっ……まだですかっ!?」


「まだ……相手に集中して。動き、雑になってる」


ニアは俺の動きに修正を加えるとともに、ヒトガタの強さを上げる。より一層力も速さも増し、攻撃が苛烈を極める。額から垂れた汗が視界を奪い、肉体の酷使で手足が震える。被弾も増え、精神もすり減ってきた


雑になってんのは疲れてるからだよ


募る気持ちを力に攻撃を凌ぐ。一撃でも外せば立て直すことはできない。ニアの指示は確実に減っているから終わりは近いはず……今は耐えるんだ、ひたすらに……




「やめ」パチンッ


「はぁっ、ぁ…………。はぁっ、はぁっ」


彼女が再び指を鳴らすことによってヒトガタは消え、平穏な非日常が戻って来た。俺は事切れた人形のように地面に倒れ込み、めいいっぱいに空気を肺に送り込む。意識が朦朧として今にも気絶しそうだ。気分が悪い


「おつかれ、水」


目の前まで転がってきたボトルを掴み、中身を喉に通す。……が、口に含んだ瞬間嫌な生臭さと強い塩味を感じ身体が拒絶反応を起こた


「っ!?ブフェッ、ゴボッゴボッ、なんですかっ、これっ!?」


まっっっず……いや不味いのレベルじゃないだろ。完全に目が覚めた


「塩水」


「塩水?どれだけ塩入れたんですか!」


「これくらい」


彼女はそっと握りこぶしを作り、俺に見せた


まさか一握り分入れたのか!?


「両手分入れた」


「……そうなんですか……。入れすぎですよ。それに塩だけじゃないですよねこの味」


「血、入れた」


「……?誰のですか、そしてなぜ」


「私の血。琥珀。たくさん血、流してた。から」


正気なのかこの人……。でも、俺の事を気遣ってくれてるからこその行動なんだよな……。吐いた液体は申し訳ないけど、せめてこっちのは飲もうかな、一口だけでも。こういう思考をしている俺も異常なのか?


「ありがとうございます。ただきます……ん、ごく、ごく……うぅ……」


やっぱしょっぱい


「それより、回復。傷口、洗うから、こっち、きて」


「はい……うっ、すみません。俺歩けないみたいです」


立ち上がろうと膝をつくが、どうも力が入らず倒れてしまった。理由は明確だ。血を流しすぎた。自分が今倒れている床にはバケツをひっくり返したようなような量の血と汗やらの混合物が散らばり、惨状を作り出している。それにさっきのドリンクの不快感も加わり、吐き気が込み上げてきた


「私がいく、から。休んでて。『ブルーブラスト』『スノーヒール』『マインドリゲイン』」


身体が水に包まれ、反射した光によって幻想的な光景が広がる。身体を包む水は温かく、誰かに抱きとめられているようで心地よかった


「傷が癒えていく……」


これは一つのファディアルのようで全く違う、ファディアルの複合“ユニオン”と呼ばれる高度な技だ。種類の違うファディアル同士を組み合わせ、新しいマインドを練り上げることはかなりの上級者向けらしく、現代でもその技術は確立されていないとか。流石ファディアル開拓部隊……


「立てる?」


「はい、なんとか……うっ」


傷は消えたが依然として痛みは残っている。いや、痛みがなくてもそう感じているだけなのかもしれない


「服、ボロボロ」


「そうですね……どうしよう……」


激しい戦闘によって纏っている服は擦り切れ、汚れ、完全に服としての機能を無くしただの布切れになっている。そういえばこれって制服なんだよな……明日の学校はどうすればいいのか……それに来たばっかだから着替えだって少ないし、替えになるものは無い


「……琥珀。その服、無いと大変?」


「いや、まぁそれなりには」


「なら、代わり、用意するから。こっち来て」


ニアは手で俺の目を覆うと何もせず手を退けた。すると、そこはさっき居たような何も無い空間ではなく、多くの装飾品や装備品などの高価なものが飾られている空間に変わっていた


「ここは……宝物庫?」


「そんな感じ。これは、どう?」


ニアは引き出しから一着のズボンとシャツを引っ張り出した。きめ細かい白色のシャツと藍錆色と木苺色のズボンは細部が違うもののかなり似ている。正直、妖黒葉の制服は他の校よりもデザインが凝っているため、ここまで似ているものがこの世界にあるというのが信じられない



「あげる。私、着ないから」


「いいんですか?これ良さそうなものですけど」


「貴方用の服、戦う前に用意すれば良かった話。私に非がある」


「なら、それを言わなかった俺にも非はあります」


「……。無いと困るんでしょ?だから、あげる」


「ありがとうございます……どこで着替えればいいですか?」



「私が後ろ、向いてる。そのうちに、着替えて」


「分かりました」


人前で服を脱ぐことは躊躇いがあるがニアなら、まぁ……いいか。絶対に覗かなさそうだし


「着替え終わったら、ご飯。食べ行こう。食べたい物、ある?」


「ご飯ですか!えーっと、ステー……。いや、ニアさんのおすすめでいいです」


「そんなの無い。私、サプリばっか、だから」


「あっ、そうなんですか……」


「……とりあえず、適当な店、入ろう」


「そうですね」


布切れ同然の服を鞄に詰め、袖口のボタンを留める。酷く汚れた服は捨てようにも事件性の香りが強く、処理の方法を誤れば暴力男に加え殺人犯のレッテルが貼られるかもしれない。まぁ、何が増えようがもう手遅れだと思うが


「じゃあ行こうか」


細く冷たい手が目を覆う




『どこにも行かないよ』




嘘つき

書き溜め分は以上なので、次回からは普通に時間めちゃ開きます。めちゃです。なので……特にないです

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